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第14楽章 ペナルティ 2

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「集中の仕方教えてあげるよ」

「え?」

 少し落ち着いたら、ノートヴォルトが自ら提案した。

「魔法の練習の仕方。基礎練習みたいなものだから、的がなくたって部屋でもできる」

 お茶を片付けると、部屋の真ん中に立つように言われぴっと背筋を伸ばして立つ。

「そんな緊張しなくていいから。苦手な元素とかある?」

「えーと火かな」

「じゃあ火でいこう。発火イグニッションでいいよ、できるだけ弱く」

 そう言われると、彼女は指先に可能な限り小さな炎を灯した。
 きちんと魔力を絞らないといけないので、小さくするのもそれはそれで集中力がいる。
 “日常会話の音量”で話すのは楽だが、“コソコソ声”を出そうと思えば意図的に出さないといけないようなものだ。

「そのまま10分同じ火力で続けて。僕は邪魔をするけど絶対消してはいけないし、大きくしてもいけない。僕は直接君に触れるような脅かし方はしないけど、目を閉じるのも無しね」

「わ、わかりました」

 ノートヴォルトはダイニングの椅子を彼女に向けると、足を組んで座った。

(改めて見ると、足も長いよね…ほんと、女子に気づかれてなくてよかった)

「僕まだ何もしてないのに炎が安定してないんだけど」

「す、すみません」

「せっかくだから失敗した時のペナルティでもあげよっか」

「遠慮しておきます」

「魔唱が苦手って言ってたよね。もう授業は始まったはずだし、なんか歌ってもらおうかな」

「ひー」

「ほらもう揺らいだ。じゃああと10回変化が起きたらペナルティね。残り時間は8分」

 そう言うと右手には土魔法で作り出した爪くらいの大きさの小石が現れた。

「当たっても痛くないから。避けてもなんでもいいけど、立ち位置は動かないでね。勿論火力は維持だよ」

「はい…」

 彼の指先からピン、と小石が飛ぶ。下手に動いて揺らぎたくないので、そのまま立っていると肩のあたりに当たった。
 当たったかどうかもわからないくらいには痛くない。

 またもう1つ飛んでくると、今度は顔のすぐ傍を飛んだ。
 少しだけ体がびくっとなってしまい、炎も同じくびくっと揺れた。

「1回」

「むーーっ」

「火力は小さくても安定して持続できれば、高火力にも応用できる。これはそういう練習」

 説明をしながら次は続けざまに2回、これも顔の辺りに飛んでくる。
 思わず正面に来た小石を避けたら、また炎が揺らいだ。

「2回」

「顔はずるいです!」

「体に当たってもわからないでしょ。こんな小石で君の可愛い顔は傷つかないから安心して」

 “可愛い”と言われた瞬間に今度は消えそうになる。

「こここ心にもないこと言ってどど動揺させないでください!」

「3回。本当は最大火力でやるんだけどね」

 どうせ当たっても痛くないのだ。こうなったら残りは全部動かないでやる。
 そう思って彼の手を凝視するも、一向に飛ばそうとしない。
 焦れていると、火力が大きくなっていた。

「4回、残り6分」

「わーっ! 最大火力で10分なんて死んじゃいます!」

「そうだよ、でも1時間倒れることは許されなかった」

 この練習はかつて彼がさせられた内容なのだろうか。
 最大火力で1時間立たされていたら普通なら冗談抜きに枯渇して死んでしまう。
 
 話の内容に気を取られそうになり、今度は全く関係のないところを見てみる。
 なかなか飛んでこない。
 気になる。
 まだ飛んでこない。
 気になって彼の手元を見る。
 あのモーションは飛んでくる、と思ったけど飛んでこなかった。

「来ないーー」

「5回。君の歌、楽しみだね」

「楽しみじゃないですっ」

「残り5分だよ。じゃあ今度はどうしようかな」

 次はどんな邪魔をしようか考えつつコールディアを見つめる。

(うっ…)

 まっすぐ凝視されることに耐えられなくて、話題を探す。

「先生、もしかして昔の話してます?」

「倒れるとただの怪我では済まなかった……6回。何もしてないんだけど」

「こっち見てる」

「見てるだけで揺らぐの? 君の集中力ってどこにあるの? あ、7回」

「わーっ! あと何分!?」

「3分だね。さてそろそろ消してもらおうかな」

 今度は席を立つと、ゆっくりコールディアの周囲を歩いた。
 品定めでもするかのように上から下まで視線を感じて、また1回無駄にしてしまった。

「あと1分か…意外と頑張ったね。半分も持たないかと思った。でもね」

 そう言うとノートヴォルトはコールディアのすぐ背後から少しだけ屈みこみ、彼女の耳元に囁いた。

「僕が勝つよ、コールディア」

「ひぁあっ」

「残り30秒。消えたね」

 コールディアはその場にしゃがみ込むと、耳を押さえ「ずるい!ずるい!」と涙目で怒った。

「今のは反則だと思います! こんな、こんなの卑怯! ずるい! 動じないわけないじゃないですか!」

「ルール違反はしてないけど」

「だって先生、わざといつもより声低くしたでしょ!? それで名前呼ぶとか、そんなのちょっと、ちょっと…もう! ずるいー! 大人はずるいー!」

 “そんなの感じてしまう”なんて絶対に言えないので、ひたすら“ずるい”で誤魔化す。
 彼は日常的にボソボソと話すことが多かったのに、近頃は普通に声を向けてくれる。

 男性の魅力的な声としてよく言われる“低くて甘い声”とは違うが、耳元の声はいつもと違い少しだけ低く、少しだけ妖しく、少しだけゆっくり…まるで何かに誘われてしまいそうな魅力があった。
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