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文久3年

不思議な少女(参)

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「あなたは、目が見えないのですか?」

 康順は少女に尋ねた。




 すると少女は半拍おいて黒猫の方を向き、もう一度康順の方を振り返って頷く。

 なぜ、こんな謎の動きをしているのだろうか?

「あなたも旅をしているのですか?行き先は、大坂?」

 康順が再び尋ねると、少女は今度も半拍ほど遅れて黒猫を見やり、頷いた。

「…………」
「…………」

 少女は何も言わずにこっちを見ている。実際は見えていないのだろうが。

 彼女は目が見えない。それは彼女が肯定した。しかし彼女は一言も口を利いていない。彼女は口を利くことができないのか?

 それに、あのおかしな動きも気になる。なぜ康順がしゃべったあとに半拍もの間、無反応の時間があるのか。

 もしかして、耳すら聞こえていない?

 もしそうなのだとしたら、それはあまりにも不憫すぎることではないか。

「あの………あなたはしゃべれますか?」

 なんだか聞かずにはいられなく、康順はまた少女に質問をぶつける。

 今度も半拍の無反応を挟んで、少女は首を横に振る。

「では、あなたは私の声が聞こえていますか?」

 実を言うと、これは康順が最も気になっていることでもあった。

 もし彼女の耳が聞こえているのなら、半拍も沈黙するのはおかしいはずだからだ。

 しかし耳が聞こえていないのなら、今度は康順の声に返答をしていることがおかしい。

 つまり矛盾しているのだ。

 半拍の沈黙後、少女は静かに肩をすくめる。"はい"とも"いいえ"ともとれる、微妙な返答だった。

 教えたくない事情でもあるのだろうか。

 だがこの少女はなんらかの手段で康順のしゃべっていることを理解している。少々時間はかかるが、意思の疎通は可能だ。

「君、大坂に行くんだよね?どこか行く当てはあるの?」

 半拍後、少女は首を横に振る。

「なら俺の家に来ないか?診療所をやっているんだが、君を保護することはできるよ」

 こんなに、体に不自由が多い少女を見捨てるてんてことはできない。

 もし彼女を放り出したら、いつどこでで命を落としてもおかしくない。今の世はそれほど危険なのだ。

 半拍後、少女はパッと顔を輝かせた。それはもう鮮やかに咲いた花のように綺麗な笑顔だった。

「じゃあ急ごうか。このまま歩けば日の入り寸前には大坂にたどり着くだろう」

 康順はその場から立ち上がる。腹は減っていたが、喉はもう乾いていないからまだ歩ける。

 少女も中腰の姿勢から背筋を伸ばして立った。

 改めて見ると錦絵から抜け出してきたかのような美少女だ。自分の頬が熱を持っていることに気づき、康順は思わず顔を背けた。

 そのまま照れている勢いで歩き出すが、思い直して立ち止まった。

 振り向くと、少女が少し焦った顔をしつつも早歩きせずにこっちに向かって歩いてきている。

 そうだ。彼女は目が見えないのだ。こんなに早く歩いても、ついてこれるわけがない。

 どうしようか思案し、康順は少女の手を引いて行くことにした。それが少女を導くのに一番効率がいい方法だからだ。

 実を言うと診察以外で女性に触れるのは初めてで緊張したが。

 少女の手を引っ張ると、少女はなぜか驚いた表情を浮かべ、そして納得したように一人で頷き、ふわっと微笑む。

 この少女はいろいろと不思議だ。でも意外と嫌な感じではしない。

 康順は夕日によって赤く染まった街道を、少女が転ばないように注意しながら歩き始めた。
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