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想い

想い その1

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 桜子は不治の病にかかって困っていた。
 陽菜乃しか好きになれない病だ。

 桜子は恵まれた容姿である自覚があった。幼い頃からちやほやされていれば、どれだけ鈍くても気づく。
 小学校あたりから、早熟な男の子に告白され始めた。それから何人の男性に愛の告白を受けたのだろう。中にはとても素敵な男性もいた。
 それなのに桜子は、幼なじみで同性の陽菜乃のほうがいいのだ。
 もし、自分の気持ちを百パーセントコントロールできるとしたら。そしてもし、男性を容姿や財力、才能などで数値化できるとしたら。桜子は数値の高い順から男性を選んだだろう。
 しかし、世の中そう上手くはいかない。
「ああ、絶対に私は病気だ」
 桜子は頭を抱えた。
 桜子自身、この事態を初めは受け入れられなかったのだ。相当悩んだ。
 誰のものでもない自分の心だというのに、ちっとも自由にできやしない。
 だから桜子は、陽菜乃が好きな自分を甘受した。
 
 そうなれば、やることは決まった。
ひたすら陽菜乃にひっつくのだ。
 異性の恋愛と違って、性欲云々というものはない。傍にいるだけで幸せなのだから、ある意味お手軽だ。
 そう思っていたのだが、問題が起きた。
中学三年生になると、陽菜乃に恋人ができたのだ。
 のろけを聞かされる桜子は、頭がおかしくなりそうだった。
 嫉妬だった。
 自分でも意外だった。強固な独占欲が完全に出来上がっていた。
 それから桜子は、陽菜乃の恋愛ブレーカーと化す。
 言葉で言うほど簡単な行為ではない。人の気持ちを踏みにじるのだ。
陽菜乃が悲しむ姿も、陽菜乃の恋人の気持ちを惹きつけておいて裏切る行動も、全てがストレスとなった。不眠症や食欲不振、吐き気などの身体症状も起き、桜子の心と体は削られていった。
 誰のためにもならない、こんなことはやめよう、桜子はそう思った。
 しかし、陽菜乃に恋人ができるたびに、誰か特定の男性を意識していると気づくたびに、桜子は動かずにはいられなかった。
 陽菜乃を取られなくない。
別の誰かの手で幸せになる陽菜乃も見たくない。
 好きな人を幸せにできないこの思いはなんなのだ。
 桜子は自分を嫌悪していた。
こんなどうしようもない消耗戦が、いつまで続くのだろうか。
 そう悩んでいる時に出会ったのが、龍之介だった。
 龍之介は一年ながらにして、星英大学・奇術愛好会のトップマジシャンだった。マジック初心者の桜子さえ見惚れるほどのテクニックで、目の前で文字通り奇術が展開された。少し影のある端正な顔立ちで、あまり喋るタイプではないが存在感があった。特に美形揃いとなった奇術愛好会の同期生の中でも、色あせない個性だった。
 陽菜乃が、この龍之介に一目ぼれをした。
近くで見ていた桜子はすぐにわかった。どうやら本人は桜子に隠しているつもりのようだが筒抜けだ。
 いつものように桜子は龍之介に近づいた。
 しかし、毎回簡単に陥落する男たちと違って、龍之介は桜子に興味を示さなかった。むしろ疎まれている気配があった。
 それならば陽菜乃がいくら頑張っても龍之介攻略は不可能だろうと安心していた頃、親戚の墓参りで龍之介に会った。
 そこから龍之介と腹を割って話すようになった。
そうして龍之介と触れ合ううちに、桜子は初めて陽菜乃以外の人を好きになった。
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