上 下
20 / 55
陽菜乃 合宿一日目 夜

陽菜乃 合宿一日目 夜 その3

しおりを挟む
 陽菜乃が昏い思考の海に溺れかけていると、階段を上がってくる足音に意識を引き戻された。
「えらいこっちゃ! 電話が繋がらへん」
 戻ってきたのは和樹だ。息を切らして、額には汗が浮かんでいる。汗が目に入って染みたのか、腕で目を擦りながら和樹は続けた。
「それだけやない……」
 和樹は背中を丸めて、息を整えるために言葉を切った。
「まだなにかあるの?」
「吊り橋が……」
 和樹はぜいと息を吐いた。
「吊り橋が、切れとる」
「なんですって」
 峡谷を繋いでいた唯一の吊り橋が使えないのであれば、陽菜乃たちはこの別荘が建つ陸の孤島に閉じ込められたことになる。
 陽菜乃はクリスたちと顔を合わせた。みんな戸惑いを隠せないような表情だ。
いてもたってもいられず、確かめるために陽菜乃は一階に向かった。
 まずは、玄関ホールに置かれているピンクの公衆電話だ。受話器をあげてみるが、音がしない。
「電話線を切られとるんや」
陽菜乃についてきていた和樹が言った。
よく見ると、電話から伸びた黒い線の先がない。断面を見ると、ハサミのような鋭利なもので意図的に切られたようだ。
「誰がこんなことを……」
「そんなん、オレが知りたいわ」
いつ切られたのだろうか。今日この別荘に来てから誰も電話を使っていないはずだ。時間を特定するのは難しいかもしれない。
「この電話だけが外部との通信手段だったのに……」
肩を落としながら陽菜乃は外に出る。
真っ暗で数メートル先さえ見えなかった。携帯のライトを使って転ばないように気をつけながら歩き、吊り橋に辿りつく。うるさいはずの渓流の音がほとんど耳に入ってこなかった。
 吊り橋付近には、奈月たちが呆然と立っていた。
「電話線が切られていたから、まさかと思って見に来たの」
 奈月は陽菜乃を振り返った。
「電話もネットもつながらない。橋も落ちてる。これってあたしたち、この屋敷から出られないってことでしょ」
 奈月が震える声で陽菜乃に言った。
「ねえ、キャロルは大丈夫だよね?」
 奈月の言葉に、陽菜乃は黙って首を横に振った。奈月はその場で膝をついて両手で顔を覆う。
「キャロル……!」
 悲鳴のような声だった。
この状況だ、奈月も想定していた回答だろう。しかし嗚咽を堪えきれずに肩を震わせている。
奈月になんと声をかけていいのかわからなかった。それ以前に、陽菜乃自身に慰める余裕がない。
 それでも陽菜乃は気丈に、この場に来た目的を成し遂げようと橋の袂をライトで照らした。
陽菜乃たちのいる屋敷側から、やはり鋭利なもので蔦のロープが切られていた。
もし向こう岸で橋が切られていたのなら、一連の犯人は外部犯の可能性が高くなったのに。
 サークル内の誰かがキャロルを殺して、電話線と橋を切り落としたのだろうか。それとも、この敷地内に第三者が潜んでいるのか。
いつ、誰が、なんのために……。
 しっかり考えなければいけないのに、一度に絶望的な情報が押し寄せて頭がフリーズしそうになる。
「とりあえず、戻りましょう」
 陽菜乃はそうみんなに声をかけて、力のない足取りで屋敷に戻った。短いはずの道のりが何倍にも感じる。
力の抜けた陽菜乃ひとりの力では重い扉が動かせず、奈月に手伝ってもらってなんとか開けた。
 これからどうすればいいのかわからない。みんなで集まってアリバイでも照らし合わせ、犯人捜しをすればいいのか。
 陽菜乃が危うく見えたのか、真っ青になっていた奈月が陽菜乃の肩を叩いた。
「もう夜も遅いし、明日考えよう。明るくなったらここを出て、警察を呼ぼう」
「せやな。オレらで橋を作るなり、庭でのろしを上げるなり、SOSの大文字を作るなり、手はあるやろ」
 奈月の言葉に、和樹が同調した。
「そうだね、なんとかなるよね」
 陽菜乃もうなずいた。二人のポジティブさに救われた気がした。
 ただ問題を先送りしているにすぎなくても、今はなにも考えたくない。
 サークルメンバーたちは一階のエントランスに集合した。さきほど奈月が言っていたように、今日は眠ろうという話になった。
ただし、部屋の戸締りだけはしっかりすることを確認し、口数が少ないまま、メンバーはそれぞれの部屋に戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

パパラッチ!~優しいカメラマンとエース記者 秘密はすべて暴きます~

じゅん
ライト文芸
【第6回「ライト文芸大賞」奨励賞 受賞👑】 イケメンだがどこか野暮ったい新人カメラマン・澄生(スミオ・24歳)と、超絶美人のエース記者・紫子(ユカリコ・24歳)による、連作短編のお仕事ヒューマンストーリー。澄生はカメラマンとして成長し、紫子が抱えた父親の死の謎を解明していく。  週刊誌の裏事情にも触れる、元・芸能記者の著者による、リアル(?)なヒューマン・パパラッチストーリー!

マスクドアセッサー

碧 春海
ミステリー
主人公朝比奈優作が裁判員に選ばれて1つの事件に出会う事から始まるミステリー小説 朝比奈優作シリーズ第5弾。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

名探偵シャーロット・ホームズの冒険譚

高梁まや
ミステリー
古き良き時代。 街角のガス灯が霧にけぶる都市の一角、ベイカー街221Bに住んでいたシャーロット・ホームズという名探偵がいた。 この文書は、その同居人であり、パートナーでもあった医師、ジェームズ・H・ワトスンが後に記した回想録の抜粋である。

きっと、勇者のいた会社

西野 うみれ
ミステリー
伝説のエクスカリバーを抜いたサラリーマン、津田沼。彼の正体とは?? 冴えないサラリーマン津田沼とイマドキの部下吉岡。喫茶店で昼メシを食べていた時、お客様から納品クレームが発生。謝罪に行くその前に、引っこ抜いた1本の爪楊枝。それは伝説の聖剣エクスカリバーだった。運命が変わる津田沼。津田沼のことをバカにしていた吉岡も次第に態度が変わり…。現代ファンタジーを起点に、あくまでもリアルなオチでまとめた読後感スッキリのエンタメ短編です。転生モノではありません!

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

【完結】夢追い人のシェアハウス ~あなたに捧げるチアソング~

じゅん
キャラ文芸
 国際ピアノコンクールの優勝候補・拓斗(19歳)は、頭に衝撃を受けてから指が思うように動かなくなり、絶望して部屋に引きこもっていた。  そこにかつての親友・雄一郎(19歳)が訪ねてきて、「夢がある者」しか住めないシェアハウスに連れて行く――。  拓斗はそのシェアハウスで漫画家、声優などを夢見る者たちに触れ合うことで、自分を見つめ直し、本来の夢を取り戻していく。  その過程で、拓斗を導いていた雄一郎の夢や葛藤も浮き彫りになり、拓斗は雄一郎のためにピアノのコンクールの入賞を目指すようになり……。  夢を追う者たちを連作短編形式で描きながら、拓斗が成長していく、友情の青春ヒューマンストーリー。  諦めず夢に向かって頑張っている人への応援歌です。

処理中です...