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オーバーチュア 4
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「いない…お邪魔します…」
中に勝手に入ると、鍵を閉めた。
もし部屋の主が戻ってきても、まあなんとでもなるだろう。ノートヴォルト教授なので。
コールディアの避難所は主にトイレ、次が個人練習室、それと意外とバレないのがコントラバスのケースの影。そのどれも使えないと、どうしてもここに足が向いていた。
教授は音楽の話をすれば必ず答えてくれる。
意味もなく問答しているうちに涙は乾くし、いなければ勝手に気が済むまで泣いて帰るのだ。
今部屋の主はいないので、ソファに伏せるととりあえず泣いた。
悔しい。
音楽に関係あれば彼女にも戦うことはできる。
なんなら魔術で対決しろと言われたら、魔楽部の中ならそこそこやれるかもしれない。あくまで魔楽部の中なら。
でもそれ以外の身分だとか貧乏だとかどうしようもないところで言いがかりをつけられても、彼らにやり返すことはできない。
庶民はどうしたって貴族の言いなりになるしかないことくらい、ここに来る前から知っていた。
5分くらい泣いてると、気持ちも落ち着いてきた。
このくらいの嫌がらせならまだなんとかなる。これ以上付け込まれないようには注意しないと、悪化しても困るが。
「はぁ。たまにはおうち帰りたい。てか先生、ソファ臭い」
ちょっと汚れているらしいソファに座ると、ハンカチで目元を押さえた。
泣くのは我慢しているとどんどん内に貯めてしまうので、基本的に我慢しない。
その代わりこうしてこっそり泣いたあとは、もう嫌な事は考えないようにした。
「戻ろう。グラス用意しなきゃ」
「…僕に用があったわけじゃないの」
「うわ先生っ!」
鍵が閉めてあるはずの扉から、いつの間にかノートヴォルト教授が戻っており思わず叫んでしまった。
「鍵が…」
「自分の部屋の鍵を開けられない魔術師っている?」
「いないですね…」
「閉めた覚えはないんだけど…君は僕の部屋で何してるの」
「あー…えーと、あ、レポートの枚数をみんなが聞いていて…私が代表で聞きに来ました」
「好きにすればいい」
「また適当な。じゃあそう伝えます、失礼しました」
コールディアが彼の脇をそそくさと通り過ぎようとしたとき、「声が」と言われた。
「声?」
「声がいつもと違う。魔律波動が1.2マギア・ピッチ低い…」
「よくそんな変化気づきますね」
「あとここ…」
教授が自分の胸元を指差した。
ブラウスが裂けていたのを忘れていた。
しかも今気づいたが、取れかかっていた第二ボタンがいつの間にか行方不明となり、かなり際どい所まで開いている。ジャケットがなかったら危なかった。
慌ててそこを押さえると、「お気になさらず」と言って目を逸らした。
「…替えはないのか」
「え、あ、ないです…走ってアパートに戻ればギリギリ間に合うかもなので今から帰ります」
そう言うと教授はおもむろに自分の小さなクローゼットから1枚の白いシャツを出した。
シャツもベストも何もかも黒い教授から白いシャツが出て来て内心びっくりした。
「…貸す。そのままでは出歩くのも難儀だろ」
コールディアの手元に押し付けると、そのまま教授はまたどこかへと行ってしまった。
「思ったより行動が紳士…」
一瞬鼓動がトクンとなりかける。
「ないない」
彼女は手にした教授の厚意に急いで着替える。
思ったよりサイズが大きくて、袖が余ってしまった。
今まで1度も感じなかった“男性”を妙なところで意識してしまう。
「だからないって」
襟元はきっちりボタンをすれば、それほど大きさは気にならなかった。スタンドカラーで装飾的な造りなのを見ると、恐らく急に必要になった時用のフォーマルだろう。
いつもの教授では見たことがないが、ここにきちんとタイを閉めてよれてないローブを着れば王宮のちょっとだけ偉い人の謁見くらいはできそうだ。
彼女は左右に1本ずつ垂らしていた三つ編みのリボンを解くと1本に結い直し、余ったリボンをタイ代わりに首に結んでみた。
「あ、この方が可愛いかも」
鞄から取り出した小さな手鏡で確認すると、短めに結ばれた深緑のリボンが首元に揺れた。これは中等部に入った頃に買った、制服の色に合わせたリボン。いい加減使い古し感が強いが、思い出もあって未だに使っていた。
ジャケットをはおり内側からシャツの袖をひっぱって中に収めると、ボタンを閉めた。
「よし、悪くない。ちょっと不思議な匂いがするけど」
彼女は今はいない部屋の主に律儀にも「ありがとうございました」と言うと、急いでカフェへと走った。
身を包むシャツがほんの少しだけ心にこそばゆい感覚を伝えていた。
中に勝手に入ると、鍵を閉めた。
もし部屋の主が戻ってきても、まあなんとでもなるだろう。ノートヴォルト教授なので。
コールディアの避難所は主にトイレ、次が個人練習室、それと意外とバレないのがコントラバスのケースの影。そのどれも使えないと、どうしてもここに足が向いていた。
教授は音楽の話をすれば必ず答えてくれる。
意味もなく問答しているうちに涙は乾くし、いなければ勝手に気が済むまで泣いて帰るのだ。
今部屋の主はいないので、ソファに伏せるととりあえず泣いた。
悔しい。
音楽に関係あれば彼女にも戦うことはできる。
なんなら魔術で対決しろと言われたら、魔楽部の中ならそこそこやれるかもしれない。あくまで魔楽部の中なら。
でもそれ以外の身分だとか貧乏だとかどうしようもないところで言いがかりをつけられても、彼らにやり返すことはできない。
庶民はどうしたって貴族の言いなりになるしかないことくらい、ここに来る前から知っていた。
5分くらい泣いてると、気持ちも落ち着いてきた。
このくらいの嫌がらせならまだなんとかなる。これ以上付け込まれないようには注意しないと、悪化しても困るが。
「はぁ。たまにはおうち帰りたい。てか先生、ソファ臭い」
ちょっと汚れているらしいソファに座ると、ハンカチで目元を押さえた。
泣くのは我慢しているとどんどん内に貯めてしまうので、基本的に我慢しない。
その代わりこうしてこっそり泣いたあとは、もう嫌な事は考えないようにした。
「戻ろう。グラス用意しなきゃ」
「…僕に用があったわけじゃないの」
「うわ先生っ!」
鍵が閉めてあるはずの扉から、いつの間にかノートヴォルト教授が戻っており思わず叫んでしまった。
「鍵が…」
「自分の部屋の鍵を開けられない魔術師っている?」
「いないですね…」
「閉めた覚えはないんだけど…君は僕の部屋で何してるの」
「あー…えーと、あ、レポートの枚数をみんなが聞いていて…私が代表で聞きに来ました」
「好きにすればいい」
「また適当な。じゃあそう伝えます、失礼しました」
コールディアが彼の脇をそそくさと通り過ぎようとしたとき、「声が」と言われた。
「声?」
「声がいつもと違う。魔律波動が1.2マギア・ピッチ低い…」
「よくそんな変化気づきますね」
「あとここ…」
教授が自分の胸元を指差した。
ブラウスが裂けていたのを忘れていた。
しかも今気づいたが、取れかかっていた第二ボタンがいつの間にか行方不明となり、かなり際どい所まで開いている。ジャケットがなかったら危なかった。
慌ててそこを押さえると、「お気になさらず」と言って目を逸らした。
「…替えはないのか」
「え、あ、ないです…走ってアパートに戻ればギリギリ間に合うかもなので今から帰ります」
そう言うと教授はおもむろに自分の小さなクローゼットから1枚の白いシャツを出した。
シャツもベストも何もかも黒い教授から白いシャツが出て来て内心びっくりした。
「…貸す。そのままでは出歩くのも難儀だろ」
コールディアの手元に押し付けると、そのまま教授はまたどこかへと行ってしまった。
「思ったより行動が紳士…」
一瞬鼓動がトクンとなりかける。
「ないない」
彼女は手にした教授の厚意に急いで着替える。
思ったよりサイズが大きくて、袖が余ってしまった。
今まで1度も感じなかった“男性”を妙なところで意識してしまう。
「だからないって」
襟元はきっちりボタンをすれば、それほど大きさは気にならなかった。スタンドカラーで装飾的な造りなのを見ると、恐らく急に必要になった時用のフォーマルだろう。
いつもの教授では見たことがないが、ここにきちんとタイを閉めてよれてないローブを着れば王宮のちょっとだけ偉い人の謁見くらいはできそうだ。
彼女は左右に1本ずつ垂らしていた三つ編みのリボンを解くと1本に結い直し、余ったリボンをタイ代わりに首に結んでみた。
「あ、この方が可愛いかも」
鞄から取り出した小さな手鏡で確認すると、短めに結ばれた深緑のリボンが首元に揺れた。これは中等部に入った頃に買った、制服の色に合わせたリボン。いい加減使い古し感が強いが、思い出もあって未だに使っていた。
ジャケットをはおり内側からシャツの袖をひっぱって中に収めると、ボタンを閉めた。
「よし、悪くない。ちょっと不思議な匂いがするけど」
彼女は今はいない部屋の主に律儀にも「ありがとうございました」と言うと、急いでカフェへと走った。
身を包むシャツがほんの少しだけ心にこそばゆい感覚を伝えていた。
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