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第17楽章 恋情カデンツァ
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魔術の実技はB判定、ノートヴォルトの少し意地悪なペーパーテストはS判定、ピアノの実技はA判定でテストは終了した。
学生たちは解放間に包まれ、そしてノートヴォルトは学院から消えた。
学校掲示板の“休講のお知らせ”には、“アフィナシオ・ノートヴォルト教授が長期不在のため、以下の講義の今年度中の再開は未定とする”とあった。振替の講義には別の教授の授業が当てられた。
王城の一角、他の兵舎とは一線を画した造りになっている宮廷魔術師団が詰める建物では、夏の終わりからずっと追われるような忙しさの魔術師たちが今日もせわしなく動いていた。
一口に宮廷魔術師と言っても能力の違いにより階級があるが、レングラントは部下を束ねる立場にあるSランク魔術師。Sランクは他にも数名いるが、彼の父ヴァルキンもこのSランクに所属し、彼よりも大きな部隊を持っている。
フリーシャは結界術師なので王宮ではなく少し離れた所に設置された魔力増殖炉にいることが多い。彼女もランクとしてはSだ。
魔術学院を卒業したばかりのような魔術師はDランクで、彼らは戦闘訓練と規律を学び始めたばかりでそれほど強さも能力もない。
“外”とよく言われる結界の外側で戦うのは実際はBより上が多いが、今は総動員となりつつあった。
この宮廷魔術師たちが日常的に身を置く場所とは少し離れた場所に、Aランク以上でなければ入室が適わない特別な一室があった。
魔術師の第1部隊を束ねるヴァルキン・ショスタークは、この部屋に久々に呼び出したある男とテーブルを隔てて向かい合っていた。
「ここに来た理由は言うまでもないだろう。お前は外の状況を理解しているだろうからな。息子よ」
「……」
返事もしない、目も合わせないのはいつものこと。
ヴァルキンは窓辺に移動すると、魔力増殖炉から伸びる尖塔を眺めながら続けた。
「フリーシャはよく頑張っている。だがやはりそろそろ“燃料”が足りないようだ。残念ながら次の“燃料の子”はいない。お前がきちんと役割を果たしてくれなければ、私は実の娘を炉に投げ込むことになる」
「アフェットだって実の娘だ」
「ならばお前もそういうことになるな、兵器の子よ」
「その名前で僕を呼ぶな」
ヴァルキンは窓の外から視線を外し、再び男に向き直った。
彼の息子、兵器の子・アフィナシオ・ノートヴォルト・ショスタークに。
「お前の役割を思い出すのだ。私が手塩にかけて育てた兵器よ。今こそ存分にその力を発揮するがよい」
ノートヴォルトは睨みはするものの何も言わない。
彼には禁呪の束縛があり、逆らっても無意味なことをよくわかっていた。
それにいくら意に添わないからと束縛に抗っても、脅しでもなんでもなくフリーシャが燃料にされてしまう可能性は否定できない。
彼が外で結界を脅かす魔物を駆逐し、その魔物を生み出すマギア・カルマを減らさなければ、事態は悪い方向にしか行かないのだ。
「期待しているぞ」
憎き父はそう言うと出て行った。
彼には自分の運命を書き換えることなどできない。
“兵器”のためだけにある群青のローブに身を包み、ただ出撃の時を待つしかなかった。
宮廷魔術師たちが外での対応で忙しくしている間も、季節は移っていく。
学院は冬休みも近く、街にはたまに雪もちらつくようになった。
コールディアは預かりっぱなしだった鍵を使い、時々ノートヴォルトの家の手入れをし、ピアノを借りた。
家の中は彼がいなくなる前と何1つ変わりなく、服も、生活用品も、全てがそのままだった。
恐らくあの結界が壊れたのが原因で、彼は所有者の刻印に従い“兵器”にされているのだろう。
あれから学院も街も警戒レベルが引き上げられた。
学院には警備員だけでなく、王宮から派遣された魔術師や兵士が常駐するようになり、街中にも見回る魔術師の数や監視の魔律道具が増えた。
月に1度の合同訓練は皆真面目に取り組むようになり、コールディアもそれは同じだった。
もし目の前でまたノートヴォルトが戦うことになり、もし怪我をしたら、もし補助が必要なら、もし、もし…もしもが怖くて、魔術師学科の嫌がらせも無視して図書館に通い、時には教授を捉まえ、自分ができることはなんでもしておきたくて次々魔法を覚えた。
街の往来の真ん中で集中力を鍛える訓練もした。
すれ違う人々には変な顔をされたが、そんなことどうでもいい。
集中力が上がり、魔力も上がり、安定も増した。
いよいよ冬休みがやって来る。
ノートヴォルトのいない日常を、コールディア以外は皆気に留めることはない。
毎日取り憑かれたように勉強と魔術とピアノに没頭するコールディアをフレウティーヌもラッピーも心配したが、「やれるだけやりたいんだ」と言われてしまうと何も言えなかった。
校門前でフレウティーヌの馬車を見送ったあと、ラッピーの馬車も見送る。
2人ともコールディアにお菓子を山ほどくれて、「こんなに食べきれないよ」と苦笑した。
「だってお菓子は幸せの源だもん」
ラッピーの言葉に、コールディアはノートヴォルトの言葉を思い出しつつ、「そうだよね」と寂しく笑った。
学生たちは解放間に包まれ、そしてノートヴォルトは学院から消えた。
学校掲示板の“休講のお知らせ”には、“アフィナシオ・ノートヴォルト教授が長期不在のため、以下の講義の今年度中の再開は未定とする”とあった。振替の講義には別の教授の授業が当てられた。
王城の一角、他の兵舎とは一線を画した造りになっている宮廷魔術師団が詰める建物では、夏の終わりからずっと追われるような忙しさの魔術師たちが今日もせわしなく動いていた。
一口に宮廷魔術師と言っても能力の違いにより階級があるが、レングラントは部下を束ねる立場にあるSランク魔術師。Sランクは他にも数名いるが、彼の父ヴァルキンもこのSランクに所属し、彼よりも大きな部隊を持っている。
フリーシャは結界術師なので王宮ではなく少し離れた所に設置された魔力増殖炉にいることが多い。彼女もランクとしてはSだ。
魔術学院を卒業したばかりのような魔術師はDランクで、彼らは戦闘訓練と規律を学び始めたばかりでそれほど強さも能力もない。
“外”とよく言われる結界の外側で戦うのは実際はBより上が多いが、今は総動員となりつつあった。
この宮廷魔術師たちが日常的に身を置く場所とは少し離れた場所に、Aランク以上でなければ入室が適わない特別な一室があった。
魔術師の第1部隊を束ねるヴァルキン・ショスタークは、この部屋に久々に呼び出したある男とテーブルを隔てて向かい合っていた。
「ここに来た理由は言うまでもないだろう。お前は外の状況を理解しているだろうからな。息子よ」
「……」
返事もしない、目も合わせないのはいつものこと。
ヴァルキンは窓辺に移動すると、魔力増殖炉から伸びる尖塔を眺めながら続けた。
「フリーシャはよく頑張っている。だがやはりそろそろ“燃料”が足りないようだ。残念ながら次の“燃料の子”はいない。お前がきちんと役割を果たしてくれなければ、私は実の娘を炉に投げ込むことになる」
「アフェットだって実の娘だ」
「ならばお前もそういうことになるな、兵器の子よ」
「その名前で僕を呼ぶな」
ヴァルキンは窓の外から視線を外し、再び男に向き直った。
彼の息子、兵器の子・アフィナシオ・ノートヴォルト・ショスタークに。
「お前の役割を思い出すのだ。私が手塩にかけて育てた兵器よ。今こそ存分にその力を発揮するがよい」
ノートヴォルトは睨みはするものの何も言わない。
彼には禁呪の束縛があり、逆らっても無意味なことをよくわかっていた。
それにいくら意に添わないからと束縛に抗っても、脅しでもなんでもなくフリーシャが燃料にされてしまう可能性は否定できない。
彼が外で結界を脅かす魔物を駆逐し、その魔物を生み出すマギア・カルマを減らさなければ、事態は悪い方向にしか行かないのだ。
「期待しているぞ」
憎き父はそう言うと出て行った。
彼には自分の運命を書き換えることなどできない。
“兵器”のためだけにある群青のローブに身を包み、ただ出撃の時を待つしかなかった。
宮廷魔術師たちが外での対応で忙しくしている間も、季節は移っていく。
学院は冬休みも近く、街にはたまに雪もちらつくようになった。
コールディアは預かりっぱなしだった鍵を使い、時々ノートヴォルトの家の手入れをし、ピアノを借りた。
家の中は彼がいなくなる前と何1つ変わりなく、服も、生活用品も、全てがそのままだった。
恐らくあの結界が壊れたのが原因で、彼は所有者の刻印に従い“兵器”にされているのだろう。
あれから学院も街も警戒レベルが引き上げられた。
学院には警備員だけでなく、王宮から派遣された魔術師や兵士が常駐するようになり、街中にも見回る魔術師の数や監視の魔律道具が増えた。
月に1度の合同訓練は皆真面目に取り組むようになり、コールディアもそれは同じだった。
もし目の前でまたノートヴォルトが戦うことになり、もし怪我をしたら、もし補助が必要なら、もし、もし…もしもが怖くて、魔術師学科の嫌がらせも無視して図書館に通い、時には教授を捉まえ、自分ができることはなんでもしておきたくて次々魔法を覚えた。
街の往来の真ん中で集中力を鍛える訓練もした。
すれ違う人々には変な顔をされたが、そんなことどうでもいい。
集中力が上がり、魔力も上がり、安定も増した。
いよいよ冬休みがやって来る。
ノートヴォルトのいない日常を、コールディア以外は皆気に留めることはない。
毎日取り憑かれたように勉強と魔術とピアノに没頭するコールディアをフレウティーヌもラッピーも心配したが、「やれるだけやりたいんだ」と言われてしまうと何も言えなかった。
校門前でフレウティーヌの馬車を見送ったあと、ラッピーの馬車も見送る。
2人ともコールディアにお菓子を山ほどくれて、「こんなに食べきれないよ」と苦笑した。
「だってお菓子は幸せの源だもん」
ラッピーの言葉に、コールディアはノートヴォルトの言葉を思い出しつつ、「そうだよね」と寂しく笑った。
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