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第14楽章 ペナルティ 3

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「はい、ペナルティ」

 いつもの調子でペナルティを告げる彼にコールディアはまだ「ずるい」とぶつぶつ言いながら、鞄から何かを取り出した。
 小さなケースは、ノートヴォルトから譲られたピクシーハープのケース。

「もうヤケです。先生を感動の渦に引きずり込んでやります」

「へぇ…やってみなよ。でもなんでハープを持ってたの?」

「弦が1本外れてしまって。直し方がわからないからそのうち聞けたらと思ってずっと持ってたんです」

 ノートヴォルトにハープを差し出せば、彼は弦のかけ方とコツを教えてくれ、すぐに直った。
 その後コールディアが歌う歌に合わせ弦を調律すると、ソファに腰掛けるノートヴォルトの正面に立った。

 ポロン、と1度ハープを鳴らすと、静かに歌い始める。
 魔唱にするとうっかり弦も魔力を纏わせて弾いてしまいそうなので、素の声だけの歌。
 選んだ曲は、北部ではポピュラーな子守歌。
 子供の頃母がよく歌ってくれたし、自分も弟たちに歌った。
 ノートヴォルトも、もしかしたら北部に移った母によって聞かされたかもしれない。
 
 彼が安眠できますように。
 何も気にせず、ただ求めるまま眠りに落ちることが出来ますように。

 そんな想いから選んだ歌。
 実は家でこっそり練習していた歌だ。

 あまり変化のないメロディーは、少しだけ悲しい雰囲気を持っている。
 子供の頃、どうして眠る時に悲しい歌を歌うのかなと思っていたが、母の優しい声は安心感をもたらし、すっと眠りに落ちていた。
 歌詞はなんてことない、子供を寝かせるためのよくある文句。
 「早く寝ないと“魔王”に攫われるよ」はどこの家庭でも言われていただろう。

眠れ、よい子。
よい子よ眠れ。
“魔王”がお前を 探してる。

眠れ、よい子よ。怖がらないで。
眠れば次は もう朝だから。

 歌が終わり、ハープでゆっくりとアルペジオを奏でると、演奏は終わり。

 どうだったかなと少しドキドキしながら顔を上げた時、コールディアは目の前の光景に驚いた。

「先生…?」

「ごめん。少し待って」

 顔を覆い、声が少し震えている。

「君だってずるい」

 俯いたまま顔を上げない。

「どうしてその歌なんだよ」

「せんせい?」

「母が歌っていた子守歌だ」

「先生……」

 コールディアはハープを置くと、顔を覆ったままのノートヴォルトをそのまま抱きしめた。
 縋るように彼女の腰にも腕が回され、お腹に顔を埋め、甘えるような仕草をする。
 コールディアは抱きしめたまま、何度もその背中を撫でた。
 母が幼子をあやすように、そっと優しく。

(先生、もっと甘えて…)

 どのくらいそうしていたかはわからないけど、しばらくすると彼はばつが悪そうに彼女から体を離した。視線はそっぽを向いている。

「ごめん、取り乱した。君の言う通り感動の渦に引きずり込まれた」

 先生を抱きしめ、さらにあやすようになだめてしまった。
 いつもなら恥ずかしくてたまらなくなるようなこの行為が、今はどういう訳か恥ずかしくはなかった。なぜか、満ち足りた気持ちになっている。

「いつ練習したの。そんなの練習する暇があるなら勉強すればいいのに」

「勉強もしてますよ。せっかく託された楽器だから早く弾いてみたかったんです」

「……父も喜ぶよ」

「よかった…」

「もう4時だ。帰りな」

「ほんとだ。先生、魔法の練習の仕方ありがとうございました。フレウティーヌたちにも教えてあげていいですか?」

「いいけどこれは魔術学部では教えない…あまり大ぴらにしない方がいいかも」

 学院でも教えない方法だとしたら、彼はどこで学んだのか。
 練習の合間の彼の言葉から、答えは想像できなくない。
 コールディアは一瞬はっとしたような表情をするも、すぐ笑顔に戻った。

「ありがとうございます」

「僕も…今日はありがとう。お菓子も、ハープも歌も。気をつけて帰りなよ」

「はい。さようなら」

 コールディアが帰ったあとの1人になった部屋で、ソファに戻ったノートヴォルトはポケットから何かを取り出した。

 “記憶リコレクション再生・プレイ”と手にしたコイン型の宝石に唱える。
 コールディアが歌う時にその音声を記憶させた、小型音声記憶の魔律道具フォノ・コイン。呪文に反応して、中に流れるマギアフルイドが光り表面に魔法陣のような模様を刻んだ。

 ノートヴォルトが気に入っているコールディアの285Mpの魔律で流れる歌声。
 魔唱や魔奏にしなくとも、音には多少の魔律が含まれる。
 魔力で演奏するのは魔力無しで演奏する技術の延長上にあるもので、ざっくり言えば演奏法の一つと言っていい。ただ魔律に干渉することが可能なため、同じ見た目の楽器や肉声でも演奏に豊かな幅を持たせられるのだ。
 普通の楽器では不可能な演奏も可能になる。

 ノートヴォルトが魔奏で音程のど真ん中を奏でる癖があるのに対し、彼女の声には僅かに揺れがある。魔奏の時も同じで、固定化されることはない。

 仮に自分の音が人工的だとしたら、彼女の音はとても自然的だった。
 川の流れや木々のざわめきに似た不規則さとコールディアの声質はノートヴォルトには神がかり的にマッチした音であり、一言で言えば“落ち着く”のだ。
 
 歌が終わり「先生?」と言うコールディアの声が入ったところから消去し、歌の部分だけ残す。

(許可も取らずに何をしているんだ)

 もう1度再生して音声を確認すると、専用ケースに入れ寝室の枕元に置いた。

 夜眠ることが楽しみなのは、初めての感覚だった。
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