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第一章
第5話 入れ違えに
しおりを挟む「すみません。何から何まで…」
「いや、あんな森に少女を1人で放ってはおけないだろう。しかも、記憶を失くしてるんだ、ただでさえ不安なのに」
「改めてありがとうございます。自分の名前も分からなくて、このままあの森にずっと1人でいたら大変でした」
簡単に人を信用してはいけないとは言うものの、この人は大丈夫だろうという安心感というものがあった。それはお互いに感じているだろう。
「そういえば、王子に仕えている身だとおっしゃっていましたが、今は休暇の時なのでしょうか」
そう尋ねると、カミェールから返ってきたのはとても曖昧な返事であった。
「…いや、ああ、まあそうだ」
違うと言っているような曖昧な口ぶりで、深く追求してはいけないと思いつつも、そうではないのだろうかと恐る恐る本人に聴いてみたが、カミェールは口を開くことをかなり躊躇っているようであった。王国に関係していることでもあるだろうし、秘密を守らなくてはいけない事は沢山あるだろう。
「話せるような内容では無いのであれば、無理には聞きません」
と付け加えた。
「…そうだな。だが、もしかしたら君に関係している事かもしれない。だから、メイアには話そうと思う」
私に関係している事…カミェールの口からそう聞いた時、私の心に少しの恐怖感と焦りを覚えた。そんな国に関わる事にでも巻き込まれてしまったのだろうか。
「実は…王子は7日前から行方不明になっている。住民の目撃したという情報を聞き、馬を走らせてここまで来たんだが、どうやら最後に目撃された場所…それが、あの森の中の泉の周辺、つまりメイアが目覚めたところ…という訳だ」
つまり、それは私と王子との何らかの接触があった。という可能性があるという事だ。
「そんな国に関わる事を、私に話しても良いのですか」
私の事を信用し過ぎてはいないか。本人が思ったところでとも思うが、もし私のこの記憶喪失が演戯であるとしたら。私がこの国の刺客であるとしたら。国中が大混乱に陥る可能性もあるというのに。
もう少し人を疑った方が良いと告げると、目の前の王子の騎士である当人は、まあ、その辺は大丈夫だ。と微笑を浮かべ一蹴された。
「その森の言い伝えの様なものがあって」
__心の宝玉を持って森の境界に踏み入れるべからず。踏み入れればその者は鏡世と対となろう。__
「…と、古い言い伝えなのだが、この言い伝えとなんらかの関わりがあるのではないかと思っている。」
「それは聞いたことある…」
「本当か…⁈」
「…ような気がします。確か、続きがあったような。すみません、まだ思い出せなくて」
私は不安の表情を隠しきれずに少し顔を顰めてしまった。それは、もちろん目の前の相手にも伝わってしまう。
「いや、そう簡単に直ぐ思い出せたら良いがそうもいかないだろう。自分を責めてはいけない。」
「はい、ありがとうございます。」
その鏡世というのは、ここではない異世界だと教えてくれた。言い伝えがあるだけで誰もその異世界の存在を知らない、信じている人も殆どいない…と。
だが、この人は王子がその鏡世に踏み入れたと思っているようだった。
そう、そしてその言い伝えには続きがあった。はずだった。
「だが、その言い伝えに続きがあるというのは聞いたことがないな。」
「そうなのですか?」
なら、私の気のせいなのだろうか…
軽く目を閉じて見るが、記憶は闇の中を彷徨っているままだった。
「ああ。…だが、心の宝玉についての言い伝えなら王家にも記録が残っている。」
そう言ってカミェールは静かに話し始めた。
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