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第1楽章 18000Mpの叫び 5
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「……1度目の雑音には気づいていたんだ。あんなことになってるとは知らなくて、助けるのが遅れて申し訳ない」
いつも通り長い髪で隠れた表情は見えにくかったが、口元がきゅっと結ばれている様子を見るに、教授は自責の念に駆られているようだった。
助けてくれたのに、どうして教授がそんな顔をしなければならないのか。
「先生なら気づいてくれると思って咄嗟に…気づいてくれてありがとうございました。あの、完全に未遂かって言うとそうでもないですけど、まあ未遂は未遂なので先生が気に病むようなことはないです。ほんと、感謝してます」
若干何を言ってるのか自分でもわからないが、教授が気負いするようなことはして欲しくなかった。いつもみたいに「あんな雑音を!」と怒ってくれていた方がいい。
「それで、あの防音解除なんですけど、あれはーー」
「2.8高い」
「はい?」
「声の魔律波動が2.8Mp高い。説明はいつもに戻ってからでいい…僕も聞いてて落ち着かない」
「……はい。あの、ローブありがとうございました。勝手ながら右の袖口が少し解れていたので修繕させてもらいました。あと先生…」
「…なに」
「もう少し小まめに洗濯するのをお勧めします」
「…余計な…わかったよ」
どこか観念した様子のノートヴォルトに、コールディアは小さく笑った。
「では失礼します…あ、明日の合同訓練はちゃんと来てくださいよ」
「…学院長みたいなこと言うな」
彼女はさっきよりもう少しだけ大きく微笑むと、今度は出て行った。
ノートヴォルトは閉じた扉を数秒眺めたあと、ピアノの椅子に座り直す。
真ん中にある白鍵から半音上がった黒鍵に指を置くと、コールディアの普段の声の魔律波動に近い音が出た。魔力で調律し、さらに2.8上げた音を出す。
「不快だ」
彼は調律を戻すと、先程完成したばかりの新曲を奏でた。
2か月後の夏の発表会向けに書き下ろしたこの曲は、グラスハープを奏でるコールディア用のものだ。
練習時間が少なすぎるので、本当は今日渡してしまいたかったのだが、明らかに動揺をする彼女に渡してもいい音など出ないだろう。
彼にしてみればコールディアは教授に赴任後ずっと探していた有能なグラスハープ奏者。あんな下衆な事件で邪魔されるなど言語道断だ。
ピアノを叩く指先に段々苛立ちが混ざる。
頭からはどうしてもコールディア標準音+2.8の音が離れなかった。
(あんなクズに僕の理想の音が邪魔されてなるものか)
結局音の上書きに成功しなかった彼は席を立つと、2か月分貯めたままにしておいた中等部と高等部の特別授業の答案の採点を始めた。
学院の教授である彼は普段は学院生以外の教壇に立つことはないが、中等部は1か月に1度、高等部は隔週で特別授業がある。
名誉ある王立学院らしく専門知識に掘り下げた内容を教えるこの時間は、普段の教諭ではなく学院の教授が教壇に立つのだ。もう1人他の教授も立つので、ノートヴォルトが受け持つのは前期分のみとなる。
正直子供に伝えることが苦手な彼は、早く後期にならないものかと思っていたが、ここで教授をやっている以上やらないわけにもいかない。
彼はなぜだか落ち着かない心が静まるまで、そうして黙々と点数の悪い答案の採点をし続けた。
いつも通り長い髪で隠れた表情は見えにくかったが、口元がきゅっと結ばれている様子を見るに、教授は自責の念に駆られているようだった。
助けてくれたのに、どうして教授がそんな顔をしなければならないのか。
「先生なら気づいてくれると思って咄嗟に…気づいてくれてありがとうございました。あの、完全に未遂かって言うとそうでもないですけど、まあ未遂は未遂なので先生が気に病むようなことはないです。ほんと、感謝してます」
若干何を言ってるのか自分でもわからないが、教授が気負いするようなことはして欲しくなかった。いつもみたいに「あんな雑音を!」と怒ってくれていた方がいい。
「それで、あの防音解除なんですけど、あれはーー」
「2.8高い」
「はい?」
「声の魔律波動が2.8Mp高い。説明はいつもに戻ってからでいい…僕も聞いてて落ち着かない」
「……はい。あの、ローブありがとうございました。勝手ながら右の袖口が少し解れていたので修繕させてもらいました。あと先生…」
「…なに」
「もう少し小まめに洗濯するのをお勧めします」
「…余計な…わかったよ」
どこか観念した様子のノートヴォルトに、コールディアは小さく笑った。
「では失礼します…あ、明日の合同訓練はちゃんと来てくださいよ」
「…学院長みたいなこと言うな」
彼女はさっきよりもう少しだけ大きく微笑むと、今度は出て行った。
ノートヴォルトは閉じた扉を数秒眺めたあと、ピアノの椅子に座り直す。
真ん中にある白鍵から半音上がった黒鍵に指を置くと、コールディアの普段の声の魔律波動に近い音が出た。魔力で調律し、さらに2.8上げた音を出す。
「不快だ」
彼は調律を戻すと、先程完成したばかりの新曲を奏でた。
2か月後の夏の発表会向けに書き下ろしたこの曲は、グラスハープを奏でるコールディア用のものだ。
練習時間が少なすぎるので、本当は今日渡してしまいたかったのだが、明らかに動揺をする彼女に渡してもいい音など出ないだろう。
彼にしてみればコールディアは教授に赴任後ずっと探していた有能なグラスハープ奏者。あんな下衆な事件で邪魔されるなど言語道断だ。
ピアノを叩く指先に段々苛立ちが混ざる。
頭からはどうしてもコールディア標準音+2.8の音が離れなかった。
(あんなクズに僕の理想の音が邪魔されてなるものか)
結局音の上書きに成功しなかった彼は席を立つと、2か月分貯めたままにしておいた中等部と高等部の特別授業の答案の採点を始めた。
学院の教授である彼は普段は学院生以外の教壇に立つことはないが、中等部は1か月に1度、高等部は隔週で特別授業がある。
名誉ある王立学院らしく専門知識に掘り下げた内容を教えるこの時間は、普段の教諭ではなく学院の教授が教壇に立つのだ。もう1人他の教授も立つので、ノートヴォルトが受け持つのは前期分のみとなる。
正直子供に伝えることが苦手な彼は、早く後期にならないものかと思っていたが、ここで教授をやっている以上やらないわけにもいかない。
彼はなぜだか落ち着かない心が静まるまで、そうして黙々と点数の悪い答案の採点をし続けた。
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