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陽菜乃 合宿一日目 夜

陽菜乃 合宿一日目 夜 その4

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 翌日。
陽菜乃はスマートフォンでセットしていたタイマーよりも随分と早く目が覚めた。寝られないと思ったが、眠気がなくても横になっていたら、少しは眠れたらしい。交感神経よりも疲れが勝ったようだ。それでも、眠った時間はせいぜい二時間程度だろう。
 夏の日の出は早く、既に窓の外は明るくなっていた。
窓を開けると、川の音と鳥の声が聞こえた。通常の合宿ならば爽やかな朝のスタートをきっていたはずだ。
 しかし、当然ながら陽菜乃の心はどんよりと曇っている。
 喉の渇きを覚えて厨房に向かうと、途中の食堂に既に龍之介、蒼一、奈月がいた。食事をする時のテーブルとは別の、部屋の端にあるソファーに座ってローテーブルを囲っている。
「おはよう」
 龍之介が声をかけてきた。
普段から冷静な龍之介は、昨日のことがあってもいつと変わらないように見える。それは他から見れば陽菜乃も同じかもしれない。内面はどうであれ、表面を取りつくろうのは上手いほうだ。
「おはよう、早いね。眠れなかった?」
 陽菜乃は空いていた奈月の隣りに座りながら三人に尋ねると、奈月がうなずいた。
「寝た方がいいと思ってベッドに横になっていたんだけど、どうしても眠れなくて。隣りの部屋に、あんな状態のキャロルがいるかと思うと、余計に」
 言われてみると、奈月はキャロルの隣室だ。壁を隔てて友人の遺体が傍にあると思えば、眠れなくもなるだろう。空き室はほかにもあるのに、配慮に欠けていたと陽菜乃は反省した。
「空が白んできたし、寝るのは諦めてなにか飲もうと思って厨房に入ったら、蒼一が後ろから声をかけてきて……」
 奈月は蒼一を睨んだ。
「毒でも仕込む気か、って言ってきたの」
彼は悪びれず肩をすくめる。
「あんなことがあれば、疑いたくもなるだろう」
「あたしがキャロルを殺したとでも言うの!?」
「怒鳴るな。余計に怪しい」
「ちょっ……」
「二人とも、落ち着いて」
 陽菜乃がなだめた。主に蒼一が絡むせいで、すぐに二人は喧嘩になる。
「別に俺は奈月だけを疑っているわけじゃない。合宿に参加している全員だ」
「あたしたちの中に、犯人がいるとでも言うの?」
「逆に聞くが、他に誰がいるんだ」
 奈月は言葉に詰まった。
「泥棒が入ったとか」
「こんな不便な山奥にか」
「可能性がないわけじゃないでしょ」
「まあ、可能性で言うなら、どんなことでも大概ゼロではない」
 奈月の言葉を蒼一は鼻で笑う。
「ここに来るには車が必要だ。だが橋が落ちた今、俺たちの車以外の車があるか、駐車場まで確認に行けない。橋の位置からは駐車場は見えないしな。少なくても俺たちが来た時には、他に車はなかった」
「ならやっぱり、あたしたちの後に誰かが来た可能性があるでしょ」
 蒼一は眼鏡の位置を直しながらわずかに前のめりになった。奈月は唇を引き結んで気持ち後ろに下がる。
「決定的なのは、橋がこちら側から切断されていることだ。犯人が屋敷にいるという証拠だろう。外部の人間なら橋を渡ってから切断し、こんな場所からとっくに立ち去っているはずだ。でも、合宿メンバーなら話は変わってくる」
 蒼一はレンズ越しの切れ長の瞳で、視線だけで陽菜乃たちを見回す。
「姿を消せば、自分が犯人だと名乗っているようなものだ。逃げたくても逃げられない」
 陽菜乃も考えていたことだが、こうして言葉にされるとメンバーの誰かだと改めて思わざるを得ない。
「俺たちの誰かだとして、なぜ橋を落とす必要があったんだ。そのままにしていた方が、外部の人間だと思わせることができたはずだ」
 龍之介が口を開いた。
「電話線が切られたことでもわかるように、目的は外部との遮断だろう」
「遮断して、なんのメリットがあるの?」
 陽菜乃も話に加わった。「そうだな」と蒼一は腕を組む。
「たとえば、証拠を隠すために警察の介入を遅らせたかった」
「キャロル本人、もしくはキャロルの部屋に、細工がされている可能性がある?」
 龍之介の言葉に、蒼一がうなずいた。
「もうひとつの可能性の方が高いかもしれない。犯人は、俺たちがこの屋敷から逃げられないように閉じ込めたかった」
「あたしたちを閉じ込めてどうするの?」
 奈月の言葉に、蒼一は目を眇めた。
「犯人のターゲットは、キャロルだけではないということだ」
 奈月の顔が強張った。
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