上 下
17 / 55
龍之介 合宿一日目 昼

龍之介 合宿一日目 昼 その10

しおりを挟む
 プロ級のクリスの後にマジックショーをするのは嫌なものだろう。次は誰がやろうかと、メンバーは顔を見合わせた。
「ワタシがやるネ」
 キャロルが立ち上がった。
 彼女も昼間とは違うドレスに着替えていた。龍之介はマジックショーが終わったらそのまま寝られるようにと寝間着代わりのジャージを着ていたので、申し訳ない気持ちになってきた。次回はショー用の正装をしよう。
 キャロルは軽快な音楽を流した。クリスのスピーカーが大活躍している。拍手でキャロルのマジックを迎えた。
 まずは、右手に持った一枚のコインを左手に渡したように見せて、左手には何も持っていないというリテンション・パスからスタートだ。なめらかに行うことでコインが光って左の手の平に残像が残り、コインが置かれたような錯覚を起こせる。
 人差し指から小指の背中にコインが生き物のように転がっていくコインロールを挟んで、銀貨が銅貨に変わるパーム・チェンジ、二枚のように見えたコインを四枚に増やして、親指と人差し指、人差し指と中指、と指の間でコインを広げていくロールダウンを披露。ここまでキャロルはスムーズに行った。
 キャロルは大学に入ってから初めてマジックに触れたと言っていた。興味半分で入ったサークルだったようだが、龍之介やクリスの本格的なマジックを見ているうちに、真剣に練習するようになったという。
「あっ」
キャロルはコインを床に落とした。
マジックには失敗したように演出して実は成功している、というサッカートリックという技法がある。しかしキャロルは慌てて拾っていたので、単なる失敗のようだ。手を交差させて死角を作り、マッスルパスでコインを移動させようとして、思ったように飛ばなかったのだと思われる。
そういえば、キャロルはマッスルパスが気にいったようでよく練習しているのだが、成功したことは一度もなかった。
 失敗は誰でもするが、観客に失敗だと気づかれるのはいただけない。いまだに龍之介もミスをするが、予定のマジックを変更するなどして、客に悟られないようにしていた。ミスした場合のフォロー方法を教えよう、と龍之介は思った。
 こうして八人のステージが終わった。レベルはそれぞれだが、客を楽しませようとしているのが伝わってくる楽しいショーだった。
続いて、このショーに対する意見交換タイムだ。それぞれのマジックについて、技法についてだけでなく、立ち方、持ち方、角度、目線、喋り方、動き方など、様々な視点から講評とアドバイスをする。こういう時に、持ち込んでいたシートミラーやビデオが役に立つ。
誰が決めたわけではないが、メンバーが集まるとまとめ役はクリスになる。
「このあたりにして、今日は休みましょう」
 話は尽きなかったが、二十三時を過ぎた頃、クリスの一声で解散となった。運転の疲れが抜けていない龍之介としてはありがたい。
 明日の朝七時に食堂に待ち合わせてみんなで朝食を作る約束をして、それぞれ部屋に戻った。
「さて、クリスはどうやってたかな」
 龍之介は忘れないうちに、クリスのカードフロートを再現することにした。
道具はだいたい揃っている。シルクハットは持って来ていないが、キャップで代用すればいいだろう。
 カードフロートをする場合、インビジブル・スレッドともう一つ、必須なアイテムがある。
マジシャンズ・ワックスというものだ。
これも名前のとおり、マジシャンが使うことを想定した接着剤の役割をする道具で、二枚のコインを張り付けて一枚に見せたり、見せたコインを布に張り付けてコインが消失したように見せることもできる。ものにもよるが、カードにつけたワックスは剥がせばあとが残らない。
 カードフロートの場合は、カードとインビジブル・スレッドを接着させるのに使う。ワックスが残らなければ、浮いたように見せていたカードを客に見せて、種も仕掛けもないと言うことも出来る。
「帽子のこの辺りから、このくらいの長さの糸を垂らして、横を向きながらこの糸の隙間に腕を通して……」
 記憶を頼りに何度か試して、かなりクリスの実演に近い演技になった頃には、一時間近くが経過していた。
「こんなもんか。いい加減に寝よう」
 やり始めるととまらなくなってしまう。龍之介は凝り性すぎるきらいがあるので、やりすぎないように注意していた。
 道具を片づけて、大きく伸びをする。
「眠れるかな」
身体は疲れているのだが、気持ちが昂揚していて、まったく眠気がなかった。
 龍之介は歯ブラシセットを持って洗面台に行く。廊下がしんと静まり返っているのを見ると、みんな寝てしまったのか。
 廊下の窓の外を覗きこんだ。高い崖と緑が広がっているはずだが、真っ暗でなにも見えない。
闇の帳の奥には、どこか異空間に繋がっているような、そんな不気味さを感じた。
「そういえばこの別荘、幽霊が出るんだっけ」
 幽霊は、この世に未練を残した人間の魂なのだろうか。
逆に言えば、亡くなった者が姿を現さないということは、この世になんの未練も執心もないということか。
「あいつは今の俺に、言いたいことはないのかな」
 龍之介は、窓に映った自分を見ながら呟いた。
 ほっそりとした長い黒髪の女性を思い出す。
「出てこいよ」
 彼女が現れたら、なにを伝えたいのか。
 ――なんと言われたいのか。
 そんなことを思って、龍之介は苦笑した。
 窓に映る自分を指の背でコツコツと叩いた。
 歯を磨き終えて、龍之介は部屋に向かう。
その間、誰とも会わなかった。
老朽化した建物なら廊下がきしみそうなものだが、絨毯の敷かれた廊下を歩いても音がしない。よほど頑丈に作られているのか、メンテナンスがされているのか。
「……」
 端にある自分の部屋のドアを開けた時、龍之介はドキリとして手をとめた。
微かに、女性の悲鳴のような声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

パパラッチ!~優しいカメラマンとエース記者 秘密はすべて暴きます~

じゅん
ライト文芸
【第6回「ライト文芸大賞」奨励賞 受賞👑】 イケメンだがどこか野暮ったい新人カメラマン・澄生(スミオ・24歳)と、超絶美人のエース記者・紫子(ユカリコ・24歳)による、連作短編のお仕事ヒューマンストーリー。澄生はカメラマンとして成長し、紫子が抱えた父親の死の謎を解明していく。  週刊誌の裏事情にも触れる、元・芸能記者の著者による、リアル(?)なヒューマン・パパラッチストーリー!

マスクドアセッサー

碧 春海
ミステリー
主人公朝比奈優作が裁判員に選ばれて1つの事件に出会う事から始まるミステリー小説 朝比奈優作シリーズ第5弾。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

名探偵シャーロット・ホームズの冒険譚

高梁まや
ミステリー
古き良き時代。 街角のガス灯が霧にけぶる都市の一角、ベイカー街221Bに住んでいたシャーロット・ホームズという名探偵がいた。 この文書は、その同居人であり、パートナーでもあった医師、ジェームズ・H・ワトスンが後に記した回想録の抜粋である。

きっと、勇者のいた会社

西野 うみれ
ミステリー
伝説のエクスカリバーを抜いたサラリーマン、津田沼。彼の正体とは?? 冴えないサラリーマン津田沼とイマドキの部下吉岡。喫茶店で昼メシを食べていた時、お客様から納品クレームが発生。謝罪に行くその前に、引っこ抜いた1本の爪楊枝。それは伝説の聖剣エクスカリバーだった。運命が変わる津田沼。津田沼のことをバカにしていた吉岡も次第に態度が変わり…。現代ファンタジーを起点に、あくまでもリアルなオチでまとめた読後感スッキリのエンタメ短編です。転生モノではありません!

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

【完結】夢追い人のシェアハウス ~あなたに捧げるチアソング~

じゅん
キャラ文芸
 国際ピアノコンクールの優勝候補・拓斗(19歳)は、頭に衝撃を受けてから指が思うように動かなくなり、絶望して部屋に引きこもっていた。  そこにかつての親友・雄一郎(19歳)が訪ねてきて、「夢がある者」しか住めないシェアハウスに連れて行く――。  拓斗はそのシェアハウスで漫画家、声優などを夢見る者たちに触れ合うことで、自分を見つめ直し、本来の夢を取り戻していく。  その過程で、拓斗を導いていた雄一郎の夢や葛藤も浮き彫りになり、拓斗は雄一郎のためにピアノのコンクールの入賞を目指すようになり……。  夢を追う者たちを連作短編形式で描きながら、拓斗が成長していく、友情の青春ヒューマンストーリー。  諦めず夢に向かって頑張っている人への応援歌です。

処理中です...