学生だけど、魔術学院の音楽教授で最終兵器な先生を好きになってしまいました。

茜部るた

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第18楽章 音楽教授の苦悩 4

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 図書館から離れた音楽棟の教授の部屋まで戻ると、4日ぶりにノートヴォルトが戻っていた。
 誰もいないと思った部屋に彼がいたことでびっくりしてしまった。

「わあ、先生戻っていたんですね。おかえりなさい…ってどうして家に戻らなかったんですか?」

「助手に任せきりと言うわけにもいかないからこちらに戻った」

「一応教授の自覚はあるんですね…あの…大変じゃないですか?」

「大変て?」

 いつものよれた、だけどコールディアが手入れしてからは清潔な黒いローブをソファに放り出しながら聞き返す。

「だって、外で戦ってきてから戻ってるんですよね? 今日も…?」

「まあ楽ではないけど…大変なのは体より気持ちだよね。戦った後って、気が立ってて落ち着かないから…いつもフリーシャに鎮静魔法かけてもらってる」

「前に学院に現われたようなのと…ですか?」

「まあああいうのもいるし、もっと大きいのもいる時はいるかな。数は外に出る方がずっと多いけど」

 そう言うと、コールディアがぎゅっと腰にしがみついてきた。

「先生、死なないで」

「このくらいじゃ死なないよ…怪我だってしてない」

 ノートヴォルトがすっと三つ編みの癖がついた髪を撫でる。

「死のうともしない?」

「しない。もしかしてレニーに何か聞いた? 死なないし、もう死のうともしない。あの2人にかかる負担が大きすぎるからね」

 コールディアはノートヴォルトの胸にぎゅっと顔を押し付けると、「よかった」と言った。

 君もいるし。

 それは言わなかったが、代わりに抱きしめ返すと額に少しだけ長いキスを落とした。

「ぁ…せんせ…」

「校内でその声はだめだよ」

「先生のせいです…」

「…ごめん」

 抱き合った姿勢のままでいると、突然鳴ったノックの音にコールディアは飛び上がって離れた。

「フレウティーヌです。教授、お戻りでしょうか?」

「フレウティーヌ! どうしよう、どうしよどうしよ…」

「君助手なんだから堂々としてればいいでしょ。…いるよ、なに?」

 ノートヴォルトは扉が開く前にさり気なくピアノに向かっている。
 コールディアはやましい気持ちが隠しきれずに扉の影に隠れるように立った。
 逆に怪しすぎてどうしようもないことに気づかない。

「教授、先日のレポートお渡しできなかったので今お持ちしましたわ。よろしくお願いいた…コールディア、そこで何をしてらっしゃるの?」

「じょ…助手です」

「それは存じていますわ。挙動不審もほどほどになさった方がよろしいですわ」

「そんな不審!?」

「不審以外のなんですの? 私、あなたに色々お伺いしたいことありますのに我慢しているんですのよ。そんなに不審だとお聞きしてしまいたくなりますわ」

「僕の前でそういうあからさまな会話やめてくれる」

 それを聞いたフレウティーヌは、怒ったようにノートヴォルトに詰め寄った。

「大体! 教授も教授ですわ。どんな事情がおありなのか存知ませんけれど、コールディアがあんまりですわ」

「ちょっとフレウティーヌ…」

「乙女の恋心を踏みにじるようなことは例え教授であっても許せませんわ。思わせぶりな態度でらっしゃるのなら、きちんと白黒お付けになって欲しいですわ。ねえコールディア」

「フレウティーヌ、いいから…私は全然平気だから…なんでフレウティーヌが怒ってるの…」

「その通りだ」

 コールディアとフレウティーヌが同時にノートヴォルトを見る。

「フレウティーヌの言うことは否定できない。君の言う通り僕は白黒つけることから逃げている」

「先生、私別に…」

「僕の事情がコールディアを苦しめる理由になっていいとは思わない。本当はそんなんじゃいけないことくらいわかってる…わかってるんだ…」

「フレウティーヌ、本当に私はいいの。先生の事情は痛いほどわかるから。だから気にしないで。お願い、このままの関係性を崩したくないの。私はこれでいいの…」

「コールディア…」

 フレウティーヌはコールディアが心配だった。
 いつもラッピーと3人で他愛もないことで大笑いしていたのに、近頃のコールディアはどこか物憂げに見える。
 寂しく笑うような機会が増え、どこか遠くを見ていることだって多い。
 ノートヴォルトが不在の時など、見ていて痛ましく思えることだってある。

 コールディア本人は大丈夫だと言うが、フレウティーヌもラッピーも、その原因がノートヴォルトの煮え切らない態度のせいだと思っているので、不憫でしかなかったのだ。

 コールディアはデスクに置いた本と荷物を持つと、「自習室でやって来ます」と言って出て行った。

 部屋にフレウティーヌとノートヴォルトが残された。
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