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オーバーチュア 2
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15小節ほど弾いたところで上書きに満足したのか、突然音が止んだ。
いつものように勝手に持ち物を纏め教授に渡すと、「さあ行きましょう」と言った。
「なんの授業だ…」
よれよれのローブの前を留めながら聞いてくる。
彼女はそのローブの首のあたりに小さなブローチのようなものを付けてやると、呆れながら答えた。
「本当に教授の言葉ですかそれ。ブルード曜日の4時限目、魔律奏法ですよ」
彼がどういう経緯で教授の職に着いたのかはわからない。
どう見ても教育者には不向きで、一生研究室にいた方がいいタイプなのではと思う。
私はお母さんかと心の中で思いつつ、ブローチを付け終わると部屋を出た。
一目置いている教授がいる一方で毛嫌いしている教授もおり、当の本人はそのどちらにも無頓着だった。
稀に王宮から来るすごく偉そうな貴族と話をしていることがあるけど、教授はいつも嫌そうな顔をしているので内容は聞けなかった。
教授を連れて教室に行けば、休み時間の自主的な延長をしている者や、読書をしている者、勝手に練習室へ籠ってしまった学生など様々だった。
コールディアは教室に入ると教授のブローチに「ヴォイス・強く」と呟き、空いた席へと座った。
「お帰りなさいコールディア」
「ああ、フレウティーヌいたの? ごめん気づかなかった」
「練習室にいましたの。今日は少し遅かったのね」
「ご機嫌が治らなかったのよ、今日は15小節」
「それでも先週よりはよいですわ」
中等部からのルームメイト、伯爵令嬢のフレウティーヌはそう言うと開いたノートから顔を上げ「ヴォイス・より強く」と言った。
最初に彼女と話した時は貴族との会話に使う言葉がわからず戸惑ったものだが、今ではすっかり親友と言える。
「――もそもこの理論は比較的新しい技術と言っていい…未だ発展を遂げている…はぁ、今日は奏法なのにどうして座学なんだ」
フレウティーヌの言葉に教授の首元に付けたブローチが反応し、声が聞こえるようになった。魔律回路が組み込まれた拡声機能のあるブローチだ。部屋の広さに対して別段声量を上げようとしない教授は、今日は特にやる気がないらしい。
「先週座学にするって言ったのは教授ですよ」
最前列に座っていた青年がそう言うと、周りがくすくす、と笑った。
「…そもそも君たちのチューニングは甘い…魔律奏法において大事なのは正確なチューニングだ…なんで国の基準は1刻みなんだ。せめて0.1刻みにして欲しい…」
「一部の天才に基準を合わせられると我々凡人には対応できません」
今日の授業風景もいつもと変わらない。
天才肌の授業ほど難解なものはない。
それでも魔楽部の多くの学生は彼の授業を取りたがり、自分の必修科目の隙間にどうにか入れられないか毎年苦戦する者が現れる。
中にはこっそり紛れ込む学生もおり、特に実技の時には何故か人数が倍になっていたりするのだが。
「――つまり一定の魔力出力でもって魔律をチューニングできるなら通常の楽器であっても理論上は魔奏法は成立する…だけど多くの楽器はこれに耐えきれず1曲も終わるころには破壊されてしまう。魔奏器に魔術的な部品が使われるのはそういう理由もある…君たちも来週までに何か破壊してみなよ…」
「教授、いくら通常の楽器でも壊すのはどうかと思いますけど」
「うん、じゃあ楽器になりうるもの……」
教授はそう言いながら学生の方を眺める。コールディアの姿が目に入った。
「ああ、普通のグラスでグラスハープを用意して。レポートの提出を…じゃあこれで終わり」
教授はそう言うと教材を纏めて出て行った。
先頭の男子学生が慌てて「ヴォイス・止まれ」と言ってブローチをオフにした。
ちなみにチャイムが鳴ったのはこの5分後である。
「いつも思うのですけど、レポートって読まれているのかしら?」
「読んでたよ。めっちゃぶつぶつ何か言いながらすごい速さで」
「まあ速いんですの? それはちょっと意外ですわね…」
普段の様子からは想像できないのか、フレウティーヌはそう言うと鞄にノートをしまった。
一緒にカフェテリアでランチでも、と彼女が誘おうとしたとき、教室の真ん中あたりに陣取っていた男子学生が3人、コールディアに話しかけた。
男爵令息が2人に、伯爵令息が1人。
完全にワルと腰巾着の構図が成り立ちそうな彼らは、見た目からして高慢そうだった。
いつものように勝手に持ち物を纏め教授に渡すと、「さあ行きましょう」と言った。
「なんの授業だ…」
よれよれのローブの前を留めながら聞いてくる。
彼女はそのローブの首のあたりに小さなブローチのようなものを付けてやると、呆れながら答えた。
「本当に教授の言葉ですかそれ。ブルード曜日の4時限目、魔律奏法ですよ」
彼がどういう経緯で教授の職に着いたのかはわからない。
どう見ても教育者には不向きで、一生研究室にいた方がいいタイプなのではと思う。
私はお母さんかと心の中で思いつつ、ブローチを付け終わると部屋を出た。
一目置いている教授がいる一方で毛嫌いしている教授もおり、当の本人はそのどちらにも無頓着だった。
稀に王宮から来るすごく偉そうな貴族と話をしていることがあるけど、教授はいつも嫌そうな顔をしているので内容は聞けなかった。
教授を連れて教室に行けば、休み時間の自主的な延長をしている者や、読書をしている者、勝手に練習室へ籠ってしまった学生など様々だった。
コールディアは教室に入ると教授のブローチに「ヴォイス・強く」と呟き、空いた席へと座った。
「お帰りなさいコールディア」
「ああ、フレウティーヌいたの? ごめん気づかなかった」
「練習室にいましたの。今日は少し遅かったのね」
「ご機嫌が治らなかったのよ、今日は15小節」
「それでも先週よりはよいですわ」
中等部からのルームメイト、伯爵令嬢のフレウティーヌはそう言うと開いたノートから顔を上げ「ヴォイス・より強く」と言った。
最初に彼女と話した時は貴族との会話に使う言葉がわからず戸惑ったものだが、今ではすっかり親友と言える。
「――もそもこの理論は比較的新しい技術と言っていい…未だ発展を遂げている…はぁ、今日は奏法なのにどうして座学なんだ」
フレウティーヌの言葉に教授の首元に付けたブローチが反応し、声が聞こえるようになった。魔律回路が組み込まれた拡声機能のあるブローチだ。部屋の広さに対して別段声量を上げようとしない教授は、今日は特にやる気がないらしい。
「先週座学にするって言ったのは教授ですよ」
最前列に座っていた青年がそう言うと、周りがくすくす、と笑った。
「…そもそも君たちのチューニングは甘い…魔律奏法において大事なのは正確なチューニングだ…なんで国の基準は1刻みなんだ。せめて0.1刻みにして欲しい…」
「一部の天才に基準を合わせられると我々凡人には対応できません」
今日の授業風景もいつもと変わらない。
天才肌の授業ほど難解なものはない。
それでも魔楽部の多くの学生は彼の授業を取りたがり、自分の必修科目の隙間にどうにか入れられないか毎年苦戦する者が現れる。
中にはこっそり紛れ込む学生もおり、特に実技の時には何故か人数が倍になっていたりするのだが。
「――つまり一定の魔力出力でもって魔律をチューニングできるなら通常の楽器であっても理論上は魔奏法は成立する…だけど多くの楽器はこれに耐えきれず1曲も終わるころには破壊されてしまう。魔奏器に魔術的な部品が使われるのはそういう理由もある…君たちも来週までに何か破壊してみなよ…」
「教授、いくら通常の楽器でも壊すのはどうかと思いますけど」
「うん、じゃあ楽器になりうるもの……」
教授はそう言いながら学生の方を眺める。コールディアの姿が目に入った。
「ああ、普通のグラスでグラスハープを用意して。レポートの提出を…じゃあこれで終わり」
教授はそう言うと教材を纏めて出て行った。
先頭の男子学生が慌てて「ヴォイス・止まれ」と言ってブローチをオフにした。
ちなみにチャイムが鳴ったのはこの5分後である。
「いつも思うのですけど、レポートって読まれているのかしら?」
「読んでたよ。めっちゃぶつぶつ何か言いながらすごい速さで」
「まあ速いんですの? それはちょっと意外ですわね…」
普段の様子からは想像できないのか、フレウティーヌはそう言うと鞄にノートをしまった。
一緒にカフェテリアでランチでも、と彼女が誘おうとしたとき、教室の真ん中あたりに陣取っていた男子学生が3人、コールディアに話しかけた。
男爵令息が2人に、伯爵令息が1人。
完全にワルと腰巾着の構図が成り立ちそうな彼らは、見た目からして高慢そうだった。
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