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プロローグ
プロローグ 1
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東京都の中心部にあるデザイナーズホテル。
六階まで吹き抜けとなっているアトリウム・ロビーには人工滝があり、周辺は初夏にふさわしい花々で彩られ、天井から巨大なシャンデリアが輝きを放っていた。ロビー内は多くの人が行き交っているが、大学を出て一年ちょっとの俺のような若造は見当たらない。
(ああ、もう、帰りたい……)
俺は心の中でぼやいた。もう何十回目になるだろうか。
押し寄せる高級感がなんとも居心地が悪く、俺はつけ慣れないネクタイを何度も整えていた。
ホテル内は空調がきいているのに身体が熱い。心臓は内側からドンドンと痛いほど胸を叩き、鞄を握る手にもじんわりと冷や汗が滲んでいる。しかし、この場から動くことはできない。
――もうすぐ、ターゲットが現れるはずなのだから。
「来た」
俺は小さく呟いた。口内が乾いていて、声が掠れた。
テレビをあまり見ない俺でも知っている、煌びやかな俳優やタレント、モデル、スポーツ選手たちが、談笑しながら次々とエスカレーターから降りてきた。男性は黒いタキシード、女性は着物かドレス姿が多い。手には同じ紙袋を持っていて、皆一様に笑顔だ。
今日、このホテルでは、有名俳優の結婚披露パーティーが極秘で行われていた。
ホテルの構造上、二階の宴会場からは、一階でタクシーを拾うにも地下駐車場に向かうにも、俺の目の前にあるエスカレーターを利用するほうが近い。エレベーターもあるが、そちらには流れないと考えられた。
俺はさりげなく手鞄のメッシュ部分を芸能人たちに向けて、ポケットの中で握っていたリモートシャッターを押した。小さな装置が汗で滑りそうだ。
俺は今、鞄の中に仕込んだカメラで有名人たちを隠し撮りしている。
芸能人たちに気付かないふりをして顔をそらし、大きく深呼吸した。
(大丈夫。カメラはミラーレスで音がしないし、絞り値もピントも何度も確認した。ちゃんと写っているはずだ)
そう考えながら、気持ちを落ち着かせる。
「あれは……」
エスカレーターに視線を戻すと、視界に入った人物に目を奪われた。
美男美女ばかりの芸能人の中に、見慣れた女性が混ざっている。
胸まであるはずの栗色のウェーブの髪をアップにしていて、細見なのにメリハリのある抜群のスタイルを見せつけるかのように、タイトな赤いロングドレスを纏っていた。太腿まで入ったスリットから、すらりとした長く形のいい足が覗いている。その美しさは、芸能人たちに引けを取っていないどころが、群を抜いていた。
(おいおい)
打ち解けたように後ろの男性と会話している彼女は、俺の相棒である、エース記者の佐藤紫子(ゆかりこ)さんだ。
「なんで関係者みたいな顔して、ターゲットたちに混ざってるんだよ」
パーティーに招待されたわけでもなく、俺の車で一緒にホテルまで来たのに。
呆れるやら感心するやらで、あんぐりと口を開けて紫子さんを見上げていると、降りてくる紫子さんと目が合った。
紫子さんは軽く顎をあげて、ほどよい厚みの艶やかな唇を持ち上げた。そして大きな瞳を半眼にするようにして、挑発的な表情で俺を流し見る。その目は「ちゃんと撮れてるんでしょうね?」と言っているようだ。
「撮ってますよ」
俺は口の中で返事をした。
紫子さんがこの様子なら、パーティー会場内の話は聞けているのだろう。それならば、俺は俺の仕事をこなさなければ。
(記事にするにも、芸能ページは写真がなければ始まらない)
俺は頭を切り替えた。
有名人に疎い俺は一般人との区別がつかないので、参加者全員にシャッターを切りまくった。フィルムの時代に生まれなくてよかった。
しばらくすると、二階から降りてくる人が少なくなってきた。
(そろそろ引き上げ時かな)
そんなことを思っていると、周囲が殺気にも似た、異様な雰囲気になっていることに気が付いて背筋が凍った。
いつの間にか、黒服を着たガタイのいい男たちに囲まれていた。
六階まで吹き抜けとなっているアトリウム・ロビーには人工滝があり、周辺は初夏にふさわしい花々で彩られ、天井から巨大なシャンデリアが輝きを放っていた。ロビー内は多くの人が行き交っているが、大学を出て一年ちょっとの俺のような若造は見当たらない。
(ああ、もう、帰りたい……)
俺は心の中でぼやいた。もう何十回目になるだろうか。
押し寄せる高級感がなんとも居心地が悪く、俺はつけ慣れないネクタイを何度も整えていた。
ホテル内は空調がきいているのに身体が熱い。心臓は内側からドンドンと痛いほど胸を叩き、鞄を握る手にもじんわりと冷や汗が滲んでいる。しかし、この場から動くことはできない。
――もうすぐ、ターゲットが現れるはずなのだから。
「来た」
俺は小さく呟いた。口内が乾いていて、声が掠れた。
テレビをあまり見ない俺でも知っている、煌びやかな俳優やタレント、モデル、スポーツ選手たちが、談笑しながら次々とエスカレーターから降りてきた。男性は黒いタキシード、女性は着物かドレス姿が多い。手には同じ紙袋を持っていて、皆一様に笑顔だ。
今日、このホテルでは、有名俳優の結婚披露パーティーが極秘で行われていた。
ホテルの構造上、二階の宴会場からは、一階でタクシーを拾うにも地下駐車場に向かうにも、俺の目の前にあるエスカレーターを利用するほうが近い。エレベーターもあるが、そちらには流れないと考えられた。
俺はさりげなく手鞄のメッシュ部分を芸能人たちに向けて、ポケットの中で握っていたリモートシャッターを押した。小さな装置が汗で滑りそうだ。
俺は今、鞄の中に仕込んだカメラで有名人たちを隠し撮りしている。
芸能人たちに気付かないふりをして顔をそらし、大きく深呼吸した。
(大丈夫。カメラはミラーレスで音がしないし、絞り値もピントも何度も確認した。ちゃんと写っているはずだ)
そう考えながら、気持ちを落ち着かせる。
「あれは……」
エスカレーターに視線を戻すと、視界に入った人物に目を奪われた。
美男美女ばかりの芸能人の中に、見慣れた女性が混ざっている。
胸まであるはずの栗色のウェーブの髪をアップにしていて、細見なのにメリハリのある抜群のスタイルを見せつけるかのように、タイトな赤いロングドレスを纏っていた。太腿まで入ったスリットから、すらりとした長く形のいい足が覗いている。その美しさは、芸能人たちに引けを取っていないどころが、群を抜いていた。
(おいおい)
打ち解けたように後ろの男性と会話している彼女は、俺の相棒である、エース記者の佐藤紫子(ゆかりこ)さんだ。
「なんで関係者みたいな顔して、ターゲットたちに混ざってるんだよ」
パーティーに招待されたわけでもなく、俺の車で一緒にホテルまで来たのに。
呆れるやら感心するやらで、あんぐりと口を開けて紫子さんを見上げていると、降りてくる紫子さんと目が合った。
紫子さんは軽く顎をあげて、ほどよい厚みの艶やかな唇を持ち上げた。そして大きな瞳を半眼にするようにして、挑発的な表情で俺を流し見る。その目は「ちゃんと撮れてるんでしょうね?」と言っているようだ。
「撮ってますよ」
俺は口の中で返事をした。
紫子さんがこの様子なら、パーティー会場内の話は聞けているのだろう。それならば、俺は俺の仕事をこなさなければ。
(記事にするにも、芸能ページは写真がなければ始まらない)
俺は頭を切り替えた。
有名人に疎い俺は一般人との区別がつかないので、参加者全員にシャッターを切りまくった。フィルムの時代に生まれなくてよかった。
しばらくすると、二階から降りてくる人が少なくなってきた。
(そろそろ引き上げ時かな)
そんなことを思っていると、周囲が殺気にも似た、異様な雰囲気になっていることに気が付いて背筋が凍った。
いつの間にか、黒服を着たガタイのいい男たちに囲まれていた。
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