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文久3年
不思議な少女(弐)
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太陽が山に隠れ始め、西の空はすでに紅色に染まっている。
ひとけのない街道で、康順はうつ伏せに倒れていた。手足に力が入らなくて、頭がぼーっとする。
いわゆる熱中症になってしまったのだ。初秋とはいえまだ暑いこの時期に、水を飲まずに歩き続けたからだ。
やっぱり浪士に背嚢を斬り落とされてしまったのは痛恨のミスだった。
(大坂は………もう少し…なのに……)
体がうまい具合に動いてくれない。医者である自分が、街道の上で喉が渇いて倒れるなんて、無様な話だ。
この夕暮れの時間、街道を通る人間は少ない。つまり康順を助けてくれる可能性がある人間も少ないのだ。
自力でどうにかしないといけないのはわかっているが、やっぱり力が入らない。
ふと、頬に冷たい感触を感じた。
動物に舐められているような感じだった。
そちらに目を向けると、一匹の黒猫がいた。なんともつぶらな黒い瞳に、毛並みも綺麗だ。
野良猫はここまで綺麗な毛並みをしていない。誰かの飼い猫だろうか?
黒猫は康順が目を覚ましたのを見ると、首をひねって後ろを見る。康順もそっちに目線を動かす。
そこには一人の少女がいた。手に何か持って、心配そうな顔をしてこっちを見ている。
「み…みず………を……」
なんとかそう絞り出せた。
少女はしばらくの間動かなかった。聞こえていなかったのだろうか?
と思っていたら、突然目の前に水筒が差し出された。
急いで水筒を受け取り、中身を飲んだ。冷たい水が体に流れ込んできて、もやがかかっていたような脳内が少しすっきりした。
近くにちょうどいい具合の木陰があったので、そこに移動する。少女も手を貸してくれた。
「ありがとうございます。助かりましたよ」
木陰で再度喉を潤して一息つき、康順はお礼を言いながら少女を見た。
少女は普通の町娘が着るような、普通の着物を着ていた。荷物は手に持った小さな風呂敷の一つだけで、とても旅をしている娘の格好ではない。
そして少女は世にも美しい姿形をしていた。
黒髪に黒い瞳は自分たちと同じ日本人のものなのに、彼女は類稀に美しかった。
細すぎず身長もあり、黒髪はツヤを含んで綺麗な輝きを放っている。切れ長の目は優しげな曲線を描き、温和な雰囲気を醸し出している。
整った顔立ち、陶器のように白い肌、まるで芸妓のようだと思った。
何より彼女の瞳が康順の目を引いた。
少女の両目からのぞく二つの黒い瞳には一切の光が写っていなかったのだ。
康順は気づいた。
この少女は、目が見えないのだと。
ひとけのない街道で、康順はうつ伏せに倒れていた。手足に力が入らなくて、頭がぼーっとする。
いわゆる熱中症になってしまったのだ。初秋とはいえまだ暑いこの時期に、水を飲まずに歩き続けたからだ。
やっぱり浪士に背嚢を斬り落とされてしまったのは痛恨のミスだった。
(大坂は………もう少し…なのに……)
体がうまい具合に動いてくれない。医者である自分が、街道の上で喉が渇いて倒れるなんて、無様な話だ。
この夕暮れの時間、街道を通る人間は少ない。つまり康順を助けてくれる可能性がある人間も少ないのだ。
自力でどうにかしないといけないのはわかっているが、やっぱり力が入らない。
ふと、頬に冷たい感触を感じた。
動物に舐められているような感じだった。
そちらに目を向けると、一匹の黒猫がいた。なんともつぶらな黒い瞳に、毛並みも綺麗だ。
野良猫はここまで綺麗な毛並みをしていない。誰かの飼い猫だろうか?
黒猫は康順が目を覚ましたのを見ると、首をひねって後ろを見る。康順もそっちに目線を動かす。
そこには一人の少女がいた。手に何か持って、心配そうな顔をしてこっちを見ている。
「み…みず………を……」
なんとかそう絞り出せた。
少女はしばらくの間動かなかった。聞こえていなかったのだろうか?
と思っていたら、突然目の前に水筒が差し出された。
急いで水筒を受け取り、中身を飲んだ。冷たい水が体に流れ込んできて、もやがかかっていたような脳内が少しすっきりした。
近くにちょうどいい具合の木陰があったので、そこに移動する。少女も手を貸してくれた。
「ありがとうございます。助かりましたよ」
木陰で再度喉を潤して一息つき、康順はお礼を言いながら少女を見た。
少女は普通の町娘が着るような、普通の着物を着ていた。荷物は手に持った小さな風呂敷の一つだけで、とても旅をしている娘の格好ではない。
そして少女は世にも美しい姿形をしていた。
黒髪に黒い瞳は自分たちと同じ日本人のものなのに、彼女は類稀に美しかった。
細すぎず身長もあり、黒髪はツヤを含んで綺麗な輝きを放っている。切れ長の目は優しげな曲線を描き、温和な雰囲気を醸し出している。
整った顔立ち、陶器のように白い肌、まるで芸妓のようだと思った。
何より彼女の瞳が康順の目を引いた。
少女の両目からのぞく二つの黒い瞳には一切の光が写っていなかったのだ。
康順は気づいた。
この少女は、目が見えないのだと。
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