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陽菜乃 合宿二日目 昼
陽菜乃 合宿二日目 昼 その13
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「この紙がどこから出現したのかも含めて、犯人を絞るのは難しい」
蒼一がそう言うと、「待って」と奈月がとめた。
「クリスの身長って、二メートル近くあるでしょ。ということは、体重は百キロくらいあるよね。あたしは身長が低いし、クリスを一人で吊るすなんて無理だよ。あたしは犯人から外せるでしょ」
「どうかな」
蒼一は指先で眼鏡を動かした。
「たとえば、動滑車を使う」
「動滑車?」
奈月は首をかしげた。
「回転とともに軸が移動する滑車のことだ。二分の一の力で荷重を支えることができる。極端な話、滑車の数を増やせばクリスが百キロだとしても引く力は十キロにも一キロにも軽減することができる。どんなに非力だろうと吊るせるだろう。初めから持ち物検査を想定して初日に滑車を土にでも埋めておいて、クリスを殺害するときに掘り返せばいい。使い終わったら川に捨てる。……ああ、コピー用紙もファイルに入れて土に埋めておくという手があったか」
「そういう小難しい話は苦手なんだけど。あたし文系だから」
「俺も文系だ。それにまったく小難しくない。滑車の働きは義務教育で習う」
「つかもう、そういう細かいことはどうでもいいよ、道具を使うなら、なんでもアリになっちゃうじゃん!」
「俺たちが中身のわからない大荷物を屋敷に運び込んだ時点で、なんでもアリなんだよ。だから犯人は絞れないと言ってるのに、お前が候補から外れたいというから、こういう話になったんだ」
「……」
奈月は眉を吊り上げて頬を膨らませた。怒鳴りたいのを我慢しているのがよくわかる。
「まあ、庭に掘り返し跡がないことは、ざっくりとチェックしてるけどな」
「掘ってないんじゃん!」
奈月はドンと机を叩いた。蒼一はなんとも愉快そうだ。
「今回も絞り込めないのかな。じゃあ次のテーマに行く?」
「待って」
陽菜乃の言葉を、また奈月がとめた。
「犯人はどう考えても、あの白い人影でしょ」
「白い影?」
蒼一は眉をひそめる。
「きっと、幽霊の呪いだよ」
「非現実的なことを言うな」
「あたしは本気だよ。幽霊なら人を消すことだってできるだろうし、きっとこういう紙だって出現させることができるんだよ。全部辻褄が合う。だから紙に書かれた“おまえ”って、幽霊に恨まれている人のことだよ」
奈月は真剣な表情だ。蒼一はやれやれというように肩をすくめた。
「龍之介はどう思う?」
「俺はその白い人影を見ていないから、なんとも言えないけど……、この犯人は恨みで動いているってことは確実だな。キャロルとクリスは見せしめで、本命が今夜、狙われるんだろう」
クリスも同じようなことを言っていた。
「その本命がこの中にいるなら、名乗った方がいい。恨まれている理由は白状してもらうが、俺たちが守ってやれる」
しばらく沈黙が続いた。
「誰もいないか。まあ、今全員揃っているわけじゃないしな」
「ねえ、でも逆に、その心当たりがなければ今夜は安心して寝られるってこと?」
「そうだろうな」
「そうかあ」
奈月の表情が明るくなった。
「ねえ、今日も狼煙をあげる?」
奈月は立ち上がった。元気が出てきたようだ。
「自覚していなくても人に恨まれることもあるだろう。お前は鈍そうだから、気づいていないだけじゃないのか」
「その言葉、蒼一にそっくりそのままお返しするよ」
奈月は半眼になった。
「他にやることがないし、みんなで狼煙を上げようか。もし誰かに気づいてもらえたら救助してもらえるでしょ。これ以上犠牲者を出さなくてすむ」
陽菜乃も立ち上がった。
四人で狼煙を上げていたが、昨日と同じく風に流されてしまい、煙が高く立ち昇らなかった。しかも、小雨がパラパラと降ってきた。
「天候に恵まれないな。これはその幽霊とやらの天誅を受けろということかもしれない。とばっちりのキャロルとクリスがやられたのに、本命は逃がさないということだろう」
蒼一はどこか楽しそうに言う。
「なんで自分だけは安全、みたいな態度をとっていられるかな。蒼一が犯人なんじゃないの?」
奈月は呆れたような顔で蒼一を見る。
「なぜそうなる。犯人が来ても構わないだけだ」
蒼一は不敵に笑って眼鏡を押し上げた。
龍之介は静かに煙の流れる方向を眺めていて、陽菜乃も黙って枝を火にくべていた。
結局、また収穫がないまま日が暮れてしまった。
何の解決もしておらず、脱出手段もないのだが、メンバーの中にはどこか、今日で一区切りがつくはずだという空気が漂っていた。
その日、メンバーは全員顔を揃えることはなかった。食事は各自部屋に持ち帰り、それぞれが自室で夜を過ごすことになった。
蒼一がそう言うと、「待って」と奈月がとめた。
「クリスの身長って、二メートル近くあるでしょ。ということは、体重は百キロくらいあるよね。あたしは身長が低いし、クリスを一人で吊るすなんて無理だよ。あたしは犯人から外せるでしょ」
「どうかな」
蒼一は指先で眼鏡を動かした。
「たとえば、動滑車を使う」
「動滑車?」
奈月は首をかしげた。
「回転とともに軸が移動する滑車のことだ。二分の一の力で荷重を支えることができる。極端な話、滑車の数を増やせばクリスが百キロだとしても引く力は十キロにも一キロにも軽減することができる。どんなに非力だろうと吊るせるだろう。初めから持ち物検査を想定して初日に滑車を土にでも埋めておいて、クリスを殺害するときに掘り返せばいい。使い終わったら川に捨てる。……ああ、コピー用紙もファイルに入れて土に埋めておくという手があったか」
「そういう小難しい話は苦手なんだけど。あたし文系だから」
「俺も文系だ。それにまったく小難しくない。滑車の働きは義務教育で習う」
「つかもう、そういう細かいことはどうでもいいよ、道具を使うなら、なんでもアリになっちゃうじゃん!」
「俺たちが中身のわからない大荷物を屋敷に運び込んだ時点で、なんでもアリなんだよ。だから犯人は絞れないと言ってるのに、お前が候補から外れたいというから、こういう話になったんだ」
「……」
奈月は眉を吊り上げて頬を膨らませた。怒鳴りたいのを我慢しているのがよくわかる。
「まあ、庭に掘り返し跡がないことは、ざっくりとチェックしてるけどな」
「掘ってないんじゃん!」
奈月はドンと机を叩いた。蒼一はなんとも愉快そうだ。
「今回も絞り込めないのかな。じゃあ次のテーマに行く?」
「待って」
陽菜乃の言葉を、また奈月がとめた。
「犯人はどう考えても、あの白い人影でしょ」
「白い影?」
蒼一は眉をひそめる。
「きっと、幽霊の呪いだよ」
「非現実的なことを言うな」
「あたしは本気だよ。幽霊なら人を消すことだってできるだろうし、きっとこういう紙だって出現させることができるんだよ。全部辻褄が合う。だから紙に書かれた“おまえ”って、幽霊に恨まれている人のことだよ」
奈月は真剣な表情だ。蒼一はやれやれというように肩をすくめた。
「龍之介はどう思う?」
「俺はその白い人影を見ていないから、なんとも言えないけど……、この犯人は恨みで動いているってことは確実だな。キャロルとクリスは見せしめで、本命が今夜、狙われるんだろう」
クリスも同じようなことを言っていた。
「その本命がこの中にいるなら、名乗った方がいい。恨まれている理由は白状してもらうが、俺たちが守ってやれる」
しばらく沈黙が続いた。
「誰もいないか。まあ、今全員揃っているわけじゃないしな」
「ねえ、でも逆に、その心当たりがなければ今夜は安心して寝られるってこと?」
「そうだろうな」
「そうかあ」
奈月の表情が明るくなった。
「ねえ、今日も狼煙をあげる?」
奈月は立ち上がった。元気が出てきたようだ。
「自覚していなくても人に恨まれることもあるだろう。お前は鈍そうだから、気づいていないだけじゃないのか」
「その言葉、蒼一にそっくりそのままお返しするよ」
奈月は半眼になった。
「他にやることがないし、みんなで狼煙を上げようか。もし誰かに気づいてもらえたら救助してもらえるでしょ。これ以上犠牲者を出さなくてすむ」
陽菜乃も立ち上がった。
四人で狼煙を上げていたが、昨日と同じく風に流されてしまい、煙が高く立ち昇らなかった。しかも、小雨がパラパラと降ってきた。
「天候に恵まれないな。これはその幽霊とやらの天誅を受けろということかもしれない。とばっちりのキャロルとクリスがやられたのに、本命は逃がさないということだろう」
蒼一はどこか楽しそうに言う。
「なんで自分だけは安全、みたいな態度をとっていられるかな。蒼一が犯人なんじゃないの?」
奈月は呆れたような顔で蒼一を見る。
「なぜそうなる。犯人が来ても構わないだけだ」
蒼一は不敵に笑って眼鏡を押し上げた。
龍之介は静かに煙の流れる方向を眺めていて、陽菜乃も黙って枝を火にくべていた。
結局、また収穫がないまま日が暮れてしまった。
何の解決もしておらず、脱出手段もないのだが、メンバーの中にはどこか、今日で一区切りがつくはずだという空気が漂っていた。
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