学生だけど、魔術学院の音楽教授で最終兵器な先生を好きになってしまいました。

茜部るた

文字の大きさ
上 下
62 / 113
18

第17楽章 恋情カデンツァ

しおりを挟む
 魔術の実技はB判定、ノートヴォルトの少し意地悪なペーパーテストはS判定、ピアノの実技はA判定でテストは終了した。
 学生たちは解放間に包まれ、そしてノートヴォルトは学院から消えた。

 学校掲示板の“休講のお知らせ”には、“アフィナシオ・ノートヴォルト教授が長期不在のため、以下の講義の今年度中の再開は未定とする”とあった。振替の講義には別の教授の授業が当てられた。

 王城の一角、他の兵舎とは一線を画した造りになっている宮廷魔術師団が詰める建物では、夏の終わりからずっと追われるような忙しさの魔術師たちが今日もせわしなく動いていた。

 一口に宮廷魔術師と言っても能力の違いにより階級があるが、レングラントは部下を束ねる立場にあるSランク魔術師。Sランクは他にも数名いるが、彼の父ヴァルキンもこのSランクに所属し、彼よりも大きな部隊を持っている。
 フリーシャは結界術師なので王宮ではなく少し離れた所に設置された魔力増殖炉にいることが多い。彼女もランクとしてはSだ。

 魔術学院を卒業したばかりのような魔術師はDランクで、彼らは戦闘訓練と規律を学び始めたばかりでそれほど強さも能力もない。
 “外”とよく言われる結界の外側で戦うのは実際はBより上が多いが、今は総動員となりつつあった。

 この宮廷魔術師たちが日常的に身を置く場所とは少し離れた場所に、Aランク以上でなければ入室が適わない特別な一室があった。

 魔術師の第1部隊を束ねるヴァルキン・ショスタークは、この部屋に久々に呼び出したある男とテーブルを隔てて向かい合っていた。

「ここに来た理由は言うまでもないだろう。お前は外の状況を理解しているだろうからな。息子よ」

「……」

 返事もしない、目も合わせないのはいつものこと。
 ヴァルキンは窓辺に移動すると、魔力増殖炉から伸びる尖塔を眺めながら続けた。

「フリーシャはよく頑張っている。だがやはりそろそろ“燃料”が足りないようだ。残念ながら次の“燃料の子フュエリア”はいない。お前がきちんと役割を果たしてくれなければ、私は実の娘を炉に投げ込むことになる」

「アフェットだって実の娘だ」

「ならばお前もそういうことになるな、兵器の子アルミヌスよ」

「その名前で僕を呼ぶな」

 ヴァルキンは窓の外から視線を外し、再び男に向き直った。
 彼の息子、兵器の子アルミヌス・アフィナシオ・ノートヴォルト・ショスタークに。

「お前の役割を思い出すのだ。私が手塩にかけて育てた兵器よ。今こそ存分にその力を発揮するがよい」

 ノートヴォルトは睨みはするものの何も言わない。
 彼には禁呪の束縛があり、逆らっても無意味なことをよくわかっていた。
 それにいくら意に添わないからと束縛に抗っても、脅しでもなんでもなくフリーシャが燃料にされてしまう可能性は否定できない。
 彼が外で結界を脅かす魔物を駆逐し、その魔物を生み出すマギア・カルマを減らさなければ、事態は悪い方向にしか行かないのだ。

「期待しているぞ」

 憎き父はそう言うと出て行った。
 
 彼には自分の運命を書き換えることなどできない。
 “兵器”のためだけにある群青のローブに身を包み、ただ出撃の時を待つしかなかった。

 宮廷魔術師たちが外での対応で忙しくしている間も、季節は移っていく。
 学院は冬休みも近く、街にはたまに雪もちらつくようになった。

 コールディアは預かりっぱなしだった鍵を使い、時々ノートヴォルトの家の手入れをし、ピアノを借りた。
 家の中は彼がいなくなる前と何1つ変わりなく、服も、生活用品も、全てがそのままだった。
 恐らくあの結界が壊れたのが原因で、彼は所有者の刻印に従い“兵器”にされているのだろう。

 あれから学院も街も警戒レベルが引き上げられた。
 学院には警備員だけでなく、王宮から派遣された魔術師や兵士が常駐するようになり、街中にも見回る魔術師の数や監視の魔律道具が増えた。

 月に1度の合同訓練は皆真面目に取り組むようになり、コールディアもそれは同じだった。
 もし目の前でまたノートヴォルトが戦うことになり、もし怪我をしたら、もし補助が必要なら、もし、もし…もしもが怖くて、魔術師学科の嫌がらせも無視して図書館に通い、時には教授を捉まえ、自分ができることはなんでもしておきたくて次々魔法を覚えた。

 街の往来の真ん中で集中力を鍛える訓練もした。
 すれ違う人々には変な顔をされたが、そんなことどうでもいい。
 集中力が上がり、魔力も上がり、安定も増した。

 いよいよ冬休みがやって来る。
 ノートヴォルトのいない日常を、コールディア以外は皆気に留めることはない。
 毎日取り憑かれたように勉強と魔術とピアノに没頭するコールディアをフレウティーヌもラッピーも心配したが、「やれるだけやりたいんだ」と言われてしまうと何も言えなかった。

 校門前でフレウティーヌの馬車を見送ったあと、ラッピーの馬車も見送る。
 2人ともコールディアにお菓子を山ほどくれて、「こんなに食べきれないよ」と苦笑した。

「だってお菓子は幸せの源だもん」

 ラッピーの言葉に、コールディアはノートヴォルトの言葉を思い出しつつ、「そうだよね」と寂しく笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
フィア・リウゼンシュタインは、奔放な噂の多い麗しき女騎士団長だ。真実を煙に巻きながら、その振る舞いで噂をはねのけてきていた。「王都の人間とは絶対に深い仲にならない」と公言していたにもかかわらず……。出立前夜に、片思い相手の第一師団長であり総督の息子、ゼクス・シュレーベンと一夜を共にしてしまう。 宰相娘と婚約関係にあるゼクスとの、たしかな記憶のない一夜に不安を覚えつつも、自国で反乱が起きたとの報告を受け、フィアは帰国を余儀なくされた。リュオクス国と敵対関係にある自国では、テオドールとの束縛婚が始まる。 フィアを溺愛し閉じこめるテオドールは、フィアとの子を求め、ひたすらに愛を注ぐが……。 フィアは抑制剤や抑制魔法により、懐妊を断固拒否! その後、フィアの懐妊が分かるが、テオドールの子ではないのは明らかで……。フィアは子ども逃がすための作戦を開始する。 作戦には大きな見落としがあり、フィアは子どもを護るためにテオドールと取り引きをする。 テオドールが求めたのは、フィアが国を出てから今までの記憶だった――――。 フィアは記憶も王位継承権も奪われてしまうが、ワケアリの子どもは着実に成長していき……。半ば強制的に、「父親」達は育児開始となる。 記憶も継承権も失ったフィアは母国を奪取出来るのか? そして、初恋は実る気配はあるのか? すれ違うゼクスとの思いと、不器用すぎるテオドールとの夫婦関係、そして、怪物たちとの奇妙な親子関係。 母国奪還を目指すフィアの三角育児恋愛関係×あべこべ怪物育児ストーリー♡ ~友愛女王爆誕編~ 第一部:母国帰還編 第二部:王都探索編 第三部:地下国冒険編 第四部:王位奪還編 第四部で友愛女王爆誕編は完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

処理中です...