上 下
38 / 45
3章 掴み取った真実、そして――

掴み取った真実、そして―― 10

しおりを挟む
 通常なら一分で到着するところを二十分もかけて、紫子さんのマンションの前に到着した。
 予感は当たっており、火災は紫子さんのマンションだった。六階辺りの三部屋ほどが燃えたようだ。
 紫子さんが、うんざりしたような顔をして戻ってきた。
「火元、私の部屋だった」
 予想していたとはいえ、氷柱に貫かれたような衝撃を受けた。身体が凍る。
「どうするんですか」
「部屋が全焼してるんだから、どうにもならないわよ。両隣はとばっちりね。パソコンとか、仕事に必要なものは持ち歩いてるから、仕事にそこまで支障はないけど」
 全焼したというのに淡々としている。俺だったら取り乱して、大騒ぎしているだろう。
「織田がやったんでしょうか」
「このタイミングじゃ、そうとしか考えられないわね」
 織田の家を出てまっすぐにここに来た。名乗ったとはいえ、こんなに早く家を特定して、放火できてしまうなんて。
 いや、ここまで早いとなると、元々紫子さんのことをチェックしていたのかもしれない。自分の周囲を嗅ぎまわっている記者が、殺害した秘書の娘であるなら当然か。
 やはり、織田龍太郎は黒なのだ。
「佐藤明の娘である私の住居は、あらかじめ調べられていたのね。わかりやすい行動をしてくれてありがたいわ。織田の家に行った甲斐があるわね」
 紫子さんは細い肩をすくめた。
「まだ紫子さんが部屋に戻っていないことは、相手も承知していたはずです。紫子さんの命を狙ったというより、家ごと音声データを消失させるつもりだったのでしょうか」
「それもあるかもしれないし、織田の宣戦布告かもしれない。それとも、これ以上関わるなという牽制かも」
 やれやれといわんばかりに紫子さんはシートを後ろに下げて、足を組んだ。
「警察に同じことばかり聞かれるから面倒で、私の連絡先とか保険会社とかの情報を渡して逃げて来ちゃった。手際が悪すぎ。質問をまとめてから後日連絡しろって言っておいた」
 俺はまばたきをしながら紫子さんをみつめた。
(警察にも、それをやっちゃうんだ)
「ってことで、ボヤオ、泊めて」
(えっ)
 俺はおどろいて、紫子さんに顔を向けた。
「俺んち、狭いですよ」
「知ってる」
 そうだろうけど。
「社長の家の方がいいんじゃないですか? 一緒に暮らしてたんですよね」
「イヤよ。あの夫婦はいつもラブラブで、私は邪魔者になるんだもの。それで高校卒業と同時に飛び出したんだから」
「社長がラブラブ、ですか」
 ベリーショートで男勝りな雰囲気を持つ社長を思い浮かべる。どっちかというと、クールとか、淡泊という言葉が似合いそうなのに。意外だ。
「そういえば愛さんの旦那さん、ボヤオに雰囲気が似てるよ」
「へえ」
 どんな人だろう。自分に似ていると言われると、会ってみたくなる。
「じゃ、泊まるから」
 社長の話をしていたのに、宿泊が決定してしまった。
「そうしたら買い物行かなきゃ。六本木行こう」
「六本木でなにを買うんですか?」
「服。次の部屋が決まるまで泊まるから、数着は必要でしょ」
「次の部屋って……」
 心底びっくりした。一泊じゃないんだ。
 部屋はいつ決まるんですか? と訊きたかったが、住居が全焼したばかりの人に言うのも申し訳ない気がして、俺は黙った。
(紫子さんなら、数日ホテル暮らしをする資金くらい持っていそうなのに。さすがの紫子さんも一人じゃ怖いのかな? とか、確認したら殴られるだろうなあ)
 仕方がない。乗りかかった船だ、とことん付き合いますか。
 地下駐車場に車を停めて、東京ミッドタウンで買い物をする。閉店時間が近いので急ぎ足だ。俺は当然のごとく荷物持ちに使われた。
「もう九時すぎましたね。さすがに腹が減りました。どこかで食ってから帰りましょう」
「そうねえ。六本木だとつい仕事のセンサーが入っちゃうから、著名人がいないような田舎町の方が落ち着けるかも。ボヤオが住んでるところのような」
 はいはい、どうせ田舎町のおんぼろアパートですよ。
 エレベーターで地下駐車場に降りると、焦げたような独特の香りが鼻を突いた。
 この流れは、まさかだよな。
「マジか」
 俺の愛車が燃えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

君が大地(フィールド)に立てるなら〜白血病患者の為に、ドナーの思いを〜

長岡更紗
ライト文芸
独身の頃、なんとなくやってみた骨髄のドナー登録。 それから六年。結婚して所帯を持った今、適合通知がやってくる。 骨髄を提供する気満々の主人公晃と、晃の体を心配して反対する妻の美乃梨。 ドナー登録ってどんなのだろう? ドナーってどんなことをするんだろう? どんなリスクがあるんだろう? 少しでも興味がある方は、是非、覗いてみてください。 小説家になろうにも投稿予定です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

【完結】夢追い人のシェアハウス ~あなたに捧げるチアソング~

じゅん
キャラ文芸
 国際ピアノコンクールの優勝候補・拓斗(19歳)は、頭に衝撃を受けてから指が思うように動かなくなり、絶望して部屋に引きこもっていた。  そこにかつての親友・雄一郎(19歳)が訪ねてきて、「夢がある者」しか住めないシェアハウスに連れて行く――。  拓斗はそのシェアハウスで漫画家、声優などを夢見る者たちに触れ合うことで、自分を見つめ直し、本来の夢を取り戻していく。  その過程で、拓斗を導いていた雄一郎の夢や葛藤も浮き彫りになり、拓斗は雄一郎のためにピアノのコンクールの入賞を目指すようになり……。  夢を追う者たちを連作短編形式で描きながら、拓斗が成長していく、友情の青春ヒューマンストーリー。  諦めず夢に向かって頑張っている人への応援歌です。

処理中です...