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第9楽章 揺らぐ 2

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 そんな彼の思いは知らず、コールディアが階下に降りて早速ケースを開けると、魔力を纏わない指先で弦を弾いてみた。
 上部にネジが付いており、それを少し捻ると音程が変わった。
 彼女は少し考えたあと、ピアノを使ってチューニングした。
 端から一気に指ではじくと、綺麗な和音になる。
 
 テーブルに広げたままの課題の存在も忘れ、そのまま初めての楽器を奏でるのに夢中になった。
 彼女もノートヴォルトほどではないが、演奏に熱中すると周りが見えなくなることがある。
 ふと顔を上げた時にはもう10時を過ぎており、後ろのソファにはどこか視線の遠い風呂上りのノートヴォルトがいた。
 魔法で乾かせば早いのに、当たり前のように濡れたままの髪が肩にかかっていた。

「先生壁の向こうに何か見えるんですか?」

 どこを見ているのかわからない視線は、返事の代わりにコールディアに向けられたことで定まった。

「ぼんやりしてどうしたんです?」

「君の音を聞いていた」

「ダメ出しも無しに聞かれているのがかえって不気味な上にちょっと恥ずかしいんですけど」

「娯楽で弾いているところにケチをつけるほど野暮じゃない」

「意外です」

「…また君は」

 もう時間も遅いしそろそろ終わりにしようと、彼女はハープをケースに戻した。
 これから課題をする時間でもないし、もう寝た方がいいだろう。
 だがその前にノートヴォルトの濡れた髪がどうしても気になる。
 夏だからいいものの、あのまま寝てしまうのだろうか…寝そうだが。

「先生、その髪濡れたまま寝るんですか?」

「気にしたこともない」

「でしょうね。傷みますよ。乾かしていいですか? 魔唱科の元気印ラッピー直伝の秘術で速乾します」

 駄目ともいいとも言わないので、コールディアはブラシを持って来ると「失礼しまーす」と言ってノートヴォルトの髪に手をかけた。

『ブラシに熱を持たせて微風で乾かすの!』

 お洒落に敏感な年頃の女子たちで交換される最新情報で、ラッピーはそう言っていた。
 コールディアも真似してみると、髪はただ風で乾かすよりずっと早く綺麗に乾いたので、以来重宝しているテクだ。

 いつも自分にしているように、ノートヴォルトの強いくせ毛にブラシを通す。
 肩よりほんの少しだけ長い黒髪は、ブラシを通すごとに乾いてきた。

(触ってしまった。なんてことしてるんだろう…でも触りたかったんだもん)

 胸の内は隠しつつ、「ね、早いでしょう?」と言えば、嫌そうな声で「そうだね」と返って来た。
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