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陽菜乃 合宿一日目 夜
陽菜乃 合宿一日目 夜 その3
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陽菜乃が昏い思考の海に溺れかけていると、階段を上がってくる足音に意識を引き戻された。
「えらいこっちゃ! 電話が繋がらへん」
戻ってきたのは和樹だ。息を切らして、額には汗が浮かんでいる。汗が目に入って染みたのか、腕で目を擦りながら和樹は続けた。
「それだけやない……」
和樹は背中を丸めて、息を整えるために言葉を切った。
「まだなにかあるの?」
「吊り橋が……」
和樹はぜいと息を吐いた。
「吊り橋が、切れとる」
「なんですって」
峡谷を繋いでいた唯一の吊り橋が使えないのであれば、陽菜乃たちはこの別荘が建つ陸の孤島に閉じ込められたことになる。
陽菜乃はクリスたちと顔を合わせた。みんな戸惑いを隠せないような表情だ。
いてもたってもいられず、確かめるために陽菜乃は一階に向かった。
まずは、玄関ホールに置かれているピンクの公衆電話だ。受話器をあげてみるが、音がしない。
「電話線を切られとるんや」
陽菜乃についてきていた和樹が言った。
よく見ると、電話から伸びた黒い線の先がない。断面を見ると、ハサミのような鋭利なもので意図的に切られたようだ。
「誰がこんなことを……」
「そんなん、オレが知りたいわ」
いつ切られたのだろうか。今日この別荘に来てから誰も電話を使っていないはずだ。時間を特定するのは難しいかもしれない。
「この電話だけが外部との通信手段だったのに……」
肩を落としながら陽菜乃は外に出る。
真っ暗で数メートル先さえ見えなかった。携帯のライトを使って転ばないように気をつけながら歩き、吊り橋に辿りつく。うるさいはずの渓流の音がほとんど耳に入ってこなかった。
吊り橋付近には、奈月たちが呆然と立っていた。
「電話線が切られていたから、まさかと思って見に来たの」
奈月は陽菜乃を振り返った。
「電話もネットもつながらない。橋も落ちてる。これってあたしたち、この屋敷から出られないってことでしょ」
奈月が震える声で陽菜乃に言った。
「ねえ、キャロルは大丈夫だよね?」
奈月の言葉に、陽菜乃は黙って首を横に振った。奈月はその場で膝をついて両手で顔を覆う。
「キャロル……!」
悲鳴のような声だった。
この状況だ、奈月も想定していた回答だろう。しかし嗚咽を堪えきれずに肩を震わせている。
奈月になんと声をかけていいのかわからなかった。それ以前に、陽菜乃自身に慰める余裕がない。
それでも陽菜乃は気丈に、この場に来た目的を成し遂げようと橋の袂をライトで照らした。
陽菜乃たちのいる屋敷側から、やはり鋭利なもので蔦のロープが切られていた。
もし向こう岸で橋が切られていたのなら、一連の犯人は外部犯の可能性が高くなったのに。
サークル内の誰かがキャロルを殺して、電話線と橋を切り落としたのだろうか。それとも、この敷地内に第三者が潜んでいるのか。
いつ、誰が、なんのために……。
しっかり考えなければいけないのに、一度に絶望的な情報が押し寄せて頭がフリーズしそうになる。
「とりあえず、戻りましょう」
陽菜乃はそうみんなに声をかけて、力のない足取りで屋敷に戻った。短いはずの道のりが何倍にも感じる。
力の抜けた陽菜乃ひとりの力では重い扉が動かせず、奈月に手伝ってもらってなんとか開けた。
これからどうすればいいのかわからない。みんなで集まってアリバイでも照らし合わせ、犯人捜しをすればいいのか。
陽菜乃が危うく見えたのか、真っ青になっていた奈月が陽菜乃の肩を叩いた。
「もう夜も遅いし、明日考えよう。明るくなったらここを出て、警察を呼ぼう」
「せやな。オレらで橋を作るなり、庭でのろしを上げるなり、SOSの大文字を作るなり、手はあるやろ」
奈月の言葉に、和樹が同調した。
「そうだね、なんとかなるよね」
陽菜乃もうなずいた。二人のポジティブさに救われた気がした。
ただ問題を先送りしているにすぎなくても、今はなにも考えたくない。
サークルメンバーたちは一階のエントランスに集合した。さきほど奈月が言っていたように、今日は眠ろうという話になった。
ただし、部屋の戸締りだけはしっかりすることを確認し、口数が少ないまま、メンバーはそれぞれの部屋に戻った。
「えらいこっちゃ! 電話が繋がらへん」
戻ってきたのは和樹だ。息を切らして、額には汗が浮かんでいる。汗が目に入って染みたのか、腕で目を擦りながら和樹は続けた。
「それだけやない……」
和樹は背中を丸めて、息を整えるために言葉を切った。
「まだなにかあるの?」
「吊り橋が……」
和樹はぜいと息を吐いた。
「吊り橋が、切れとる」
「なんですって」
峡谷を繋いでいた唯一の吊り橋が使えないのであれば、陽菜乃たちはこの別荘が建つ陸の孤島に閉じ込められたことになる。
陽菜乃はクリスたちと顔を合わせた。みんな戸惑いを隠せないような表情だ。
いてもたってもいられず、確かめるために陽菜乃は一階に向かった。
まずは、玄関ホールに置かれているピンクの公衆電話だ。受話器をあげてみるが、音がしない。
「電話線を切られとるんや」
陽菜乃についてきていた和樹が言った。
よく見ると、電話から伸びた黒い線の先がない。断面を見ると、ハサミのような鋭利なもので意図的に切られたようだ。
「誰がこんなことを……」
「そんなん、オレが知りたいわ」
いつ切られたのだろうか。今日この別荘に来てから誰も電話を使っていないはずだ。時間を特定するのは難しいかもしれない。
「この電話だけが外部との通信手段だったのに……」
肩を落としながら陽菜乃は外に出る。
真っ暗で数メートル先さえ見えなかった。携帯のライトを使って転ばないように気をつけながら歩き、吊り橋に辿りつく。うるさいはずの渓流の音がほとんど耳に入ってこなかった。
吊り橋付近には、奈月たちが呆然と立っていた。
「電話線が切られていたから、まさかと思って見に来たの」
奈月は陽菜乃を振り返った。
「電話もネットもつながらない。橋も落ちてる。これってあたしたち、この屋敷から出られないってことでしょ」
奈月が震える声で陽菜乃に言った。
「ねえ、キャロルは大丈夫だよね?」
奈月の言葉に、陽菜乃は黙って首を横に振った。奈月はその場で膝をついて両手で顔を覆う。
「キャロル……!」
悲鳴のような声だった。
この状況だ、奈月も想定していた回答だろう。しかし嗚咽を堪えきれずに肩を震わせている。
奈月になんと声をかけていいのかわからなかった。それ以前に、陽菜乃自身に慰める余裕がない。
それでも陽菜乃は気丈に、この場に来た目的を成し遂げようと橋の袂をライトで照らした。
陽菜乃たちのいる屋敷側から、やはり鋭利なもので蔦のロープが切られていた。
もし向こう岸で橋が切られていたのなら、一連の犯人は外部犯の可能性が高くなったのに。
サークル内の誰かがキャロルを殺して、電話線と橋を切り落としたのだろうか。それとも、この敷地内に第三者が潜んでいるのか。
いつ、誰が、なんのために……。
しっかり考えなければいけないのに、一度に絶望的な情報が押し寄せて頭がフリーズしそうになる。
「とりあえず、戻りましょう」
陽菜乃はそうみんなに声をかけて、力のない足取りで屋敷に戻った。短いはずの道のりが何倍にも感じる。
力の抜けた陽菜乃ひとりの力では重い扉が動かせず、奈月に手伝ってもらってなんとか開けた。
これからどうすればいいのかわからない。みんなで集まってアリバイでも照らし合わせ、犯人捜しをすればいいのか。
陽菜乃が危うく見えたのか、真っ青になっていた奈月が陽菜乃の肩を叩いた。
「もう夜も遅いし、明日考えよう。明るくなったらここを出て、警察を呼ぼう」
「せやな。オレらで橋を作るなり、庭でのろしを上げるなり、SOSの大文字を作るなり、手はあるやろ」
奈月の言葉に、和樹が同調した。
「そうだね、なんとかなるよね」
陽菜乃もうなずいた。二人のポジティブさに救われた気がした。
ただ問題を先送りしているにすぎなくても、今はなにも考えたくない。
サークルメンバーたちは一階のエントランスに集合した。さきほど奈月が言っていたように、今日は眠ろうという話になった。
ただし、部屋の戸締りだけはしっかりすることを確認し、口数が少ないまま、メンバーはそれぞれの部屋に戻った。
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