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陽菜乃 合宿一日目 夜

陽菜乃 合宿一日目 夜 その2

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 奈月や陽菜乃の様子に、キャロルの部屋の中まで見えないメンバーたちも、ただ事ではないことを察しているようだ。あれだけの量だ、血の匂いが廊下まで流れているのかもしれない。
「そうだ。救急車呼ばなきゃ。携帯……は圏外なんだ。ああもう、一階に行かなきゃ電話がないっ」
 奈月は髪をかきまわしながら走り出した。
「俺も行く」
 何人かの足音が慌ただしく遠ざかっていった。
「まったく動きませんね」
 クリスが呟く。陽菜乃が振り返ると、クリスと龍之介が残っていた。
「クリスは医学部だったよな。キャロルの脈とか見てくれよ」
「わかりました」
 龍之介に促され、クリスが部屋に入った。陽菜乃と龍之介もその後に続いて入室する。とはいえ、八畳ほどの広くもない部屋なので、数歩進んだだけだ。それだけでも血の匂いが濃厚になった。
部屋には血が飛び散っている。クリスはできるだけ血を踏まないように近づいて、キャロルの傍で屈んだ。
キャロルの左腕は腰のあたりに真っ直ぐ伸びていて、右手はひじを曲げて顔付近にある。その手をクリスは握る。
「手は温かい」
 クリスは呟くようにそう言った。
 キャロルの両足はかるく膝が曲がっている程度で、場所が床でなければ、うつぶせで寝ているだけのような姿勢だ。着衣に乱れもない。
 その様子を見ながら、陽菜乃はキャロルの近くに包丁が転がっているのを見つけた。厨房にあった、この別荘の包丁だ。
 刃の部分は血で染まっている。この包丁で刺されたのだろうか。
 陽菜乃はブルリと震えた。
 血だまりはキャロルの胸から首のあたりを中心に広がっている。
 クリスはしばらくキャロルの腕を握っていたが、そっと腕を下ろすと立ち上がった。
「脈はありません」
 陽菜乃は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「どういうこと?」
 脳が言葉を受け入れることを拒否する。
「亡くなっているということです」
 クリスが静かに告げた。
 陽菜乃は呆然と立ち尽くし、何も考えられなくなった。
「警察が来るまで、部屋をこのままにしておこう。きっと触らない方がいい」
 龍之介がそう言って、動けない陽菜乃を促して部屋を出てドアを閉めた。電気も消さずにそのままの現状を維持する。
「……キャロルは、殺されたの?」
「……」
 龍之介もクリスも答えなかった。
 あの状況で、事故や自殺は考えられるだろうか。いや、それはありえないと陽菜乃は思う。
 他殺だとしたら。
 ――合宿メンバーの誰かが殺したことになるのではないか。
 こんな山奥の別荘に、他の誰がいるというのか。
 しかし、これほど仲のいいサークルメンバーの中で、殺人なんて起こるとは考えられない。しかもキャロルは人当たりがよく、誰からも愛されていた。
 ……本当にそうだろうか。
 陽菜乃はふと思った。
 キャロルの性格を全て把握しているわけではない。それに、サークルメンバーだって、本当に仲がいいのかわからないではないか。
 心の中は見えないのだから。
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