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~東への旅~
帰らずの地
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ここはセッスニルから東へ伸びている街道の上。質素な見た目の白い馬車と、その横を二頭の馬が並行して走っている。
馬車の行く先には、黒々とした、おどろおどろしい森がどこまでも広がっている。
公爵領最果てにある、ヴァルハラ帰らずの地への入り口であった。
「見えてきたわ。あれが魔の森ね」
「ええ。入ったら最後、永遠に出ることができないと言われている魔の森です」
「どこまで続いてるんだろう?」
「ヴァルハラ地方の境界線をすっぽり囲ってるって聞いてますよ?」
「魔物って、どんなのがいるかな?強い奴がいいんだけど」
「ユー様、気にするとこおかしくない?」
このユー様呼びはスクルドである。ユールと同い年のスクルドは、馬車の中での会話ですでにかなり仲良くなっている。
「窓開けてもいい?」
「………ええ、どうぞ」
馬車の中で一番の年長者であるウルズが許可してくれたので、早速窓を開ける。この馬車の窓は、横にスライドさせて開けるタイプだ。
窓を開けると、ちょっと冷たい風が吹き込んできた。さすが冬が近いだけある。ちなみに馬車の内部は"温度調整"の付与魔法で全く寒くありません。
「ノルンー!魔の森前にした感想は?」
「楽しみですよ!昨日は楽しみすぎて夜も眠れましたから!」
「それ、普通に寝てるからね?」
「はい!知ってます!」
とりあえず、楽しみだってことはわかった。
「テオテオー。あとどのくらいで着きそう?」
「もうすぐですね。あと10分ぐらいじゃないですか?」
「わーい」
「ユール様、棒読みでは説得力皆無ですよ」
だって喜ぶってどうやってやればいいかわかんないんだもん。
窓からちょこっと首をのぞかせて馬車の進行方向を眺めると、黒い森がぐんぐんと目の前に迫ってきていた。いよいよ旅も終盤に差し掛かっている。
「テオー。魔の森に入ったら一回馬車止めて。降りるから」
「降りる?ユール様は馬車にいてくださいよ」
「誰も歩くとは言ってないわよ。ノルンの馬エインに乗り換えるの。馬車からだと戦いにくいもの」
「ああ!なるほど」
そうこうしているうちに、馬車と馬二頭は黒い森に入った。馬車が一回止まる。ユールは馬車から降り、ノルンの乗っている黒馬のエインに乗る。
魔の森の中はまるで違う世界のようだった。さっきまで見ていた外界の光景が全て嘘だったかのように思える。背後を振り返れば黒い森の向こうに茶色い平野が見えるが、正面左右を見れば黒とかすかに灰色しか色彩がない。
木が鬱蒼と覆い茂っているからだろうか、まだ昼間なのに森の中には全く光が届いてこない。まるで昼夜が逆転したかのような暗さだ。方向感覚が狂わされる。
魔の森は、濁った魔力が集ってできるものであり、この国にはここの他にもう2箇所ある。高ランクの魔物が好んで住み着き、森の魔力が消えない限り延々と魔物を呼び込み続ける。迷いやすい上に魔物も強力で、面積も広い。だから魔の森はベテランの冒険者さえも立ち入るのを渋るのだ。
まだ森に入って数歩ぐらいなのに、その辺にはもう外界では珍しいとされるような植物がポツポツ生えている。奥に行けばもっとあるのだろう。魔の森は聖獣の森と性質が似ているので、珍しい植物や薬草はてんこ盛りである。
「ユール様、探索魔法をお願いしていいですか?このままだと迷います」
「わかった。ちょっと待ってて」
テオの声に答え、ユールは最大範囲で探索魔法を発動させる。現在地からヴァルハラへの最短距離を出そうとしていたんだが、邪魔が入った。
「ノルン、左から黒い狼が接近してる。多分ランクAのブラックデッドウルフ」
「っ!最初の獲物ですね。頑張ります」
別に煽るために言ったわけではないんだが。
「テオ。テオの方にもブラックデッドウルフが来てるよ」
「わかりました。今日の夕飯はうまい肉が食えますね」
確かにブラックデッドウルフの肉は美味しいけど、それ今言う?
どこか通常とはズレたやる気を発揮して戦闘に突入した二人はほっといて、ユールは引き続き探索魔法を飛ばす。
ノルンたちがブラックデッドウルフを片付けた頃に、ユールの方の探索も終了した。
「ユール様、わかりました?」
「ええ。このほっそい獣道をまっすぐ進んで行けばヴァルハラに出れるわ」
「そりゃまたずいぶんな無茶ぶりですね。このほっそいのをたどるの一苦労ですよ」
「かつての街道だったから、昔はもっと広かっただろうにね」
「ヴァルハラがどこぞの貴族領の都として栄えていた時期もありましたからね」
「いつの時代の話かは知らないけどね」
2匹分のブラックデッドウルフの死体を異次元収納に収納しながらそんな会話を交わす。
遠い昔、それこそ数千年か前には、ヴァルハラは公爵領には所属せず、別の貴族の領都として栄えていた、と歴史書に書いてあった。その歴史が途絶えたのが数百年前だから、その頃に何かがあったんだろうと思う。
ユールが示した道に沿って、一行はゆっくりと森を進む。日の光は届いてこないが、日はまだ十分に高いはず。今日中には抜けられるだろう。いくら一行が化け物でも、S・Aランクモンスターに囲まれて野宿はしたくない。
「右にまたブラックデッドウルフ」
「いでよー!アングルボザ!」
ユールが情報を示すと、ノルンが魔獣を召喚して戦闘に入る。アングルボザは、ユールがノルンに贈った指輪に宿る魔獣の名前だ。
別の方角ではテオが、これまたユールがあげた白と黒の双剣でカエルのような魔物を一刀両断していた。あれは確かランクBのパラサイトフロッグ。唯一毒がない舌は珍味の材料だとか。
パラサイトフロッグが倒れると、テオはその横の茂みにいたランクAのキラーティースラビットに切りかかって行く。この魔物も確か生きた珍味って呼ばれるほど身が美味しかったはず。
テオはどうやら珍味食材をコレクトしているようだった。
これは収納に徹した方がいいのだろうか?実際、さっきからユールはノルンとテオが倒した魔物の死体を異次元収納に放り込んでばかりいる。ノルンとテオが無双なんです。
正面から一頭の熊がヌッと出てきた。ユールどころか、馬車の二倍はあるデカい熊である。ランクSのエンシェントベアだろう。
「ゴガアァァァァ!!!!」
雄叫びをあげるエンシェントベアに、ユールは黙って右手を向ける。エンシェントベアの心臓を狙って麻痺魔法を放つ。心臓麻痺にされたエンシェントベアはあっさりその命を散らす。
なぜ麻痺魔法なのかというと、この魔物は肉やら臓器やらがみんな食用として美味しいからである。Sランクの魔物はなかなか遭遇できないので、できれば無傷で確保したい。
ゆっくりではあるが、一行は普通からしたらありえないぐらいの速さでサクサクと魔の森を進んでいく。道中に倒した魔物は数知れず。多分二桁は行ってる。AランクだろうがSランクだろうがお構いなしになぎ倒しながら進む。
馬車からその蹂躙とも呼べるような戦闘光景を見ながらウルズたちは安定の呆れ顔を浮かべていた。
どこくらい歩いただろうか、ついにユールの探索範囲に森の終点が映し出された。
「見えた」
「つまりもうすぐヴァルハラに到着しますね」
「そうね。私の領地はどんなとこだろうね」
なんだかんだ魔物に興味を割かれつつも、自らに与えられた領地にも興味津々のユールです。
「ずーっと昔は栄えていた地方だけど、今はどうなんでしょうね?まだ豊かなのかな?」
「俺が読んだ本では不毛の地だって書いてあったけど?」
「どっちにしろこれから私が発展させていかないといけない場所だってことは確かよ」
実は楽しみなので無意識に笑みを浮かべつつ、ユールは言う。
「ユー様、嬉しそうだね!ヴァルハラがそんなに楽しみなの?」
「うん。楽しみだよ」
「こら、スクルド!ユール様になんて口利くの」
「もう!ヴェル姉さんは堅いんだから!ユー様だって平気って言ってくれたもん」
「でも敬語くらいつけようよ!敬うべき人よ?」
「はいはい、二人とも落ち着いて。ユール様の好きにさせればいいと思うよ。だってユール様は自由人だから」
「ウルズのそれは褒め言葉?」
「え。う、うーん。ほ、褒めてますー?」
「ふぅーん。ありがとう」
「ユール様、真に受けないでください。あれは褒めてませんからね」
とても魔の森を横断している集団の会話ではない会話を交わしつつ、ユールたちは森の外を目指して進む。遠くの方に白い景色が見えた。
「あの向こうに、ヴァルハラがあるのね」
白い世界に目を細め、ユールはこれから見る帰らずの地ヴァルハラに思いを馳せた。
公爵邸を旅立って一ヶ月と半月、ユグドラシルの旅は一区切りしようとしていた。
馬車の行く先には、黒々とした、おどろおどろしい森がどこまでも広がっている。
公爵領最果てにある、ヴァルハラ帰らずの地への入り口であった。
「見えてきたわ。あれが魔の森ね」
「ええ。入ったら最後、永遠に出ることができないと言われている魔の森です」
「どこまで続いてるんだろう?」
「ヴァルハラ地方の境界線をすっぽり囲ってるって聞いてますよ?」
「魔物って、どんなのがいるかな?強い奴がいいんだけど」
「ユー様、気にするとこおかしくない?」
このユー様呼びはスクルドである。ユールと同い年のスクルドは、馬車の中での会話ですでにかなり仲良くなっている。
「窓開けてもいい?」
「………ええ、どうぞ」
馬車の中で一番の年長者であるウルズが許可してくれたので、早速窓を開ける。この馬車の窓は、横にスライドさせて開けるタイプだ。
窓を開けると、ちょっと冷たい風が吹き込んできた。さすが冬が近いだけある。ちなみに馬車の内部は"温度調整"の付与魔法で全く寒くありません。
「ノルンー!魔の森前にした感想は?」
「楽しみですよ!昨日は楽しみすぎて夜も眠れましたから!」
「それ、普通に寝てるからね?」
「はい!知ってます!」
とりあえず、楽しみだってことはわかった。
「テオテオー。あとどのくらいで着きそう?」
「もうすぐですね。あと10分ぐらいじゃないですか?」
「わーい」
「ユール様、棒読みでは説得力皆無ですよ」
だって喜ぶってどうやってやればいいかわかんないんだもん。
窓からちょこっと首をのぞかせて馬車の進行方向を眺めると、黒い森がぐんぐんと目の前に迫ってきていた。いよいよ旅も終盤に差し掛かっている。
「テオー。魔の森に入ったら一回馬車止めて。降りるから」
「降りる?ユール様は馬車にいてくださいよ」
「誰も歩くとは言ってないわよ。ノルンの馬エインに乗り換えるの。馬車からだと戦いにくいもの」
「ああ!なるほど」
そうこうしているうちに、馬車と馬二頭は黒い森に入った。馬車が一回止まる。ユールは馬車から降り、ノルンの乗っている黒馬のエインに乗る。
魔の森の中はまるで違う世界のようだった。さっきまで見ていた外界の光景が全て嘘だったかのように思える。背後を振り返れば黒い森の向こうに茶色い平野が見えるが、正面左右を見れば黒とかすかに灰色しか色彩がない。
木が鬱蒼と覆い茂っているからだろうか、まだ昼間なのに森の中には全く光が届いてこない。まるで昼夜が逆転したかのような暗さだ。方向感覚が狂わされる。
魔の森は、濁った魔力が集ってできるものであり、この国にはここの他にもう2箇所ある。高ランクの魔物が好んで住み着き、森の魔力が消えない限り延々と魔物を呼び込み続ける。迷いやすい上に魔物も強力で、面積も広い。だから魔の森はベテランの冒険者さえも立ち入るのを渋るのだ。
まだ森に入って数歩ぐらいなのに、その辺にはもう外界では珍しいとされるような植物がポツポツ生えている。奥に行けばもっとあるのだろう。魔の森は聖獣の森と性質が似ているので、珍しい植物や薬草はてんこ盛りである。
「ユール様、探索魔法をお願いしていいですか?このままだと迷います」
「わかった。ちょっと待ってて」
テオの声に答え、ユールは最大範囲で探索魔法を発動させる。現在地からヴァルハラへの最短距離を出そうとしていたんだが、邪魔が入った。
「ノルン、左から黒い狼が接近してる。多分ランクAのブラックデッドウルフ」
「っ!最初の獲物ですね。頑張ります」
別に煽るために言ったわけではないんだが。
「テオ。テオの方にもブラックデッドウルフが来てるよ」
「わかりました。今日の夕飯はうまい肉が食えますね」
確かにブラックデッドウルフの肉は美味しいけど、それ今言う?
どこか通常とはズレたやる気を発揮して戦闘に突入した二人はほっといて、ユールは引き続き探索魔法を飛ばす。
ノルンたちがブラックデッドウルフを片付けた頃に、ユールの方の探索も終了した。
「ユール様、わかりました?」
「ええ。このほっそい獣道をまっすぐ進んで行けばヴァルハラに出れるわ」
「そりゃまたずいぶんな無茶ぶりですね。このほっそいのをたどるの一苦労ですよ」
「かつての街道だったから、昔はもっと広かっただろうにね」
「ヴァルハラがどこぞの貴族領の都として栄えていた時期もありましたからね」
「いつの時代の話かは知らないけどね」
2匹分のブラックデッドウルフの死体を異次元収納に収納しながらそんな会話を交わす。
遠い昔、それこそ数千年か前には、ヴァルハラは公爵領には所属せず、別の貴族の領都として栄えていた、と歴史書に書いてあった。その歴史が途絶えたのが数百年前だから、その頃に何かがあったんだろうと思う。
ユールが示した道に沿って、一行はゆっくりと森を進む。日の光は届いてこないが、日はまだ十分に高いはず。今日中には抜けられるだろう。いくら一行が化け物でも、S・Aランクモンスターに囲まれて野宿はしたくない。
「右にまたブラックデッドウルフ」
「いでよー!アングルボザ!」
ユールが情報を示すと、ノルンが魔獣を召喚して戦闘に入る。アングルボザは、ユールがノルンに贈った指輪に宿る魔獣の名前だ。
別の方角ではテオが、これまたユールがあげた白と黒の双剣でカエルのような魔物を一刀両断していた。あれは確かランクBのパラサイトフロッグ。唯一毒がない舌は珍味の材料だとか。
パラサイトフロッグが倒れると、テオはその横の茂みにいたランクAのキラーティースラビットに切りかかって行く。この魔物も確か生きた珍味って呼ばれるほど身が美味しかったはず。
テオはどうやら珍味食材をコレクトしているようだった。
これは収納に徹した方がいいのだろうか?実際、さっきからユールはノルンとテオが倒した魔物の死体を異次元収納に放り込んでばかりいる。ノルンとテオが無双なんです。
正面から一頭の熊がヌッと出てきた。ユールどころか、馬車の二倍はあるデカい熊である。ランクSのエンシェントベアだろう。
「ゴガアァァァァ!!!!」
雄叫びをあげるエンシェントベアに、ユールは黙って右手を向ける。エンシェントベアの心臓を狙って麻痺魔法を放つ。心臓麻痺にされたエンシェントベアはあっさりその命を散らす。
なぜ麻痺魔法なのかというと、この魔物は肉やら臓器やらがみんな食用として美味しいからである。Sランクの魔物はなかなか遭遇できないので、できれば無傷で確保したい。
ゆっくりではあるが、一行は普通からしたらありえないぐらいの速さでサクサクと魔の森を進んでいく。道中に倒した魔物は数知れず。多分二桁は行ってる。AランクだろうがSランクだろうがお構いなしになぎ倒しながら進む。
馬車からその蹂躙とも呼べるような戦闘光景を見ながらウルズたちは安定の呆れ顔を浮かべていた。
どこくらい歩いただろうか、ついにユールの探索範囲に森の終点が映し出された。
「見えた」
「つまりもうすぐヴァルハラに到着しますね」
「そうね。私の領地はどんなとこだろうね」
なんだかんだ魔物に興味を割かれつつも、自らに与えられた領地にも興味津々のユールです。
「ずーっと昔は栄えていた地方だけど、今はどうなんでしょうね?まだ豊かなのかな?」
「俺が読んだ本では不毛の地だって書いてあったけど?」
「どっちにしろこれから私が発展させていかないといけない場所だってことは確かよ」
実は楽しみなので無意識に笑みを浮かべつつ、ユールは言う。
「ユー様、嬉しそうだね!ヴァルハラがそんなに楽しみなの?」
「うん。楽しみだよ」
「こら、スクルド!ユール様になんて口利くの」
「もう!ヴェル姉さんは堅いんだから!ユー様だって平気って言ってくれたもん」
「でも敬語くらいつけようよ!敬うべき人よ?」
「はいはい、二人とも落ち着いて。ユール様の好きにさせればいいと思うよ。だってユール様は自由人だから」
「ウルズのそれは褒め言葉?」
「え。う、うーん。ほ、褒めてますー?」
「ふぅーん。ありがとう」
「ユール様、真に受けないでください。あれは褒めてませんからね」
とても魔の森を横断している集団の会話ではない会話を交わしつつ、ユールたちは森の外を目指して進む。遠くの方に白い景色が見えた。
「あの向こうに、ヴァルハラがあるのね」
白い世界に目を細め、ユールはこれから見る帰らずの地ヴァルハラに思いを馳せた。
公爵邸を旅立って一ヶ月と半月、ユグドラシルの旅は一区切りしようとしていた。
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