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告白 一

告白 一 その1

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 龍之介には、中学二年生から付き合っている彼女がいた。
 付き合うきっかけは、同じ部活だったことだ。
 四歳からマジックの虜になった龍之介は、凝り性でもあったため、どこでもマジックの練習をしていた。家でも勉強もそこそこにひたすらマジックをしていたため、母親は次第に龍之介がマジックをするのを嫌がるようになっていった。
 だから龍之介は、練習する場を欲していた。
 そこで丁度良かったのが、中学校の文芸部だった。
文芸部は文化祭で発表する冊子を作るくらいしか活動がなく、その割にはきちんとした部室があったので、龍之介は文芸部の部室で存分にマジックの練習をしていた。
この部室は、龍之介以外にも利用者がいた。
それが彼女だった。
彼女はファッションデザイナーを夢見ていたが、龍之介と同じような理由で、デザインを描く場所を求めていた。
龍之介と彼女は毎日顔を合わせ、しかしまったくしゃべらず、ただそこに共存していた。
 龍之介は不思議と彼女がいなければいいと思ったことはなく、会話をしていないにも関わらず、だんだん部室に来ないと気になるようになっていた。
 やがて話してみると趣味が合った。
その後、携帯情報を交換して、愛読書の交換をするようになり、学校帰りにファストフードに行くようになり、休日に映画を見に行くようになり、お互いの家に行くようにまでなった。
 彼女はまるで空気のようだと龍之介は思った。決して邪魔にならないのに、いないと困る必要な存在なのだ。
 別々の高校に進んだが、関係は変わることなく続いていた。
 なんとなく、このまま結婚するのかもしれないと龍之介は思っていた。
 それくらい、一緒にいるのが当たり前だった。
 しかし高校二年生の秋、彼女を交通事故で失った。親公認で付き合っていたので、彼女の親から連絡が入った。
 身体にぽっかりと穴が開いてしまったようだった。
 その空洞は、一生修復できないものなのだ。
 もう誰も好きになることはないだろうと思った。
「ねえねえ、ティルトが上手くいかないんだけど、コツを教えて」
 大学の奇術愛好会で、雪野桜子が積極的に話しかけてきた。
「クリスに教えてもらったらどうだ。あいつは丁寧に教えてくれるよ」
「龍之介くんに教えてもらいたいんだよ。一つ一つの技が丁寧で綺麗だよね」
桜子はにっこりと微笑んだ。
実は桜子に対して、龍之介は苦手意識があった。
桜子ほど美人ではなかったが、長い黒髪や細身の身体などの特徴や雰囲気が彼女と似ていたからだ。
 正直にいうと、少々疎ましく思っていたのだが、ある日を境に変わった。
 龍之介が命日に彼女の墓参りをしていると、桜子も親戚の墓参りに来ていて、偶然会ったのだ。
「あれ、龍之介くん」
 桜子は親戚と別れて、そのまま龍之介の隣りにしゃがんだ。
「大切な人なんだね」
 桜子は白いハンカチを龍之介に渡して、彼女の墓に手を合わせた。
 龍之介は気づかないうちに、泣いていたようだ。
 涙を見られた気恥ずかしさもあり、二人で歩きながら、龍之介は彼女との思い出を語っていた。
「そっか、龍之介くんの大事なところは、彼女でいっぱいなんだね」
 桜子の肯定の言葉に、龍之介は驚いた。
亡くなってから一年以上過ぎても彼女のことを思っている龍之介に対し、友人や両親は、いい加減忘れて次の恋を探した方がいいと言っていたからだ。
 それは、大切な人を失った者への常套句だろうし、励ましでもあったろう。しかし、なぜこんなにも好きな相手を忘れなければいけないのかと、憤りを感じていた。
「龍之介くん、まだ時間あるかな? 龍之介くんの秘密を聞いちゃったから、私も告白するよ。聞いてくれる?」
 近くのファミリーレストランに入って聞いた桜子の話は、ある意味、龍之介よりも衝撃的だった。まさに秘密の打ち明け話だった。
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