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第5楽章 汚部屋のピアニスト 2
しおりを挟む「もし嫌じゃなければ…夏休み中も僕が雇おうか」
「え? 何の仕事ですか?」
「僕の部屋は君も知っての通りだ。家はどうなっていると思う?」
「恐ろしくて想像したくありません」
「元々週に1~2回日雇いメイドを入れていたんだ…自分じゃどうしようもないから。君がそれをしてくれるって言うのなら雇うけど」
「すごく助かります!」
彼女は一も二もなく即決すると、経済面の心配が減り安堵の溜息を漏らした。
「じゃあ初日は明日でいい? 発表会が忙しかったからもう限界を迎えているんじゃないかと思う…」
「自分で状況も把握できないほどなんですね…」
「大通りのグロッサリーがあるだろう? あそこの3番乗合馬車から5つ目の停留所、本屋がある所が最寄りだ…明日は僕がそこまで迎えに行く。10時頃でどう?」
「わかりました! よろしくお願いします! じゃあ今日はこれで失礼しますね」
彼女が笑顔で鞄を持つと、ノートヴォルトはまだ何かあるのか「待って」と引き留めた。
「警戒魔法は? ちゃんといつもしてる?」
「し…てますよ」
発表会当日、彼女のグラスハープが破壊されていた事件。
結局まだ犯人はわからず、当日強化した警備でも不審者は見当たらなかった。
魔力の追跡をしたアーレイ教授も「流石に個人までは辿り着けない」と言っていた。
ただし残存魔力からわかったこともあり、少なくとも使い手はまだ魔術師としては未熟、ということだった。
学生の可能性は高い。
コールディアは自分が狙われたとは思っていなかったが、なぜかノートヴォルトは「警戒はしておけ」と言うので、学院の往復には周囲に敵意のある者がいるかがわかる警戒魔法を使っていた。
ただ毎日何も起きるわけでもなく、彼女は今朝それを忘れていたのだ。
少し不自然な返事をした彼女に、ノートヴォルトは眉を潜めた。
「まだ解決してないんだ。同一犯かはわからないが、君は理不尽にも恨みを買うかもしれない出来事が1つあっただろう? 気を付けてくれ…」
理不尽な恨みと言ったら、練習室でフリオッソに襲われそうになった事件しかない。
もう彼女の中ではその出来事は薄らいでいたが、彼女以上にノートヴォルトの方が重く受け止めているようだった。
「そんな、流石にそこまで馬鹿じゃないんじゃ…私なんかに執着する意味もないし」
「いいから警戒は怠るな。デメリットはない」
「わかり、ました…。でもなんでそんな先生が気にするんですか? 私、正直もうどうでもよくなってきててーー」
「僕は私生児だ。君の年齢なら意味はわかるだろう? 相手が貴族だと死ぬまで泣き寝入りだ」
コールディアは息を飲んだ。咄嗟に言葉が出ない。
隣の部屋にいながらすぐに駆け付けなかったことを気に病んでいるだけだと思っていた。
コールディアにしてみればギリギリセーフだったし、彼が気づいて駆け付けてくれた事実の方で上書きされている部分があった。
だが彼女を過剰に心配するのは彼の実体験に基づくものがあったのだろう。
実際には彼の母だが、母子が受ける苦痛と苦労は相当なもののはずだ。
「悪意の警告…脅かすつもりではない。でも気を付けて帰りなさい」
「ありがとうございます…先生も気を付けて下さい…」
恨みを買うと言うのなら、それは学院に報告し退学に追い込んだノートヴォルトも同じだろう。
深刻な表情を浮かべた彼女に、教授は心配ないとでも言うように僅かに笑みを浮かべたようだった。
彼女の周囲に張られた警告の円陣は、自分でかけるよりずっと安定している上に広かった。
身を包む魔力になぜか以前借りたシャツのことを思い出し、彼女の胸を1度だけチクっと切なく刺したのだった。
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