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オーバーチュア 3

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「コールディア。お前まだノートヴォルト教授に取り入ってるのか?」

「取り入ってなんかないよ。何の用?」

「庶民は口の利き方すら知らなくて嫌だねえ」

「服も貧乏臭いしな。虫でもいるんじゃないか?いつも同じ服だろう」

「いつも同じ服じゃなくて似た服を3着持ってるんです」

 コールディアの実家は王都から離れた田舎。
 町の中で籠って生活している分にはそこまで困らないが、いくら学院が無償とは言え王都で暮らすにはお金がかかる。
 今彼女の直近の問題は生活資金で、学校と両立できる仕事がないか探しているところだった。
 高等部が終わり制服がなくなったことで日々の服装に困った彼女は、考えた結果自分で制服を用意することにした。
 着回しに困らないよう、制服と似たような組み合わせのロングスカートとジャケットを3着用意し、ローテーションで着る事にしたのだ。
 変化はないけど、経済には優しいし、朝悩むこともない。毎回お洒落を諦める心は必要だけど。

「おやめになって。彼女は私の大事な友人ですわ。由緒ある貴族がか弱い女性1人をいじったところで何も面白くはないでしょう?」

「ふんっ。フレウティーヌ嬢に免じて許してやろう。自習室1に課題用のグラスを用意しておけ。今日中にだ」

「そのくらい自分でやれば?グラス1つ持ってきて水を張るだけだし」

 すると目の前の男は「あっ?」と品のない声を上げ、急にコールディアの胸元を乱暴に掴んだ。

「何をなさるの!?」

 隣のフレウティーヌの方が悲鳴に近い声を上げた時にはもう、コールディアの貴重なブラウスの第1ボタンのあたりが引き千切られていた。

「ちょっと何するの!?」

 少し開いてしまった胸元を押さえながら、キッっと睨みつける。相手が貴族でも、本来学院の中では平等なはずだ。

「うるさい。最初から言うことを聞いておけばよかったんだ。全員分用意しておけ。いくつだ?」

 腰巾着の1人が「18人分です」と答えた。

「だそうだ。15時までに用意しておけよ。できなかったら次はジャケットを買い替えることになるぞ」

 そう言うと彼らは去って行った。
 他の学生は無用なトラブルを避けたのか、気が付けば教室にはフレウティーヌと2人だけになっていた。

「コールディア…大丈夫ですか?」

「うん、ブラウスは縫ってボタンも付けるから大丈夫」

「あちらの方が家格は上ですの…庇えず申し訳ありませんわ…」

「はは、そこは仕方ないよ。貴族は貴族で大変だね。あ、じゃあ私もう行くね。グラス集めなきゃ。また明日―」

 フレウティーヌは呼び止めようとしたものの、努めて明るくそう言ったコールディアは、走って教室を出てってしまった。

(トイレ、早くトレイに…こんなとこで泣きたくない)

 中等部に編入してから嫌がらせは度々あった。
 それでも教師の多い中ではそこまで激化することもなく、打ち解けたフレウティーヌが傍にいることでほとんどのクラスメイトは牽制できた。
 それが学院生になると教師ではなく教授となり、それまでボヤだった火が少しずつ大きくなってきた気がする。特に、女子よりも成績で将来を左右される可能性の高い男子からは、ノートヴォルト教授に取り入っていると言われることが増えた。

 女性は将来的に嫁ぐ可能性が高いため、あまり高位の貴族は入学してこない。
 その最大の理由はこの王立魔術学院がとても特殊な命を負っているから。

 完全無償化の代わりに、有事には兵として駆り出されることがあるのだ。
 もちろん戦い専門の人間は王宮にもいる。
 騎士、戦士、魔術師もそうだ。
 だが騎士はともかく、魔術師に関してはある理由からいくらいても困らない。

 それは、魔物の侵攻だ。

 この国は国土の周囲を全て結界で覆っている。
 と言うのも、結界の外には発生原因不明と言われているマギア・カルマという負のエネルギーが存在し、これに触れた生物…森の動物でも飼っている猫でも人間でも、全て悪影響を受ける。

 マギア・カルマの密度が高いほど、晒された時間が長いほどその影響は深まり、最悪魔物と化す。
 軽ければ魔障と言って体の一部を欠損、もしくは機能を失うくらいだが、その場所によっては死んだ方がマシと思えることも出てくるだろう。
 回復法は未だ発見されず、生活を脅かすマギア・カルマは非常に恐れられている。
 
 特に一定の濃度を越えるとそれは“魔王”と呼ばれる概念となり、意志でもあるかのように生命力のある方に向かい動き回るのだ。

・・・と、初等部の時に習う。

 魔律が発見された150年前から、”魔王”はもう観測されていない。
 魔物がゼロになったわけではないが、魔律の発見に伴い大幅に魔力を増幅させる魔力増殖炉の建設が可能となり、それによって結界の強度が飛躍的に上がったのだ。

 よって学生が実際に駆り出されたことは学院の歴史300年の間に1度しかない。
 しかしその1度が非常に悲惨な結果となったため、未だ恐れる者もいる。

 だがその一方で、150年も安泰だったのだから、もうこの結界は永久に平和をもたらすだろうと楽観視するものもいる。
 そのため、全学部が月に1度参加しなければならない合同訓練も、教師も含め徐々に疑問視する声が増えていた。

 コールディアのように魔楽部の学生でも、大きなカテゴリでは“魔術師”に分類される。
 結界に何かあれば、もし魔物が侵攻すれば、教授、教師、そして学院生と高等部の生徒は順次派遣されるのだ。

(もう、なんでこうなの!)

 教室から1番近いトイレの前には、名前は忘れたが男爵令嬢が立っていた。
 これは使えないやつ。
 中に入ろうとするとなんちゃらとかいう令嬢のドレスルームになってると言われたことがある。

 事がうまく運ばなかったことで、もう目に溜めた涙は限界を迎えようとしていた。
 こんなところで泣いては格好の餌食だ。
 次のトイレは少し遠い。
 コールディアは階段を一気に駆け下りると、目を閉じていても行けるくらい通い慣れた1室のドアをノックした。
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