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第10楽章 兵器の子 5

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「僕は私生児とは先に言った通りだ。ノートヴォルトは母のそのさらに母の姓だったと思う。多分ルーツは西方の国じゃないかな。血の繋がりで言う父はフリーシャと同じ。レニーはレングラント。わかる?」

「レングラント…聞いたような…レングラント…レングラント・ショスターク…えっ!?」

「実父はヴァルキン・ショスターク侯爵、母は正妻の侍女をしていた男爵令嬢。フリーシャたちは正妻の子だ。だから異母兄弟。…質問はなしだよ、黙って聞いて」

 口を開きかけたコールディアを制し、そのまま淡々と続ける。

「ショスターク家は優秀な魔術師を輩出することを何よりも重んじる。僕が生まれたのは母が望んだからではなく侯爵が望んだから。母は僕が道具として使われるのが分かっていたから逃げた。そしてブルークランプに辿り着いた」

「道具…」

 ノートヴォルトは頷きながら他人事のように続ける。

「正妻との子は爵位を継ぎ子孫を残す正当な跡取りとして大事に育てられる。その他は魔術師としての血を分けただけの道具。僕は7歳の時に侯爵に見つかり、王立魔術学院の初等部に連れて行かれた。飛び級して魔術師学科を15歳で終了、そのまま18まで兵器として育てられた。何の兵器かわかる?」

「魔術師が戦うのは…魔物・・・マギア・カルマ…“魔王”?」

「そう。兄や妹は表向きの宮廷魔術師、僕は存在を隠された兵器としての魔術師だ。もう1人妹がいたが、彼女は死んだ。魔力を全て捧げてね。それを見たレニーとフリーシャは僕を逃がそうとした。結界派ってわかる? 政治の派閥」

「えっと…王の意志に従う王党派と、魔術師を主軸に形成される結界至上主義の結界派、それと結界派に反発する革新派…革新派のバックには芸術派が…あ」

 コールディアの中で何か繋がるものがあった。
 魔術学部の、特に魔術師学科と魔楽部は非常に仲が悪い。
 学生からすると魔術学院にいながら魔術に長けない芸術系は馬鹿にされ、それに反発する芸術系の学生という構図だ。

 もし息のかかった教授や教師が背景にいるのならば。もしそれが芸術派の1人だったのならば。

「ちゃんと社会科も覚えてるんだ。ショスタークは結界派のトップだ。結界を張ることこそ国の平和への道。対して革新派は結界ばかりに頼るのを良しとしない。そもそも結界の在り方を疑問視するからね」

「逃がしてもらう時に芸術派の力を借りたんですか?」

「7歳で連れてこられた時、僕は当然反発した。ある時僕が屋敷のピアノを発見してそれに没頭していたら侯爵に見つかった。僕は真面目に勉強と魔術を頑張った分だけ楽器に触れることを許された。懐柔されたんだ」

 7歳の時に国王に楽曲を献上したというのは、この時の話なのだろう。
 そして、芸術派に政治の道具として目を付けられた。

「僕を保護したのは芸術派の筆頭、マエスティン侯爵だ。マエスティン侯爵は僕に自由に音楽に触れる代わりに後継者を育成することを要求した。対してショスターク侯爵も黙っていたわけではない。普段は自由にさせる代わりに、問題が起きたらその身を返すことを約束させた」

 そこまで話すと、ノートヴォルトはおもむろにシャツのボタンを外し始めた。
 胸の前だけ少し開けると見えたのは、やせ型の体に刻まれた鎖のような模様。

「…それ、もしかして…禁呪ですか」

「僕はショスターク家とマエスティン家の所有物だ。今も自由なようでて自由ではない」

 シャツのボタンを止めながら続ける。
 相変わらず声に抑揚はなく、誰かから聞いた話でもしているようだった。

「死んでやろうかと何度も思った。でもできなかった。僕が連れて行かれる時、血の繋がりもないのに命を懸けて守ってくれた人がいたから」

「父と呼べる人…」

「父は死んだ。母もその後すぐに。それを知ったのはかなり後になってからだったけど。僕は3人の命の犠牲の上に生きている」

「3人…」

「母のお腹には僕の弟か妹がいた……ねえ同情はなしって言ったよ」

 衝撃的の一言では済ませられないような内容をひたすら淡々と話す様子が辛くて、コールディアの目はついに堪えきれなかった涙が溢れた。

「ごめんなさい、ごめんなさい先生、ちょっと、ちょっと寝室借りますね」

 走ってノートヴォルトの寝室に飛び込むと、ベッドにうずくまる。
 多少親しいとは言え、彼女とノートヴォルトの関係はあくまで教授と学生。
 なのに語られた内容を反芻すると身内のことのように涙が止まらなかった。

 ノートヴォルトが起き抜けたままのくしゃくしゃのタオルケットを寄せ集め、そこに顔を埋めるようにしてなんとか涙を止めようとした。

 同情はなしと言われたということは、他人に勝手に悲しんで欲しくないのだろう。
 
 男爵令嬢でありながらたった1人知らない土地で子供を産む壮絶さ。
 7歳と言ったら、コールディアは町で1つの学校を「つまんないなー」と言いながら通っていた時。
 優しい町長のおかげで好きなだけピアノを弾いていた頃、彼はそれに触れるために己を殺して勉学と魔術に励んでいたのだ。

 兵器としてどこで何をさせられていたのだろう。
 彼の魔術はほんの少ししか見たことがないけど、古典魔術も使い、独創的な魔法を使えたのはそういう悲惨な経緯があったから。

 だらしない私生活の裏には、鎖で縛りつけられた人生がある。

 自分のピアノが持てないことなどなんだと言うのだろう。
 仕事だって選ばなければまだいくらでもあった。

 10個も年下の、しかも彼の生徒である自分が言ってはいけないことなどわかっているけど、それでも思ってしまう。

 あのだらしない生活も、鎖の呪縛も、全部まるごと抱きしめられたらいいのに。
 そんなことをしたところで、何も埋まらないかもしれないけれど。
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