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第5楽章 汚部屋のピアニスト
しおりを挟む「コールディア、絶対手紙を書きますからね」
「うん、私も返事出すよ。別荘楽しんできてね!」
前期終了日、学院前の広場は貴族の馬車でごった返していた。
コールディアもフレウティーヌの馬車を見送ると、自分も荷物を取りに1度教室棟のロッカーへと戻った。
ほとんどの学生は夏休みに入れば実家に帰る。
だがコールディアは旅費が惜しかったため、王都の小さなアパートに残ることにした。
親には「受けたい夏季講習があるから」と手紙を出した。心配はされたけど、頑張ってねという返事が来た。
高等部までの寮ならば申請すれば夏休みもそのまま残り3食がつく。洗濯や掃除もする必要がなく楽だったなあと思いながら校舎へと戻った。
滅多に着ないローブ、教科書、友達にもらったのを忘れてしまったままになっていたハンカチ、楽譜の束…そんなものをいつもより大きめの鞄に押し込むと、ノートヴォルト教授の部屋に向かった。
「先生、コールディアです」
ノックの音に返事がない。また寝落ちしているのか、不在なのか。
もう1度ノックしようとしたとき、ピアノの不協和音が聞こえ、続いてしたのが「うるさい!」と毒づく声。
「寝落ちか…先生、入りますよ?」
扉を開けると、不満そうな雰囲気を醸し出すノートヴォルトがいた。相変わらず顔は見えにくいので、雰囲気。
「先生、夜ちゃんと寝ていないんですか?」
部屋に入ると散乱した楽譜が床を埋めていた。
ソファに鞄を置き、それをかき集めながら聞く。
「…寝ている。少しは」
コールディアは「少しなんですか?」と言いながら、集めた譜面をピアノの前に座ったままのノートヴォルトに渡した。
「あまり寝つきが良くないんだ。音がうるさすぎる…」
「え? 先生のお家って周りが煩いんですか?」
「そうじゃない…君は聞こえないのか…廊下の足音、学生の声、鳥の鳴き声や風の音も…僕には全部音階で聞こえる…聞くに堪えない不協和音だ」
コールディアも耳はいい。
ノートヴォルトと同じように生活音が音階で聞こえることはある。
だがそれらが日常的に耳に入り続けるかといったら、そんなことはない。
「先生、耳が物凄く繊細なんじゃないですか?」
耳を塞げば音は遮断できるのだろうか?
コールディアはそう思い、ノートヴォルトの長い髪を避けてそっと彼の耳を塞いでみた。
彼女のふいの行動に非難めいた表情をしたノートヴォルトの目が、コールディアを見上げる。
見つめ合うような形になり、他の学生はきっと知らないであろう綺麗な顔が至近距離にあった。
(私、何をしてるんだろう)
「すみません、塞げば聞こえないかと思って」
すっと手を離すと、1歩下がる。
自分でやっておきながら、心拍数が爆上がりしてしまった。
「耳栓なら試したことはある。音は減るが、あれはあれで気になるんだ」
「そう、なんですね」
ノートヴォルトは彼女のしたことに何も思わないのか、渡された譜面の順番を戻しながら「用はなんだ?」と聞いてきた。
「明日から夏休みなんで、助手の仕事があるか確認しに来ました」
発表会が終わり夏休みまでの少しの間、コールディアは助手として少しばかり採点や資料の作成を手伝った。
しかし発表会後はほとんどやることがなく、そのまま休みを迎えてしまった。
作業中あまりに汚いデスク回りを見かねて片付けていたが、彼はそれも助手の仕事としてカウントしてくれたので、いつもより少しだけ財布に余裕ができたのは確かだ。
とは言え実家の仕送りも減っており、夏休み中に他に何か仕事をしないと数か月後には苦しくなってくる可能性が高い。
「僕も後期の直前まではここに来るつもりはない…テストを用意しなければならないので来ることもあるが…それだと君は困るんだろう?」
「はい、正直足りないです。でも学生ができる仕事って限られていてないんですよね。先週もちょっと探しに行ったんですけど、そういうのって大体もう取られてるんです」
彼は整理した楽譜を置くと、ピアノに蓋をして片付け始めた。
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