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陽菜乃 合宿二日目 昼
陽菜乃 合宿二日目 昼 その2
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「医学部なら、血液を用意することができるんじゃない?」
陽菜乃はクリスを疑っていた。キャロルが生きているとしたら、クリスが狂言をしたことになるからだ。
「条件は皆さんと同じですよ。人の血なんて簡単に手に入りません。ただ、注射器を入手すれば、自分の血を少しずつ抜いて溜めることができるかもしれません。注射器であれば比較的持ち帰っても気づかれませんし……。いえ、わたしは誓って持ち帰ったりしていませんけども」
クリスは自分で言っておいて否定をした。
「医学部って、他にいたっけ」
「みんなばらけてるよ」
そう言う龍之介は理学部だ。陽菜乃と和樹は同じ経済学部で、蒼一は法学部。……確かにばらばらだ。
「やっぱり、誰かがキャロルの遺体を運んだのかな」
陽菜乃はショートボブの髪を指先でもてあそんだ。
「残念ですが、これだけ探して見つからないとなると、おそらく……」
クリスは最後まで口にしなかった。
遺体を川に落とした、と言いたいのだろう。
「なんのために、そんなことをしたのだろうか」
龍之介が陽菜乃を見る。
「警察が来る前に、キャロルの遺体を消してしまいたかったから」
そう言った陽菜乃は、既視感があった。
同じような会話をしたような……
そう考えて、今朝、まさにこの場所で龍之介や蒼一とした会話を思い出した。「キャロル本人、もしくはキャロルの部屋に細工がされている可能性がある」という話になり、龍之介とキャロルの部屋に行ったのだ。
それからドタバタしてしまって、結局キャロルの部屋をきちんと見ていない。
「ねえ、この先は、キャロルの部屋で話そう。ヒントになるものがあるかもしれないし」
「そうだな」
三人は立ち上がった。
二階の西端にあるキャロルの部屋に移動する。一階の東端付近にある食堂からキャロルの部屋は対角線上にあるので、かなり離れている。屋敷は広さだけは十分にあるので、移動だけで数分かかった。
陽菜乃は部屋に入って電気をつけた。もう現状維持なんて関係なくなっている。そもそものキャロルがいないのだから。
おびただしい血溜まり跡は何度見ても気持ちのいいものではないが、慣れてはきた。
「実は私、今朝龍之介とここに来る途中で、この部屋に入る人影を見たの」
「どんな?」
龍之介に聞かれて、陽菜乃は「よく見えなかったんだけど」とぼかした。
「だからドアが開いてたのかもしれない。でも部屋に入ったら、その人影もキャロルもいなかった」
「俺たちの直前に人が入ったのなら、窓から出たんだろうな」
龍之介は部屋の奥まで入り、カーテンを開ける。陽菜乃も隣りに並んだ。
「……窓の鍵は閉まってる」
確かに、閉まっていた。
龍之介は窓を開けてベランダに出た。
この別荘は、二階の全ての部屋のベランダが繋がっている。西端のキャロルの部屋から、東端の龍之介の部屋まで、廊下と同じようにベランダからでも行けるのだ。
陽菜乃も続いてベランダに出てみた。渓谷側の緑が広がっている。深さがあるので川までは見えない。渓谷沿いにも草木が生い茂っているので、吊り橋がかかっていた場所も見えなかった。
「分りやすい足跡が残っているでもなし。本当に誰か入ったのか?」
「たぶん……」
はっきりと見たはずなのだが、陽菜乃は自信がなくなってくる。
「窓が閉まっていた以上、その人物もキャロルも、ドアから出たことになる」
「でも、窓の鍵なんて誰でも閉められたんじゃないの? さっきまで、みんなバラバラにキャロルを探していたんだよ」
陽菜乃も一度キャロルの部屋を見に来ている。その時は窓が閉まっていたが、誰がその前後に部屋を出入りしたのかまでは把握していない。
「それはそうだ」
龍之介はうなずいた。
陽菜乃は今朝この部屋を訪れた時に見かけた白い人影の行動をシミュレーションしてみる。
「私たちが来た時にその人物は、ベッドの下かクローゼットの中、もしくは一時的にベランダにキャロルを連れて身をひそめていた。そして私や龍之介が遺体がないことに気付いて、みんなに知らせに行っている間に、ベランダに出ていた場合は部屋に戻って鍵を閉めて、キャロルを連れて廊下に出た」
「そのあと、すぐにこの部屋に戻ってきたし、みんなで捜索を始めるのに、そんなに目立つ人物が見つからないわけがない」
「……だよね」
やはり無理があった。言いながら陽菜乃もそう思っていた。
陽菜乃はベランダから部屋の中に戻った。
「今の話は、キャロルを連れている場合でしょ。人影が私たちの誰かだとして手ぶらだったら、捜索時に紛れてしまえばいいだけだよね」
さっきの人影が犯人なのか。そんなわけがないと、陽菜乃が小さく首を振った。
「問題は、キャロルはいつこの部屋から消えたのか、ですね」
陽菜乃はクリスを疑っていた。キャロルが生きているとしたら、クリスが狂言をしたことになるからだ。
「条件は皆さんと同じですよ。人の血なんて簡単に手に入りません。ただ、注射器を入手すれば、自分の血を少しずつ抜いて溜めることができるかもしれません。注射器であれば比較的持ち帰っても気づかれませんし……。いえ、わたしは誓って持ち帰ったりしていませんけども」
クリスは自分で言っておいて否定をした。
「医学部って、他にいたっけ」
「みんなばらけてるよ」
そう言う龍之介は理学部だ。陽菜乃と和樹は同じ経済学部で、蒼一は法学部。……確かにばらばらだ。
「やっぱり、誰かがキャロルの遺体を運んだのかな」
陽菜乃はショートボブの髪を指先でもてあそんだ。
「残念ですが、これだけ探して見つからないとなると、おそらく……」
クリスは最後まで口にしなかった。
遺体を川に落とした、と言いたいのだろう。
「なんのために、そんなことをしたのだろうか」
龍之介が陽菜乃を見る。
「警察が来る前に、キャロルの遺体を消してしまいたかったから」
そう言った陽菜乃は、既視感があった。
同じような会話をしたような……
そう考えて、今朝、まさにこの場所で龍之介や蒼一とした会話を思い出した。「キャロル本人、もしくはキャロルの部屋に細工がされている可能性がある」という話になり、龍之介とキャロルの部屋に行ったのだ。
それからドタバタしてしまって、結局キャロルの部屋をきちんと見ていない。
「ねえ、この先は、キャロルの部屋で話そう。ヒントになるものがあるかもしれないし」
「そうだな」
三人は立ち上がった。
二階の西端にあるキャロルの部屋に移動する。一階の東端付近にある食堂からキャロルの部屋は対角線上にあるので、かなり離れている。屋敷は広さだけは十分にあるので、移動だけで数分かかった。
陽菜乃は部屋に入って電気をつけた。もう現状維持なんて関係なくなっている。そもそものキャロルがいないのだから。
おびただしい血溜まり跡は何度見ても気持ちのいいものではないが、慣れてはきた。
「実は私、今朝龍之介とここに来る途中で、この部屋に入る人影を見たの」
「どんな?」
龍之介に聞かれて、陽菜乃は「よく見えなかったんだけど」とぼかした。
「だからドアが開いてたのかもしれない。でも部屋に入ったら、その人影もキャロルもいなかった」
「俺たちの直前に人が入ったのなら、窓から出たんだろうな」
龍之介は部屋の奥まで入り、カーテンを開ける。陽菜乃も隣りに並んだ。
「……窓の鍵は閉まってる」
確かに、閉まっていた。
龍之介は窓を開けてベランダに出た。
この別荘は、二階の全ての部屋のベランダが繋がっている。西端のキャロルの部屋から、東端の龍之介の部屋まで、廊下と同じようにベランダからでも行けるのだ。
陽菜乃も続いてベランダに出てみた。渓谷側の緑が広がっている。深さがあるので川までは見えない。渓谷沿いにも草木が生い茂っているので、吊り橋がかかっていた場所も見えなかった。
「分りやすい足跡が残っているでもなし。本当に誰か入ったのか?」
「たぶん……」
はっきりと見たはずなのだが、陽菜乃は自信がなくなってくる。
「窓が閉まっていた以上、その人物もキャロルも、ドアから出たことになる」
「でも、窓の鍵なんて誰でも閉められたんじゃないの? さっきまで、みんなバラバラにキャロルを探していたんだよ」
陽菜乃も一度キャロルの部屋を見に来ている。その時は窓が閉まっていたが、誰がその前後に部屋を出入りしたのかまでは把握していない。
「それはそうだ」
龍之介はうなずいた。
陽菜乃は今朝この部屋を訪れた時に見かけた白い人影の行動をシミュレーションしてみる。
「私たちが来た時にその人物は、ベッドの下かクローゼットの中、もしくは一時的にベランダにキャロルを連れて身をひそめていた。そして私や龍之介が遺体がないことに気付いて、みんなに知らせに行っている間に、ベランダに出ていた場合は部屋に戻って鍵を閉めて、キャロルを連れて廊下に出た」
「そのあと、すぐにこの部屋に戻ってきたし、みんなで捜索を始めるのに、そんなに目立つ人物が見つからないわけがない」
「……だよね」
やはり無理があった。言いながら陽菜乃もそう思っていた。
陽菜乃はベランダから部屋の中に戻った。
「今の話は、キャロルを連れている場合でしょ。人影が私たちの誰かだとして手ぶらだったら、捜索時に紛れてしまえばいいだけだよね」
さっきの人影が犯人なのか。そんなわけがないと、陽菜乃が小さく首を振った。
「問題は、キャロルはいつこの部屋から消えたのか、ですね」
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