68 / 113
19
第18楽章 音楽教授の苦悩 4
しおりを挟む図書館から離れた音楽棟の教授の部屋まで戻ると、4日ぶりにノートヴォルトが戻っていた。
誰もいないと思った部屋に彼がいたことでびっくりしてしまった。
「わあ、先生戻っていたんですね。おかえりなさい…ってどうして家に戻らなかったんですか?」
「助手に任せきりと言うわけにもいかないからこちらに戻った」
「一応教授の自覚はあるんですね…あの…大変じゃないですか?」
「大変て?」
いつものよれた、だけどコールディアが手入れしてからは清潔な黒いローブをソファに放り出しながら聞き返す。
「だって、外で戦ってきてから戻ってるんですよね? 今日も…?」
「まあ楽ではないけど…大変なのは体より気持ちだよね。戦った後って、気が立ってて落ち着かないから…いつもフリーシャに鎮静魔法かけてもらってる」
「前に学院に現われたようなのと…ですか?」
「まあああいうのもいるし、もっと大きいのもいる時はいるかな。数は外に出る方がずっと多いけど」
そう言うと、コールディアがぎゅっと腰にしがみついてきた。
「先生、死なないで」
「このくらいじゃ死なないよ…怪我だってしてない」
ノートヴォルトがすっと三つ編みの癖がついた髪を撫でる。
「死のうともしない?」
「しない。もしかしてレニーに何か聞いた? 死なないし、もう死のうともしない。あの2人にかかる負担が大きすぎるからね」
コールディアはノートヴォルトの胸にぎゅっと顔を押し付けると、「よかった」と言った。
君もいるし。
それは言わなかったが、代わりに抱きしめ返すと額に少しだけ長いキスを落とした。
「ぁ…せんせ…」
「校内でその声はだめだよ」
「先生のせいです…」
「…ごめん」
抱き合った姿勢のままでいると、突然鳴ったノックの音にコールディアは飛び上がって離れた。
「フレウティーヌです。教授、お戻りでしょうか?」
「フレウティーヌ! どうしよう、どうしよどうしよ…」
「君助手なんだから堂々としてればいいでしょ。…いるよ、なに?」
ノートヴォルトは扉が開く前にさり気なくピアノに向かっている。
コールディアはやましい気持ちが隠しきれずに扉の影に隠れるように立った。
逆に怪しすぎてどうしようもないことに気づかない。
「教授、先日のレポートお渡しできなかったので今お持ちしましたわ。よろしくお願いいた…コールディア、そこで何をしてらっしゃるの?」
「じょ…助手です」
「それは存じていますわ。挙動不審もほどほどになさった方がよろしいですわ」
「そんな不審!?」
「不審以外のなんですの? 私、あなたに色々お伺いしたいことありますのに我慢しているんですのよ。そんなに不審だとお聞きしてしまいたくなりますわ」
「僕の前でそういうあからさまな会話やめてくれる」
それを聞いたフレウティーヌは、怒ったようにノートヴォルトに詰め寄った。
「大体! 教授も教授ですわ。どんな事情がおありなのか存知ませんけれど、コールディアがあんまりですわ」
「ちょっとフレウティーヌ…」
「乙女の恋心を踏みにじるようなことは例え教授であっても許せませんわ。思わせぶりな態度でらっしゃるのなら、きちんと白黒お付けになって欲しいですわ。ねえコールディア」
「フレウティーヌ、いいから…私は全然平気だから…なんでフレウティーヌが怒ってるの…」
「その通りだ」
コールディアとフレウティーヌが同時にノートヴォルトを見る。
「フレウティーヌの言うことは否定できない。君の言う通り僕は白黒つけることから逃げている」
「先生、私別に…」
「僕の事情がコールディアを苦しめる理由になっていいとは思わない。本当はそんなんじゃいけないことくらいわかってる…わかってるんだ…」
「フレウティーヌ、本当に私はいいの。先生の事情は痛いほどわかるから。だから気にしないで。お願い、このままの関係性を崩したくないの。私はこれでいいの…」
「コールディア…」
フレウティーヌはコールディアが心配だった。
いつもラッピーと3人で他愛もないことで大笑いしていたのに、近頃のコールディアはどこか物憂げに見える。
寂しく笑うような機会が増え、どこか遠くを見ていることだって多い。
ノートヴォルトが不在の時など、見ていて痛ましく思えることだってある。
コールディア本人は大丈夫だと言うが、フレウティーヌもラッピーも、その原因がノートヴォルトの煮え切らない態度のせいだと思っているので、不憫でしかなかったのだ。
コールディアはデスクに置いた本と荷物を持つと、「自習室でやって来ます」と言って出て行った。
部屋にフレウティーヌとノートヴォルトが残された。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
先生と私。
狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。
3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが…
全編甘々を予定しております。
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる