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第17楽章 恋情カデンツァ 2

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 最終日はいつもより多い荷物を持って、自宅ではなくノートヴォルトの家へ向かった。
 ここ最近通う日が増えて来た。
 
 寂しくて寂しくて、心が空っぽになった気がしてしまう。
 ノートヴォルトの家にいればそれが少しだけ埋まる気がしたけど、家主のいない家は返ってそれを助長してしまい、泣いたのも1度や2度じゃなかった。

 軽く部屋を換気したあと、ソファに座って編み物をした。
 毎冬弟たちには何かしら編んでいた。
 小さくなった古いセーターやマフラーを解き、1度洗った後また編み直す。
 足りない毛糸は少しだけ買い足して違う模様にして完成させると、弟たちはよく喜んでくれたものだった。

 今手にしている毛糸はそんな弟たちにあげたものとは大違いの少し高めの毛糸。編んでいる時から既に触り心地が良く、あったかい。
 色はダークグリーンで、縄編みが2か所入ったマフラーだ。
 
 ノートヴォルトは毎年冬になると寒さに文句を言っていた。
 一体7歳までのブルークランプではどう過ごしていたのだろう。

 編んでいる内にこれを渡せるのかわからなくなってきて、手が止まった。
 悲しくなると大体ノートヴォルトの寝室へ行く。
 ベッドにはうっすら彼の残り香があるような気がするから。

 枕元にある小さなコイン型のケースをいじりながら、このまま2度と会えなくなる可能性を考えてしまいそうになり、頭を振って追い払う。

「これ、なんのケースなんだろう」

 今まで開けたことはなかった。
 振っても音はないし、勝手に開けていい物なのかもわからない。
 だけど今日は気になってしまい、ケースの小さな突起に爪をかけるとそっと開いた。
 中に入っていたのは、音を記憶させる魔律道具、フォノ・コイン。
 表面の模様をそっと撫でたあと、再生してみた。何もなければどうせ音は出ない。

記憶リコレクション再生・プレイ

 表面の模様がマギアフルイドの反応によって薄く光り、音が鳴り始めた。
 ポロンという音は聞いたことのあるピクシーハープのもの。
 
 続いて流れて来た歌声に、彼女は耳を疑った。

 ハープの伴奏に合わせて流れてくる子守歌は、いつか自分がペナルティとしてノートヴォルトの前で歌ったもの。
 少し物悲しいメロディの短い歌は、北部ではポピュラーな誰でも知っている子守歌。

「どうして…」

 どうしてこんなものがここに。
 
 毎晩先生はこれを聞いていたの?
 私の声は落ち着くと言ってくれた。
 だから記憶しておいて、眠れぬ夜に聞いていたの?
 あれほど音に厳しくて、こだわりの強い先生が、私の歌をよりどころに?

「うっ…うぅ…せんせい…せんせい、かえってきてよ…はやくかえってきてよ!」

 自分の声が流れるコインを抱きしめ、そのままベッドでしばらく泣いた。
 大声を上げて泣いたってこの部屋から漏れることはない。
 誰に遠慮することもなく、子供みたいに泣いた。
 しばらくそうしていると疲れてしまい、ぼんやりと薄暗い壁を眺め、そのまま眠ってしまった。

 夕方になり、時計の針は6時近くを指していた。
 もうそろそろ帰りの馬車もなくなろうかという時にベッドがギシ、と軋んだ。
 眠るコールディアの手からフォノ・コインを取り上げ、枕元に置き直す。
 そのまま彼女の頭を数回撫でると、閉じていた目がそっと開いた。

「何もかけないで寝ていると風邪ひくよ」

「せんせ…?」

「僕のベッドで何してるの?」

「先生が帰って来る夢を見てました」

 ノートヴォルトが指先で彼女のほっぺたをつっつく。

「痛いです」

「じゃあ夢じゃないね」

 がばっとコールディアが起き上がり、そのままノートヴォルトの首に抱き着いた。
 彼もそれを受け止めると、髪に顔を埋めるようにして抱きしめる。

「おかえりなさいっ」

「ただいま」

「おかえりなさいっ」

「ああ、ただいま」

「先生っ」

「なに?」

「無事でよかった」

「うん」

 コールディアの声が震えていた。
 
 もしかしたら帰って来ないのでは。
 もしかしたら死んでしまうのではないか。

 毎日寂しさと不安に押し潰されそうで、誰にも言えない心の内は崩壊してしまいそうだった。

 腕の中に抱きしめたノートヴォルトは現実のもので、形も、温度も、においも全部生きているもの。

 会いたかった、と繰り返し泣きじゃくる彼女を、胸に収めたまま背中を撫でる。
 本当はそんな1.2低い声じゃなくていつもの声が聞きたいのだけど、黙ってそのまま受け入れた。

「先生…」

「なに?」

 しばらくそうして泣いたあと、彼女は少しだけ身を離してノートヴォルトの顔を見上げた。
 声が3.0高い。照れている2.8より僅かに高いその声は、聞くたびに心をざわつかせる。
 落ち着かなくなり、どうしようもない衝動に駆られてしまうことだってある。
 その特定の響きが持つ意味がなんなのか、彼はもうわかっていた。
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