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元治元年

池田屋事件(肆)

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 土方さんたちが到着した時、池田屋は乱戦状態にあった。

 私には血の匂いも剣戟の音もわからなかったが、池田屋の入り口で逃げ出してくる志士たちを見れば、かなりひどい戦いになっているのはわかる。

 だって逃げ出してきた志士たち、血まみれで傷だらけで、刀が折れてる人もいるんだよ?

 すごくない?

 池田屋に到着すると、斎藤さんは隊士たちを連れて正面から突入し、原田さんは残った隊士を連れて裏に回った。

 私はくっついて行って邪魔になるのも申し訳ないので、土方さんと一緒に池田屋が面している通りに残った。

 実際の討ち入り時間は一刻(3時間ぐらい)だったらしいけど、今はどれぐらい経過したのかな?

 黙って池田屋を見上げていると、大通りの向こうから提灯の火が多数現れた。あの数からして、役人だろう。

 そういえば、史実では役所の増援は戦闘後に到着したことになってる。そして土方さんは手柄を横取らせないために、役人を一歩たりとも池田屋に近づけさせなかったとか。

 案の定、見せつけるように行軍してきた役人の前に、土方さんはたった一人で立ちふさがった。

 京で新選組の立場が弱いことは、私も知っている。ここで役人の立ち入りを許せば、池田屋事件は彼らの手柄にされるかもしれない。

 そうなってしまった場合、先に突入し、多くの犠牲を払って戦った新選組の存在など、なかったことにもされかねない。

 それほどまでに、新選組の存在は軽んじられている。その事実を知っていても、改めて実感すると悲しい。

 土方さんと役人が何を話しているのかはわからないが、土方さんは今、先手を打って仲間の手柄を守ろうとしているのだろう。

 こちらに向けられた背中から、土方さんがどれほど新選組を大切に思っているのか伝わってくる。

 鬼の副長、なんて呼ばれているが、土方さんだって新選組が大事で仕方がないのだ。




 ところで、さっきからほむろの様子がおかしい。

 お気づきでしょうか?ほむろがさっきから一言もしゃべらないんです。ずっと池田屋の二階を見上げている。

(ほむろ?どうしたの?)
『…………』

 声をかけても反応がない。

 何やら深刻そうな感じだったから、私も追及はしないことにした。気にはなるが。

 池田屋では、まだ戦闘が続いているようだ。二階ではまだ何人か攘夷志士と思われる人たちがうろついてる。

 早く、終わらないかな。

 そんなことを思っていた時、石像のように黙って二階を見上げていたほむろが、突然動き出した。

 そしてなんと、池田屋の中に飛び込んで行った。

(ちょっ!ほむろ!)

 呼び止めようとしたが、ほむろは構わず池田屋に入って行ってしまった。

 ど、どうしよう………。私は周りを見渡した。

 土方さんは役人を牽制している。武田さんたちは逃げ出してくる長州志士を捕縛している。山??さんはまだ戻ってきていない。他の人たちは相変わらず全員中だ。

 迷ったが、私はほむろの後を追うことにした。今のほむろは、ほとんどただの猫だ。そのただの猫が戦場に飛び込んで、斬られたりでもしたら大変だ。

 私には残虐行為への嫌悪がないから、飛び込んでもきっと動揺しない。斬られても人外の治癒能力で治るし、最悪殺されてもまだ生き返れる。

 私はグッと拳を握り、池田屋に入って行った。
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