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3章 掴み取った真実、そして――
掴み取った真実、そして―― 1
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黄色くなりつつある銀杏の街路樹が並ぶ、通い慣れてきた渋谷の坂道をのぼっていた。
排気ガスにまみれた空気は、田舎育ちの俺からすると気持ちのいいものではないが、それでも涼やかな風は心地いい。
(すっかり秋だなあ)
今週の週刊誌は合併号が多い。合併号はページ数を増やして二週間売りになるため、発刊に係る者は一週間の休みを取れる。いわゆる“合併号休み”というやつだ。
報道カメラマンをしている俺も、合併号休み中は仕事の依頼が減る。
とはいえ、すべての週刊誌が同じタイミングで合併号になるわけではないし、仕事の依頼がなければ、自主的にネタ探しをする必要があるので、報酬があるかないかの違いだけで、休みがないのがこの業界の常のようだ。
しかも、オフだと思って油断していると、緊急会見だ事故だと急に呼び出されるし、下手をすると、深夜寝ている時に呼び出される。
コンビを組んでいる鬼畜記者に、「スマートフォンは音量を最大にして、枕元に置いて寝るように」と、この仕事を始めた初日に言われた。
とりあえず今日は仕事の依頼がないので、溜まった経費の請求書を事務所に提出しに来た。
編集プロダクションに所属していると、経費は直接出版社に請求するものと、所属事務所に請求するものとがあって、ちょっとややこしい。
働き始めて四か月ほどの俺は、慣れるまでは事務所の社長に手渡ししてチェックしてもらうことにしていた。郵送してもいいのだが、間違いがあった場合、その場でアドバイスをもらいながら修正できるので確実なのだ。
ということで、俺は渋谷駅の南口近くにある西園寺プロダクションに向かっていた。俺を含めて、所属スタッフは基本的に現場に直行直帰するので、事務所にはいつも社長しかいない。
「お疲れさまです」
俺はドアを開けながら事務所内に声をかけた。
「いてっ」
俺は前かがみになって額を押さえた。
油断すると、すぐにドアの上枠に頭をぶつけてしまう。このビルは築年数が経っているので、百八十五センチある俺の身長よりもドア枠の位置が低かった。新しい建設物だと、こんなことはないのだが。
「相変わらずボヤッとしてるわね、ボヤオは」
揶揄をはらんだ凛とした声が、俺を容赦なく追撃した。
「お疲れさまです、紫子さん」
俺は額を押さえながら背筋を伸ばした。
紫子さんはこの事務所のエース記者で、カメラマンの俺とコンビを組んでいる。モデル裸足の美しい容姿だが、手厳しいというかドライというか、ちょっと変わった人だ。秘密を暴くことに異様に執着している。
俺と同じ佐藤という名字なので「紫子さん」と名前で呼んでいるが、紫子さんは俺を「澄生」とは呼ばず、「ボヤオ」と呼んでいた。
不本意だが、慣れてしまった。
「事務所にいるなんて珍しいですね。……あれ?」
紫子さんを見ると、真っ白いロングドレスを着ていた。ウエスト部分はくびれを強調するようにしまっていて、ハイネックではあるけれど、胸元は谷間がはっきりとわかるほどのシースルー。袖も肩から下がシースルーになっていて、普通のノースリーブよりも官能的な衣装だ。
「パーティーかなにかですか?」
紫子さんを直視できず、視線をさまよわせながら尋ねた。
「まあね。愛さんに意見を聞きたいから来たんだけど、ボヤオにも一応聞いとく。どれがいい?」
紫子さんは、両手にそれぞれ、青と赤のロングドレスを持った。青のドレスは背中がざっくりとあいているし、赤のドレスはベアトップで、スカートはレースが足首まであるものの、実際はミニスカートと言ってもいいデザインだった。
「どれも、露出が高すぎませんか?」
「当然。政治家を誘惑しないといけないんだから」
さも当たり前のような紫子さんの言葉が理解できず、俺は何度か瞬きを繰り返した。
「いやいや、まさかハニートラップをするわけじゃないでしょ」
「その“まさか”だから」
「ええっ」
俺は思わず後退った。
「そんな漫画みたいなリアクションしないでよ。ボヤオもやったほうがいいわよ。せっかくまあまあ容姿はいいんだから」
紫子さんはドレスを当てた姿を鏡に映し、「やっぱりボヤオは参考にならなかったか」とぼやいた。デートにでも行くような軽いノリが心配で、紫子さんの肩を掴んで振り向かせた。
「やめてください、危ないですよ。そんなことまでしてネタを取らなくてもいいでしょう。ホテルにでも連れ込まれたらどうするんですか」
「願ってもないチャンスじゃない。密室で二人きりなんて」
「それじゃあだって、枕……」
俺は口をつぐんだ。さすがに、これ以上は言いすぎだ。
しかし、俺が自粛したにも関わらず、「枕営業?」と紫子さんは嘲るような笑いを浮かべて俺を見上げた。
「それで秘密を喋るのなら、安いものじゃない」
「紫子さんっ」
「枕が怖くて、記者なんてやってられないの!」
一喝された。俺を睨んだ後、ふんっと顔をそむける。
「ボヤオとは覚悟が違うのよ」
そして紫子さんは手を握り締める。
「岩城博文、ずっと狙ってたのよ。絶対に吐かせてやる」
政権与党の議員の名前だ。
そういえば以前、紫子さんはカーテレビに映った織田龍太郎財務大臣を、鬼気迫る形相で睨んでいることがあった。それと関係があるのだろうか。
排気ガスにまみれた空気は、田舎育ちの俺からすると気持ちのいいものではないが、それでも涼やかな風は心地いい。
(すっかり秋だなあ)
今週の週刊誌は合併号が多い。合併号はページ数を増やして二週間売りになるため、発刊に係る者は一週間の休みを取れる。いわゆる“合併号休み”というやつだ。
報道カメラマンをしている俺も、合併号休み中は仕事の依頼が減る。
とはいえ、すべての週刊誌が同じタイミングで合併号になるわけではないし、仕事の依頼がなければ、自主的にネタ探しをする必要があるので、報酬があるかないかの違いだけで、休みがないのがこの業界の常のようだ。
しかも、オフだと思って油断していると、緊急会見だ事故だと急に呼び出されるし、下手をすると、深夜寝ている時に呼び出される。
コンビを組んでいる鬼畜記者に、「スマートフォンは音量を最大にして、枕元に置いて寝るように」と、この仕事を始めた初日に言われた。
とりあえず今日は仕事の依頼がないので、溜まった経費の請求書を事務所に提出しに来た。
編集プロダクションに所属していると、経費は直接出版社に請求するものと、所属事務所に請求するものとがあって、ちょっとややこしい。
働き始めて四か月ほどの俺は、慣れるまでは事務所の社長に手渡ししてチェックしてもらうことにしていた。郵送してもいいのだが、間違いがあった場合、その場でアドバイスをもらいながら修正できるので確実なのだ。
ということで、俺は渋谷駅の南口近くにある西園寺プロダクションに向かっていた。俺を含めて、所属スタッフは基本的に現場に直行直帰するので、事務所にはいつも社長しかいない。
「お疲れさまです」
俺はドアを開けながら事務所内に声をかけた。
「いてっ」
俺は前かがみになって額を押さえた。
油断すると、すぐにドアの上枠に頭をぶつけてしまう。このビルは築年数が経っているので、百八十五センチある俺の身長よりもドア枠の位置が低かった。新しい建設物だと、こんなことはないのだが。
「相変わらずボヤッとしてるわね、ボヤオは」
揶揄をはらんだ凛とした声が、俺を容赦なく追撃した。
「お疲れさまです、紫子さん」
俺は額を押さえながら背筋を伸ばした。
紫子さんはこの事務所のエース記者で、カメラマンの俺とコンビを組んでいる。モデル裸足の美しい容姿だが、手厳しいというかドライというか、ちょっと変わった人だ。秘密を暴くことに異様に執着している。
俺と同じ佐藤という名字なので「紫子さん」と名前で呼んでいるが、紫子さんは俺を「澄生」とは呼ばず、「ボヤオ」と呼んでいた。
不本意だが、慣れてしまった。
「事務所にいるなんて珍しいですね。……あれ?」
紫子さんを見ると、真っ白いロングドレスを着ていた。ウエスト部分はくびれを強調するようにしまっていて、ハイネックではあるけれど、胸元は谷間がはっきりとわかるほどのシースルー。袖も肩から下がシースルーになっていて、普通のノースリーブよりも官能的な衣装だ。
「パーティーかなにかですか?」
紫子さんを直視できず、視線をさまよわせながら尋ねた。
「まあね。愛さんに意見を聞きたいから来たんだけど、ボヤオにも一応聞いとく。どれがいい?」
紫子さんは、両手にそれぞれ、青と赤のロングドレスを持った。青のドレスは背中がざっくりとあいているし、赤のドレスはベアトップで、スカートはレースが足首まであるものの、実際はミニスカートと言ってもいいデザインだった。
「どれも、露出が高すぎませんか?」
「当然。政治家を誘惑しないといけないんだから」
さも当たり前のような紫子さんの言葉が理解できず、俺は何度か瞬きを繰り返した。
「いやいや、まさかハニートラップをするわけじゃないでしょ」
「その“まさか”だから」
「ええっ」
俺は思わず後退った。
「そんな漫画みたいなリアクションしないでよ。ボヤオもやったほうがいいわよ。せっかくまあまあ容姿はいいんだから」
紫子さんはドレスを当てた姿を鏡に映し、「やっぱりボヤオは参考にならなかったか」とぼやいた。デートにでも行くような軽いノリが心配で、紫子さんの肩を掴んで振り向かせた。
「やめてください、危ないですよ。そんなことまでしてネタを取らなくてもいいでしょう。ホテルにでも連れ込まれたらどうするんですか」
「願ってもないチャンスじゃない。密室で二人きりなんて」
「それじゃあだって、枕……」
俺は口をつぐんだ。さすがに、これ以上は言いすぎだ。
しかし、俺が自粛したにも関わらず、「枕営業?」と紫子さんは嘲るような笑いを浮かべて俺を見上げた。
「それで秘密を喋るのなら、安いものじゃない」
「紫子さんっ」
「枕が怖くて、記者なんてやってられないの!」
一喝された。俺を睨んだ後、ふんっと顔をそむける。
「ボヤオとは覚悟が違うのよ」
そして紫子さんは手を握り締める。
「岩城博文、ずっと狙ってたのよ。絶対に吐かせてやる」
政権与党の議員の名前だ。
そういえば以前、紫子さんはカーテレビに映った織田龍太郎財務大臣を、鬼気迫る形相で睨んでいることがあった。それと関係があるのだろうか。
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