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陽菜乃 合宿一日目 夜
陽菜乃 合宿一日目 夜 その6
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陽菜乃と龍之介は並んで二階に向かった。
少し背の高い龍之介を盗み見る。
癖のある長めの前髪に少し隠れた黒い瞳は、常に影を宿しているように見える。感情をあまり表に出さず、常に冷静な龍之介は、顔立ちは整っているのに乏しい表情のせいで魅力が半減しているようだ。そう感じるのは、クリスや蒼一のように造形の派手な美形がサークル内にいるせいかもしれない。
実は陽菜乃は、サークルに入りたての頃は龍之介が好きだった。
マジックが好きで、しかし練習をしても上手くならなかった陽菜乃は、龍之介の巧みな技と鮮やかなステージを見て、一気に心を奪われた。
話す口実にもなるのでマジックを教えてもらったし、褒められたくて時間をかけて努力もした。
あることがきっかけで今はその気がまったくないのだが、それでもこうして隣りに並ぶと、いささか緊張する。
「陽菜乃、大丈夫か?」
龍之介が心配そうな視線を送ってきた。無関心のように見えて、こうして結構人を見ているのも、陽菜乃としてはポイントが高い。しかも低すぎない甘やかな声も陽菜乃の好みだった。
……こんな時に、なに考えてるのよ。
陽菜乃は頭を振った。自分でも呆れてしまう。
「あっ」
階段を上りきった時、陽菜乃は立ち止まった。
廊下の奥に、白いものが見えた。
人だ。
白いワンピースを着た、長い黒髪の女性のようだった。
その人影は、端の部屋に走って消えた。
「……幽霊? まさか」
陽菜乃は小さくつぶやいた。
人影が入った部屋は、キャロルの部屋だ。
あまりに一瞬だったので、幻のようにも思える。
見間違いだろうか……。
「龍之介、今の見た?」
「今のってなんだ」
龍之介は気づかなかったようだ。
「ううん、なんでもない」
陽菜乃は口を閉ざした。
何事もなかったかのように二人は進む。陽菜乃は内心、緊張していた。
「おかしいな、ドアが開いてる」
西端のキャロルの部屋が近づいてくると、龍之介が言った。
昨夜、龍之介がキャロルの部屋を閉めたのを陽菜乃は覚えている。
開いているということは、やはり先ほどの人影は幽霊ではなく、実態がある人間だったのだろうか。
人が通れるほどに開いたドアの前に立ち、龍之介は足をとめた。黙ってキャロルの部屋の中を見ている。
「入らないの?」
陽菜乃は龍之介の隣りに立った。
誰かが中にいるのだろうか。
陽菜乃は部屋を覗き込んだ。
「……うそ」
思わず呟く。
信じられない思いで、陽菜乃はゆっくり部屋に入った。
一晩たったキャロルの部屋は、昨夜よりは生臭い匂いが薄れていた。血溜まりや飛び散った血は乾いて赤黒く変色している。
部屋の中に白い人影はなかった。
それどころか、中央で倒れているはずのキャロルの姿さえ、どこにもなかった。
少し背の高い龍之介を盗み見る。
癖のある長めの前髪に少し隠れた黒い瞳は、常に影を宿しているように見える。感情をあまり表に出さず、常に冷静な龍之介は、顔立ちは整っているのに乏しい表情のせいで魅力が半減しているようだ。そう感じるのは、クリスや蒼一のように造形の派手な美形がサークル内にいるせいかもしれない。
実は陽菜乃は、サークルに入りたての頃は龍之介が好きだった。
マジックが好きで、しかし練習をしても上手くならなかった陽菜乃は、龍之介の巧みな技と鮮やかなステージを見て、一気に心を奪われた。
話す口実にもなるのでマジックを教えてもらったし、褒められたくて時間をかけて努力もした。
あることがきっかけで今はその気がまったくないのだが、それでもこうして隣りに並ぶと、いささか緊張する。
「陽菜乃、大丈夫か?」
龍之介が心配そうな視線を送ってきた。無関心のように見えて、こうして結構人を見ているのも、陽菜乃としてはポイントが高い。しかも低すぎない甘やかな声も陽菜乃の好みだった。
……こんな時に、なに考えてるのよ。
陽菜乃は頭を振った。自分でも呆れてしまう。
「あっ」
階段を上りきった時、陽菜乃は立ち止まった。
廊下の奥に、白いものが見えた。
人だ。
白いワンピースを着た、長い黒髪の女性のようだった。
その人影は、端の部屋に走って消えた。
「……幽霊? まさか」
陽菜乃は小さくつぶやいた。
人影が入った部屋は、キャロルの部屋だ。
あまりに一瞬だったので、幻のようにも思える。
見間違いだろうか……。
「龍之介、今の見た?」
「今のってなんだ」
龍之介は気づかなかったようだ。
「ううん、なんでもない」
陽菜乃は口を閉ざした。
何事もなかったかのように二人は進む。陽菜乃は内心、緊張していた。
「おかしいな、ドアが開いてる」
西端のキャロルの部屋が近づいてくると、龍之介が言った。
昨夜、龍之介がキャロルの部屋を閉めたのを陽菜乃は覚えている。
開いているということは、やはり先ほどの人影は幽霊ではなく、実態がある人間だったのだろうか。
人が通れるほどに開いたドアの前に立ち、龍之介は足をとめた。黙ってキャロルの部屋の中を見ている。
「入らないの?」
陽菜乃は龍之介の隣りに立った。
誰かが中にいるのだろうか。
陽菜乃は部屋を覗き込んだ。
「……うそ」
思わず呟く。
信じられない思いで、陽菜乃はゆっくり部屋に入った。
一晩たったキャロルの部屋は、昨夜よりは生臭い匂いが薄れていた。血溜まりや飛び散った血は乾いて赤黒く変色している。
部屋の中に白い人影はなかった。
それどころか、中央で倒れているはずのキャロルの姿さえ、どこにもなかった。
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