学生だけど、魔術学院の音楽教授で最終兵器な先生を好きになってしまいました。

茜部るた

文字の大きさ
上 下
76 / 113
21

第20楽章 僕らの行く末 4

しおりを挟む

「──最っ低! バカ! ヘンタイ!」

壊れたラジオのように罵倒を繰り返すアイリスは、俺の胸ぐらを掴む。
ついでに、俺の体を前後にぐわんぐわんと揺らす。
しかしながらそんな状況下において、俺の思考の中心にあったのはクインのことだった。



……アイリスには申し訳ないが、やはり引っかかるのだ。



俺は「クインを助けたい」と、そう考えているのだが、その思考にすら疑問を抱いてしまっているという現状。

無論、人助けはいいことだと思う。

だけど、もしもクインがそれを望んでいなかったら?
彼女がもし、このままこの世界を去るという選択に、疑問を抱いていなかったら?
俺の押し付けがましい理想が結果として、彼女を不幸にさせてしまったら?



果たしてその時、俺は責任を取れるのか?



……いや、これは愚問か。



「──こんなにアンタに辱められてっ! 私っ、お嫁に行けないじゃない! ねぇ、どうしてくれるわけ!?」

「……責任は、とる」

「──えっ?」

「それがたとえ、俺の生涯を注ぐものであったとしても」

そう、そこまで思考した上での、人助け。
大切なのはアフターケアだって、師匠から学んだじゃないか。

どんなに辛い修行でも、その後には美味い飯が食える。
単純だけど、俺たちはそういう小さな喜びの積み重ねを原動力にして生きている。
今回の一件もきっと、根本的な理念は変わらない。

「──俺には、そういう権利がある」

「そっ……そんな大袈裟に言わなくてもっ……。べっ、別に私は、結婚してほしいわけじゃ……ない……し……?」

そう、権利。
俺は今、スタートラインに立ったに過ぎない。
これでようやく、目の前にある哲学の壁に手をかける事となる。

……哲学と言うには、大袈裟か?

「いや、大袈裟じゃないな」

この営みこそ、哲学と呼ぶべきものだろう。

「……なっ、なによっ。……そんなカッコいい事言ったって、無駄だから。……このっ……へんたっ……もる……と……」



まず1つとして、殺人は大罪だ。

人の命をこの世から捨て去って、その人の生きる権利を侵害するから。
そして、残された遺族を悲しませ、社会的な損失も生む。
このようにありとあらゆる理由が付属して、殺人という大罪が出来上がる。

では、その逆はどうだろうか。
というのはつまり、人から死ぬ権利を奪うということ。
例えば、自殺しようとしている人間を見つけて、それを阻止すること。



……それも罪ではあると思うのだ。



人から死ぬ権利を奪って、その人物に更に苦痛を与える。
それは果たして、善の行いと言えるのだろうか。
我々の……命を救いたい側の、エゴではないだろうか?

「…………私の顔に、何かついてる?」

断言できる。それはエゴだ。
生きている人間が、誰1人として死んでほしくないって言うエゴを、押し付けているんだよ。

「……それともなに? 私が可愛すぎて、見惚れちゃってるとか? ……なーんちゃって──」

「──俺は、つくづくそう思うよ」

「ぴゃっ!?」

でもそうやって思考を巡らせると、よく分からなくなってくる。

じゃあ俺は、クインに死んで欲しいのか?

いや、そんなわけはない。
生きてほしい。

じゃあ、クインにこのまま、苦痛を与え続けたいのか?

それも違う。
彼女には、幸せになってほしい。



じゃあ、じゃあ、じゃあ……………………。



じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ。



あぁ、結局、何も分からないままだ。



俺の思考と視界は、ようやく現実に巻き戻った。

アイリスは依然として俺の前に立っていて、顔を赤くしている。
差している夕焼けも、そんな彼女を引き立てているのだった。

「ねぇ! モルトっ──」

「──アイリス、ごめん! 続きは後で、好きなだけ聞くからっ!」

「あっ! ちょっと……っ、服がっ……」

アイリスはどうやら、走れないらしい。
もしも走ってしまうと、一枚しか着ていない服は忽ち空気によって捲られて、彼女の全てが露わになってしまうのだから。



……はたして、裸の女の子1人を置き去りにして走り去るという行為は、善の行いだろうか。




でも、ごめん。

俺はもう、振り返れない。




「──クイン様がいない!?」「どこに行ったんだっ!?」「おいっ! コッチには居なかったぞっ!」

街に出ると兵隊どもが慌てていて、クインを探しているようだった。
彼らの声色、血走った目は、この国に於ける彼女の存在の大きさを、ひしひしと感じさせる。
クインがいないという事は、この国の将来が揺らぐという事。

……俺はそんな彼らの間を縫って、この王国の中心にある鐘へと向かっていた。



その鐘は下の扉から中に入ることができ、中には螺旋階段がある。
そしてソレをクルクルと登って行き着く頂上では、このカケダーシの街を一望することができる。

つまり……死に場所にはピッタリなんだ。

知っている。

自殺をするとき、真っ先に思い浮かべるのは加害者の顔。
それをどうやって歪めてやろうかって、考える。
例えば、街で1番目立つ場所から、街で1番目立つような人間が飛び降りたら?

……まぁ、そういうことだ。

鐘の下までやってきた。
迷わず目の前にある扉に手をかけて、蹴破るように中に入る。
中は真っ暗だったが、かろうじて螺旋階段の始まりは見えた。



──頼む、間に合ってくれ



そう願うことしかできないもどかしさを抱きつつ、俺は階段を駆け上がった。

そして終着点。
目の前にある扉を開けると、視界が開ける。

まず飛び込んできたのは、いつも俺たちが暮らしている街の景色だった。




「──クインっ!」

そこはバルコニーのようになっていて、後方には大きな鐘がある。
目の前に広がるカケダーシの街の景色とこの空間とを隔てる境は、木製の簡易的な柵のみ。

「──よかった! 間に合った!」

柵に両手をかけるクインを後ろから抱きしめて、彼女を柵から離す。
その瞬間、どっと濁流のように安堵が押し寄せてきた。

生きてる。

暖かくて、柔らかくて、命を感じる。
じいちゃんが死んだ時の、あの冷たさは微塵もありゃしない。

ここには、クインがいる。



「……ええっと、離していただけます? ……私、その、男性恐怖症でして」

「離さない」

「……それは、……困ります」

彼女の声は震えていた。
でも、俺は彼女を離したくはなかった。

「だって離したら、もう2度と会えないと思うから」

「……初対面ですよね?」

あぁ、エゴだ。
俺は今、クインにエゴを押し付けているだけなんだ。
君にとっては地獄とも思えるこの世界でもっと、生きて欲しいって。

……分かってる。

そんな事は分かってるけど、この手は離せない。

「……その、何か勘違いしていると思うのですが──」

クインが俺の抱擁の中で半回転し、俺たちは向かい合うような体勢になった。
そんな状況下において、彼女は続ける。

「私は別に、この世から居なくなったりはしませんよ?」

「──へ?」

「ですから、ご心配なさらず。……その、離れて下さい。近いです」

「あっ、はい。……すみません」

自然と、俺の両手の力が抜ける。
そこからクインはするりと抜け出し、またもや柵に手をかけた。
俺の方を振り返らずに、彼女は言の葉をはく。



「──私、悩み事がある時には、ここに来るって決めてるんです」

「……どうして?」

「いつでも死ねるからです」

クインはスッとそう言った後、こちらを向く。
彼女の柔らかい笑顔は、これから死のうとする人間の顔では全くなかった。

「ここに来て、飛び降りて仕舞えばいつでも死ねるんですよ? ……だから、嫌な事があってもへっちゃらなんです」

「……ははっ」

「まぁですから。……アナタの勘違いも、あながち間違ってはないですね」

「……いつでも、か」

そうだよな、確かにそうなんだよ。
嫌なことがあっても、良いことがあっても、普通なことがあっても、いつでも、俺たちは死ねるのか。

「でも……なんだか不思議ですね」

クインは、俺の方に近寄ってきた。
そして俺の前でかがみ込むと、先ほどから変わらない笑顔で俺に語りかける。

「アナタとは、もう少し前から会っている様な、そんな気がします」

うっとりとそう語るクイン。
「ふっ」と、俺の方から軽い笑みがこぼれた。

「──それもあながち、間違ってはないよ」

「ふふっ」と、俺の一言に笑みを浮かべるクイン。
男性恐怖症だとは思えないほど、柔らかい雰囲気を纏っていた。

「私のマネですか?」

「……そうかも」



いつの間にか、俺も、クインも、柵に両手を添えて街を眺めていた。
夕焼けでオレンジ色に染まっているカケダーシ街も、やはり美しかった。

「──クイン」

「はい、モルト。どうしましたか?」

そう、俺の名前を呼ぶクイン。
どうやらいつの間にか、自己紹介も終わっていたようだ。

いや、そんなことはどうでもいい。
俺は次のセリフをはく。
別に、誰かから用意されたわけでもなく、事前に考えていたわけでもないセリフを。

「悩み事、あるって言ってたじゃん」

「はい」

「俺なら、解決できると思うんだ」

「そうですか? ……そうだったら、嬉しいですね」

「明日、もう一回ここで会えるか?」

「──いいですよ」

……俺が思っている以上に、クインは強い人間だった。
そして、俺が思っている以上に、「今、死ねる」という事は心強い事だった。

──俺の哲学の壁は、思わぬ方向から崩される事となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
フィア・リウゼンシュタインは、奔放な噂の多い麗しき女騎士団長だ。真実を煙に巻きながら、その振る舞いで噂をはねのけてきていた。「王都の人間とは絶対に深い仲にならない」と公言していたにもかかわらず……。出立前夜に、片思い相手の第一師団長であり総督の息子、ゼクス・シュレーベンと一夜を共にしてしまう。 宰相娘と婚約関係にあるゼクスとの、たしかな記憶のない一夜に不安を覚えつつも、自国で反乱が起きたとの報告を受け、フィアは帰国を余儀なくされた。リュオクス国と敵対関係にある自国では、テオドールとの束縛婚が始まる。 フィアを溺愛し閉じこめるテオドールは、フィアとの子を求め、ひたすらに愛を注ぐが……。 フィアは抑制剤や抑制魔法により、懐妊を断固拒否! その後、フィアの懐妊が分かるが、テオドールの子ではないのは明らかで……。フィアは子ども逃がすための作戦を開始する。 作戦には大きな見落としがあり、フィアは子どもを護るためにテオドールと取り引きをする。 テオドールが求めたのは、フィアが国を出てから今までの記憶だった――――。 フィアは記憶も王位継承権も奪われてしまうが、ワケアリの子どもは着実に成長していき……。半ば強制的に、「父親」達は育児開始となる。 記憶も継承権も失ったフィアは母国を奪取出来るのか? そして、初恋は実る気配はあるのか? すれ違うゼクスとの思いと、不器用すぎるテオドールとの夫婦関係、そして、怪物たちとの奇妙な親子関係。 母国奪還を目指すフィアの三角育児恋愛関係×あべこべ怪物育児ストーリー♡ ~友愛女王爆誕編~ 第一部:母国帰還編 第二部:王都探索編 第三部:地下国冒険編 第四部:王位奪還編 第四部で友愛女王爆誕編は完結です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...