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第6楽章 心のノイズ

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 翌日、あまり学院に通うときと代り映えしないブラウスとスカートに身を包んだ彼女は、これも周囲と比べ代り映えのしない栗色の髪を三つ編みにし綺麗に結い上げた。
 ジャケットは流石に暑い季節となり、代わりにベストを着る。

「んーー。なんか地味」

 家事をするのだから地味でも問題ないのに、彼女は数少ない手持ちのアクセサリーの箱を眺める。
 適当なものがなくて、結局いつもの深緑のリボンを手に取るとせっかく結い上げた髪をほどいた。
 今度はリボンを三つ編みに一緒に編み込み、また同じ髪形にする。頭の外周にぐるっと回すと、結い始めのあたりにピンで毛先を押し込んだ。

 地味な髪色に挿し色が入り、少しだけ華やかに見える。
 先生のところに手伝いに行くだけなのに何してるんだろうと思いつつ、エプロンとスカーフの入った鞄を持ち家を出た。勿論、警戒魔法は怠らない。

 アパートの周囲を掃除する管理人に挨拶をすると、ノートヴォルトに言われたグロッサリーの3番停留所まで急いだ。

 時間通りに乗合馬車が到着し、時間通りに本屋前の停留所に着いた。
 ノートヴォルトは…時間通りには来ないだろう。

 彼女は乗合馬車の御者灯が緑色に光り無人の馬を誘導するのを眺めながら、さてどうしようかな、と思った。
 本屋で時間を潰すことも出来るが、ノートヴォルトが来たことに気づけないかもと思った彼女は、大人しくその場で待つことにした。

 文具も扱う本屋のガラスケースに収まる新商品を見ていると、ほどなくして後ろから「お待たせ」というボソっとした声がかかった。
 ガラスに反射するノートヴォルトの姿を見つけると、彼女は笑顔で振り返った。

「おはようございます先生。思ったよりも早かったですね」

 そう言われてノートヴォルトは本屋の前にある時計を見上げる。

「30分過ぎてる…」

「先生にしては上出来ですよ。あ、メイドって“旦那様”って呼んだ方がいいんですか?」

「…やめてくれ」

「私もなんか言ってて恥ずかしかったです」

 コールディアはいつもノートヴォルトを「先生」と呼ぶ。
 他の教授に対しては「教授」だし、他の学生もノートヴォルトを「教授」と呼ぶ。
 だが中等部の時に教授だと知らなかった彼女は「先生」と呼んでしまい、以来ずっとそのままだ。

 ノートヴォルトの自宅は本屋から裏路地に入り、さらに少し奥まったところにあった。
 住宅がまばらになり、家と家の間隔が開いて来る。
 王都でも裏に入ってしまえば思ったより閑散としていることを初めて知った。

 やがて庭が雑草に支配された、中流階層によくあるレンガ調の2階建てが見えて来た。

 腰高の柵に囲まれた家のゲートから、玄関に至るアプローチも雑草に支配されつつある。
 この人は戸建てより集合住宅向けなのではと思うが、楽器を使う以上それは無理だろう。

 玄関扉を開けた瞬間に何物かの雪崩が起きないだけマシなのでは、と思った。

「大丈夫、想定内です」

 部屋を見るなりコールディアが言う。顔はやや引きつっていた。

「あー…先生が1番どうにかしたい場所はどれですか」

「特にない」

「…あったらこうはならないですよね。じゃあお邪魔します。人間の住処にすればいいんですよね?」

「既にここに住んでいる僕は何者なんだ」

 足の踏み場を探しながらリビング跡地に入ると、ピアノと、ピアノに向かい合うようにチェンバロが鎮座していた。
 演奏場所だけは確保できているらしい。

 読んでいるのかわからない新聞、楽譜、本等の紙類はそれぞれ山になり、恐らくそこにあるであろうソファには服が何着か捨て置かれている。
 ローテーブルは書きかけの楽譜とペン。あとはまあ色々埋まっている。
 置いてあるグラスはいつ使ったのだろう。

 ダイニングとキッチンはリビングの惨劇に比べればマシだった。
 思いのほかゴミがない。

「流石にどうかと思って朝捨てた」

「どうかと思う心が残っていて助かりました」

 寝室はベッドの部分だけ機能はしていそうだった。
 寝具の清潔度はわからないが。

「うーん…普通ならリビングかダイニングから始めますよね…でも先生は何かと寝不足だし、寝室からやるか。洗濯物回収して掃除してあとは…」

 いつもノートヴォルトは何か作業をする時にぶつぶつと言うことがあるが、今日はコールディアがそれだった。

 エプロンをして頭にスカーフをすると、ふと大事なことに気づいた。
 掃除道具について尋ねると、驚いたことにまともな道具が揃っている。
 魔律回路が組み込まれ、魔法に反応して家事を補助してくれる優れもの。
 20年くらい前から加速度的に発達してきたらしいが、コールディアの田舎ではそれほど普及していない。
 高価だし、扱える者も少ない。
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