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第29楽章 係恋パルティータ

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 首に巻いていた深い緑のマフラーを部屋のポールハンガーにひっかけた男は、デスクに散らばった物を少し整理すると椅子に座り引き出しを開けた。
 そこから小さなコイン型の魔律道具を取り出すと、ボソっと何かを言う。

 金属的な弦の音のあとに、女性の声で子守歌が流れる。

コンコンッ

 少し強めのノックが響き、愛しい声を聞かせるフォノ・コインのケースを閉じると、「なに?」と答えた。

 扉を開けて入って来たのは、自分が建てた小さな音楽堂に通う女の子。
 町の中等部に通う女の子は、ここでピアノを習っている。

「ノートヴォルト先生、お客さんが来たよ」

「だれ?」

「わかんない。すごく綺麗なひとだよ。先生の恋人?」

 女の子はくすくす笑いながらそう言うと、部屋を出て行った。

 書斎兼事務室兼応接室になっている部屋を出ると、ピアノが2台並ぶ音楽堂に向かった。
 廊下には別の部屋もあり、学校に通えない子供が勉強を習いに来たり、町の学校だけでは勉強量が足りない初等部から高等部にかけての子供が好きなように出入りしている。
 勉強をせずにただ散らばる楽器で遊ぶ子もいれば、それを本気で演奏したくて必死になる子もいた。

「先生っ! このトランペット上の音出ない!」

 客人の所まで到達する前に、初等部に通う男の子が顔を真っ赤にしてそう訴えて来た。
 ノートヴォルトが音階を吹くと柔らかな音がなんの問題もなく出る。

「あれ? なんで?」

「君はマウスピースの使い方がなってない。そんな頬を膨らませていたら出るものも出ない」

「えー? わかんない」

「お客が来てるらしいんだ。今度教える」

「はーい」

 トランペットの少年が部屋に戻りまたトランペットをスースー言わせる。
 すると今度は紙と鉛筆を持った女の子がニコニコと待っていた。

「なに?」

「ここ、わかんない」

「お客が来てるんだけど…ここもう1度計算して…よく見て、変なところがあるはずだ」

「うーん…あ、5だ!」

「正解」

 今度こそお客の所に、と思えば廊下に座り込んで魔法の練習をしている子がいる。
 彼女はノートヴォルトの方を見ないまま「先生できない」と言った。

「呪文が違うよ。春の喜びプリマヴェーラだ」

「ぷりら?」

「プリマ」

「プリマヴェーラ」

「そう。あとここでやらないで。それを練習するなら外の花壇でやりな」

 女の子が外へ駆けて行き、やっと解放された彼が音楽堂に辿り着くと、練習に来ていた中等部の女の子たちが1台のピアノに群がっていた。
 ここに通う誰よりも美しい音色、どこか懐かしいタッチの音が聞こえてくる。
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