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第18楽章 音楽教授の苦悩 5
しおりを挟む「彼女の気持ちを弄んでいるわけじゃない…それは本当だ」
先に口を開いたのはノートヴォルトだった。
「ではどうして…」
「受け入れられないのは彼女のことじゃない。僕の生い立ちだ。彼女は僕の生い立ちと今の状況を知っている。それでも僕を好きだと言ってくれる。僕はそれに応えないと言ったにも関わらず」
フレウティーヌは想像もできない彼の生い立ちに、それでも踏み込めないような重さを感じた。だからもう何も言うこともできずただ聞いている。
「君は伯爵令嬢だったな」
「はい…」
「では夜会でショスターク家と会ったことはあるか」
「はい。以前ご挨拶したことが…それがなにか?」
「あの家系は親子も兄妹も顔立ちが似ているだろう…」
「ええ、侯爵様もレングラント様も妹のフリーシャ様も…皆ビロードのように綺麗な黒髪で、お顔立ちが――」
「高位貴族ならショスターク家の隠された魔術師の話も耳にしたことくらいあるはずだ」
「隠された…? もしかして以前お父様が……教授?」
ピアノ椅子に座ったまま、ノートヴォルトがくっと顔を上げた。
いつも下を向いているような教授の顔は、長い髪に隠れよくわからない。
暗いし、陰気だというので、気に留める者も少ない。一部の女子がその美醜について噂してるだけだ。
フレウティーヌの視線の先にあったのは、コールディアが「美形だよ」と言っていた顔。ショスターク家特有の、波打つ黒髪と端正な顔立ち。
フレウティーヌが軽く声を上げ、息を飲んだ。
「…全てではないけど、事情は少しわかったろう…だから仕方ない、許してくれというわけではないけどね」
フレウティーヌの脳裏に数か月前の結界が破れた日が蘇る。
あの日、ノートヴォルトはレングラントと同等、もしかしたらそれ以上の戦いを繰り広げていた。
そしてあの息の合った連携。
全容まではわからずとも、両者の関係性はなんとなく理解できた。
「僕は本当はここでピアノを奏でているような人間じゃない。誰かを幸せにする方法なんてわからない。それでも傍に置いておきたいのは完全に僕の我が儘だ」
「教授…私、…申し訳…」
「コールディアが心配なんだろう? 僕は責められて当然だ」
ピアノが悲しい音色を奏で始めた。
心が深くえぐられるような気がして、早く退室しなければと思う。
「私、コールディアにも謝ってきますわ…」
ノートヴォルトは返事も、振り向きもせず、そのままピアノを奏で続けた。
フレウティーヌは「失礼いたしました」と言うと、部屋を後にして親友を探しに自習室へと向かった。
きっと泣きたいのはコールディアだろうと言うのに、笑顔で彼女を迎えてくれた親友を見た瞬間、ついにフレウティーヌの涙腺は決壊してしまった。
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