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元治元年

ごたいめ~ん(伍)

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(…………………………………………マジで?)
「ええ、マジです」
『つーか、間が長くないか?』

 現在、御影 雫みかげ しずくは混乱しております。

 え?白川さんがマジもんで七尾の里の長だって?疲れてて幻聴が聞こえてるのかしら?

「マジもんってなんでしょう?」

 無視しました。

(…………………………………………マジで?)
「ええ、マジです」
『雫、いい加減現実を受け入れたまえ』

 いや、ほむろさん、そんな無茶言わんといてくださいよ。いきなりこんなこと信じられるかって。びっくりだよ、ミラクルだよ、ワンダーだよ、アンビリーバボーだよ。

 あれ?今なんか違う意味の言葉が入ったね。

(とりあえずそれが本当だとして、白川の里の長さんが、なぜここに?)
「そうですね。情報収集や政治状況の調査、物品の売買なども仕事ですね」
(ほむろとは知り合いなんですか?)
「七尾様を通じて、少しだけお会いしたことがあるのです」
『うむ。だから妾が保証する。こやつは正真正銘、七尾の白川の里の長じゃ』

 うーん………ほむろが言うのなら本当なんだろうね。信じるか。

(とりあえず一個ずつ聞いて行こうか。まず、部外者じゃないっていうのは?)
「さっきの自己紹介では答えにならないかな?」
(それでは説明不足です)
「そうですね。では順を追って説明しましょう」

 私の返答に嫌なそぶり一つ見せず、白川さんは丁寧に説明してくれた。

「僕は、白川の里の長です。それは君にもわかってもらえたと思います」
(はい)
「本来、妖狐の里は相互援助の関係にあります。どこかの里が危機に陥れば、他の里みんなで助けよう、と」
(それが、今回の私のこととどう関係が?)
「10年ほど前、まだ僕の父が長だった時代に、入山の里の長が、突如この援助関係を断ち切ったのです」

 ええええー。なにやってんの、入山の村長さん。

「我々他の里長は疑問に思いました。妖狐の頂点に立ち、9つの里の中でも飛び抜けて豊かな入山の里が、なぜ?とね」
(うん、そりゃ思いますわ)
「だから我々は手を取り合って、入山の里を調べたのです。そして入山の里の者たちが、日ノ本の政権を簒奪しようとしているのを知ったのです」

 わーお。そこまで知ってたんですかい。

「彼らは毎月里人を九尾の祠に捧げていました。そのせいで入山の里の住民は年々減り続け、今では10名ほどしかいません」
(確かに、里人は少なかったかな?)
「彼らが狙っていたのは、生贄に出した人間が九尾の力を身に宿すこと。人間が妖狐の力を取り込んだことは、過去にもありましたから」

 そこまで話して、白川さんは一度言葉を切った。

「そして去年の8月に、我々が危惧していたことが起きてしまったのです」
(あ、それが私か)
「ええ、そうです。九尾の力は強大です。だから我々は入山の里を観察こそしていたが、そこまで身構えてはいなかったのです。あれだけ大きな力を取り込める人間など、いるはずがないと思っていましたから」
(………すみません)
「いいえ。君のせいではありませんよ。九尾の依り代…君のような存在を、我々は依り代と呼ぶのですが…が誕生してしまった報とともに、その依り代が里を脱走したことも知らされていました」

 なんか、私とほむろの問題だと思っていたが、思った以上に大事になってるんだけど。

「妖狐も、それを祀って恩恵を受けている我らも、人の世に関与しないのが暗黙の了解。それを、彼らは破ろうとしている。しかも九尾の力で国を支配するときた。同族としても、この国に住む民としても許すことはできない」
(…………)
「残された狐の里は、総出で失踪した九尾の依り代を探しました。私は京の街とそれに通ずる街道をずっと探していましたが、見つかりませんでした」
(それが、半月前に………)
「ええ。一目でわかりました。この人だと。神に感謝したくなりましたよ」

 そう言って、白川さんは静かに微笑んだ。

「僕は、九尾の依り代を見つけて保護するつもりでいます。君は御影 雫というのですね。僕たちの里に来ませんか?白川の里でなら、君らを守ることができますよ?」

 その申し出は願ってもないことだけど、それではさらに多くの人を巻き込む。白川さんは、私たちのことを同族と呼んだが、それでも彼は部外者であり、最終的に全ての決着をつけれるのは、私とほむろしかいない。

 そんな中途半端に人を巻き込むのは、私が許せない。巻き込むなら徹底的に最後まで巻き込む、これが私の流儀だ。

(お心遣いは大変ありがたいのですが、その手を取ることはできません)

 だから私ははっきりと自分の意見を告げる。

(これは私たちが自らの手でつけなきゃいけない落とし前なんです。中途半端に皆さんを巻き込めません)
「しかし………」
『光夜、妾からも頼もう』
(ほむろ?)
「九尾様?」
『今しばし待て。少し、気になることもあるのじゃ。まだ主らのところに行くわけにはいかぬ』

 意外なところから助け舟が入った。

「しかし九尾様、我らの里に来ないのであれば、これからどうするのです?ずっとここに身を寄せるつもりですか?」
『出ようと思っておる。ここは奴らに嗅ぎつけられてしもうたからのう』
(ええ。バレてしまった以上、もう世話になるわけいきませんもの。幸いへそくりはいっぱいあるので、節約すれば1年ぐらい放浪できますよ)
「へそくりって…………」
(それに、同じ場所にとどまるより、動いていた方が連中も探しにくいと思います)
「それでは僕たちも君を探しにくくなってしまいますよ………」

 白川さんは、どこか不本意そうだったが、やがて小さくため息をついた。

「君たち二人がそう言うのなら、仕方ありませんね」
(ありがとうございます)
「ですが、どうか忘れないで。僕たちは、いつだって君たちの味方です。僕はまだ京にいます。京にいる間、何かあったら頼ってください」
『問題ない。その代わり、頼る用事ができたら問答無用で頼み倒すから、覚悟しておけ』
「あはは、それは怖いですね」

 ほむろの冗談だか本気だかわからない言葉に声をあげて笑い、白川さんが立ち上がる。

「では、僕はもう行きます。何かあったら連絡してくださいね?」
(七尾に伝えればいいですか?)
「ええ。そうするのが一番でしょう。よく会ってると聞きます」
(ところで白川さん)
「はい、なんでしょう?」
(白川さんは妖狐でもないのに、なぜ私の"声"が聞こえるんですか?)

 実はずっと気になっていました。

「それは簡単です。僕のような里長は、妖狐様と一緒にいる時間が格段に多い。だから妖狐様と似たようなことができてしまうのです。影響された、というのですかね」
(それって、私みたいに?)
「いえいえ、君みたいに力を取り込むわけじゃありませんよ。視力や聴力が良くなったり、記憶力が上がったり、そんなささやかな恩恵です。その恩恵の中には、当然心を読む力も含まれているのですよ」
(へー)
「それでは雫さん、九尾様、お気をつけて」

 最後に手をひらりと振って、白川さんは来たときと同じように音もなく帰って行った。
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