鳳凰の舞う後宮

烏龍緑茶

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【第2話】「侍女仲間との日々」

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 翌朝、陽が昇ると同時に、後宮の下層区域には再び慌ただしい気配が漂い始めた。侍女たちは朝露を含んだ冷たい空気の中で目をこすりながら、貴婦人らの衣を整え、水瓶を満たし、床を磨く。誰一人、怠惰は許されない。ここでは息を潜めて働くことが生き延びる術なのだ。

 紗羅も同じように日常の雑用に取りかかる。長い廊下を桶を抱えて歩き、壁の彩色を丁寧に拭き上げる。その壁の絵模様――牡丹や椿が緻密な筆致で描かれており、それを拭き清める紗羅の指が、ふと震えた。美しいが、この華やかさは自分を踏み潰す権威の象徴であるかのように感じる。彼女は舌打ちを飲み込み、静かに布を滑らせる。

 作業の合間、蓮が近づいてきた。蓮は茶色の瞳に生気を漲らせ、少し鼻先が上向いた活発な娘だ。「ねえ紗羅、昨晩は何か思いつめているようだったわ。愚痴って楽になるなら聞くわよ?」紗羅は微笑んで首を横に振る。「ありがとう。でも言葉にしてしまうと、私の中の火が消えてしまう気がするの。いまはまだ、言えない。」蓮は不思議そうな顔をしたが、それ以上は踏み込まなかった。

 一方、菫は書棚の埃を払っている。後宮にも下働き用の小さな書庫があり、古い記録や雑用の台帳が詰められていた。菫は仕事の隙間を縫ってさりげなく記録を読み漁る知識欲旺盛な子で、その沈黙は時に紗羅を助ける。なぜなら、菫は後宮の歴史や内部事情に詳しいのだ。彼女は噂話には積極的に関わらないが、その分、蓄えた情報は確かなもので、いざという時には頼りになる存在だった。

 「紗羅、あんた、下の身分から上に這い上がるなんて、まあ尋常なことじゃないけど、何か考えがあるんじゃない?」
 掃除の手を止めずに菫が静かに言う。
 「何も言わないけど、わたしは知ってる。あんたの目には何かがある。」
 紗羅は一瞬、心臓が跳ねたが、表情を崩さず、「菫、あなたはなんでもお見通しね」と微かに微笑む。
 「黙っているだけよ。けれど、あんたが動くときは、わたしも協力するかもね。つまらない日々をほんの少し変えてくれるなら」

 このように蓮と菫――二人は対照的な性格でありながら、紗羅にとっては欠かせぬ仲間であった。蓮の明るさは心の重荷を軽くし、菫の冷静な知識は前に進むための指針となる。

 後宮では、上位の妃たちが時折、廊下を優雅に通り過ぎて行く。絹織物の裾が床を撫で、かすかな香気が残る。その後を侍女が従い、さらにその後を下働き女たちが控え、 Hierarchyは明確だ。蓮などは妃たちを見送りながら「あんな綺麗な着物、人生で一度でも着てみたいわ」と頬杖をつく。菫は「着るだけならともかく、あの中で生き抜くのは至難だよ」と鼻で笑う。紗羅は黙しているが、その目は妃たちの姿を見つめ続ける。美しく、かつ恐ろしい世界。その頂点にいるのが麗華であり、その麗華を打ち倒すには、どれほどの力が要るのか。

 紗羅は日常の単純な作業を重ねながら、徐々に周囲の状況を学び取る。ここで生きるためには情報が必要だ。蓮のお喋りからは些細な噂が拾えるし、菫に耳を傾ければ歴史の裏側が見えてくる。蓮曰く、麗華は近頃少し神経質になっているらしい。新たな側妃が才能を示すたび、目障りな芽を摘むような真似をする。菫は言う、歴代の鳳凰妃は多数いるが、麗華ほど権力を確固たるものにした者は少ない、と。

 こうして紗羅は、喧騒に満ちた厨房や洗濯場で、あるいは薄暗い廊下や物置部屋で、侍女仲間と小声を交わし合いながら、一歩一歩、目に見えぬ階段を上がろうとしていた。
 誰にも悟られぬように、心の中で復讐の焔を燃やしながら。
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