学生だけど、魔術学院の音楽教授で最終兵器な先生を好きになってしまいました。

茜部るた

文字の大きさ
上 下
17 / 113
4

第3楽章 チェロから始まる小夜曲 4

しおりを挟む

(だめだ、集中しよう…ターアータッタ…)

「9小節目からいく。準備はいいか?」

「はい、お願いします」

 チェロの演奏が始まった1小節後にコールディアのグラスハープが重なる。
 ノートヴォルトの音色は張りがあるのに悲壮感が漂う。後半に行くにつれて哀しみを湛える曲想は、彼の音によってより情緒が深まっていく。
 胸の内に何か叫びたくなるような記憶でも抱えているのだろうか。そう聞きたくなってしまうような、哀しい音色。

 コールディアは観客ではなく演奏者であることを忘れ、聞き入りそうになった。

「魔力が安定していない。どうした?」

 ついには演奏を続けたままそう言われてしまい、彼女はなんとか安定させようと指先に集中した。
 グラスの色が、僅かながらに揺れている。
 魔奏グラスハープは見た目にも動揺がわかりやすい。
 それでもなんとか最後まで演奏をすると、コールディアは思わず言った。

「先生の音が殺しに来る」

「どういう意味だ…」

 眉を潜めてコールディアを見る。いつも不機嫌に何か言う時は、こんな表情だったのか。こんな、ちょっと悩まし気な。

(顔でも殺しにくるし)

「先生のチェロ、初めて聞いたので感動で動揺しました」

「それじゃあ練習にならない」

「特に36小節目から。切なくて窒息しそうです」

「奏者としては嬉しい言葉かもしれないけど僕は今指導してる立場なんだけど」

「ちょっと、ちょっと気持ちの整理を付けさせてください」

 そう言うとコールディアはペンを取り出し譜面に書き込みをし始めた。
 “膨らませる”“キレよく”“遅れない”など自分で気づいた注意点やノートヴォルトに指摘された点を書きながら、気持ちを落ち着かせる。

 ノートヴォルトの演奏に限ったことではないが、何かに感動するといつも彼女はしばらく落ち着かない気持ちになる。怒りでも哀しみでも、しばらく自分の中で消化してやらないと感受性がキャパオーバーしてしまうのだ。

「先生ってここの出身ですよね? ピアノだけじゃなくてチェロもうまいし、なんでも指導できちゃうし…学生時代は何を専攻してたんですか?」

「教諭と教授の違いを知っているか」

 質問に対し全く関係のなさそうな質問で返されてしまった。
 譜面から顔を上げ、教授を見る。
 いつも俯いて喋る傾向のある教授の、長い髪の向こうではそんな表情をしていたのかと思う。床に自分の記憶でも落ちているのか、伏せた目は何かを探しているようにも見えた。

「え? 違い…教員資格の有無とかですか?」

「僕は教員資格はない。そして魔楽部はおろか音楽部も卒業していない。ただピアノが好きだっただけ」

「はい!? なんで? どうやって? ここにいるんですか?」

「…もう落ち着いたのなら練習を続けたいんだけど」

「すみません、あと5分ください」

 落ち着くどころか、まさかの学歴に疑問が次々と沸いてきてしまう。

 出身はここの学院だったはず。
 でも魔学部は卒業していないし、普通の音楽学校も卒業していない。
 それなのにあれだけの知識と技術がある。

 貴族のおぼっちゃまならもしかしたら何かあるかもしれないけど、ノートヴォルトは自分と同じく平民だったはずだ。

 考えてもわからないことを考えていると、チェロの演奏が流れ始めた。
 “孤独なチェロのための幻想曲”はチェロの練習曲としても有名だ。
 短調の曲はノートヴォルトに似合う。
 コールディアは譜面へ書き込むふりをしてあれこれ考えるのをやめ、しばし観客となった。

(先生はなんの楽器でも正確に音を当ててくるな。得手不得手ってないのかな)

 短い曲は終わり、思わずコールディアは拍手をした。
 呆れた顔で見られてしまう。

「…続きするよ。今度は動揺していない音をちゃんと聞かせて」

 その後外が暗くなり、警備員の巡回する時間まで練習は続いた。
 ノートヴォルトは片付けはいいから1秒でも早く帰れと言い、さらに警戒の呪文までかけられてしまった。
 何か危害を加えようとする者を感知すると、術者や使用者にわかるように警告がくる。
 そんな過保護なと思ったが、デメリットがあるわけでもないので挨拶をするとすぐに家に向かった。

 これまで何度も指導は受けて来たのに、今になって素顔を知ってしまった。そしてあのチェロの演奏。今も残る高揚で少し落ち着かない。
 コールディアはなんだかとても贅沢な時間を過ごしてしまったような気がした。
 自分を包む警戒魔法も、特別扱いに感じて・・・と思いかけたところで頭を振ると、彼女は校門を走り抜けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

密事 〜放課後の秘め事〜

月城 依織
恋愛
放課後の数学科準備室。 ずっと『先生と生徒』として、彼の補習を真面目に受けていただけなのに。 高校卒業まであと僅かだという、1月下旬のある日。 私は先生と、一線を越えてしまった。 それから先生とは何もないまま高校を卒業し、大学で教職を取った。県立高校の教員として採用され、楽しく充実した人生を送っていたのに……。 高校を卒業して7年後、私が勤務する学校に、あの時の数学の先生が異動してきた────。

先生と私。

狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。 3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが… 全編甘々を予定しております。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

処理中です...