Oil & Water~サークル合宿の悲劇~

じゅん

文字の大きさ
上 下
16 / 55
龍之介 合宿一日目 昼

龍之介 合宿一日目 昼 その9

しおりを挟む
 クリスはまず、顏の脇で両手の甲を見せ、ひっくり返して手の平も見せた。
「なにも持っていませんね」
指先もしっかりと開いて動かし、指で挟んだバック・パームがないことをアピールする。
 その状態から両手を合わせると、カードが一枚出現した。客席を見てにっこりと微笑む。メンバーから感嘆の声が上がった。
クリスはまた指先に視線を戻すと、カードを振った。すると一枚に見えていたカードが複数枚に増えて、そのカードを扇型に広げて見せた。ファンという、現象を華やかに見せるフラリッシュの一つだ。簡単そうに見えるが、片手で均等にカードを広げるには練習が必要だ。
ファンをしたカードの表面を客席に見せる。カードは八枚あり、左側の四枚が赤、右側の四枚が黒だ。
「赤のカードは水、黒のカードは油を表しています。水と油は混ぜても分離してしまいます。試してみましょう」
クリスは表を客席に向けたまま、赤いカードに一枚ずつ黒いカードを確実に差し込んでいく。赤と黒が交互に並んでいる状態だ。クリスは一度をカードまとめる。
「間違いなく、水と油が混ざった状態です」
交互になっているカードを表むきに広げて客席に見せる。そしてカードをまとめて、八枚の束をそのまま、裏面で手の平に置く。
「このまま時間をおくと、水と油が分離します」
パチンと指を鳴らし、クリスは上から一枚ずつカードをめくっていく。赤と黒が交互になっていたはずが、上の四枚が油と見立てた黒いカード、下の四枚が水に見立てた赤いカードに分離していた。ここでまた拍手が起こる。
このマジックは「オイル&ウォーター」という有名な作品だ。六枚~十枚ほど使うことが多い。マジシャンたちに愛用され、かなり多くのバリエーションがある。水と油に見立てた赤と黒のカードを交互に混ぜても、しばらくすると赤と黒に分かれてしまう、という現象だ。
赤と黒が分かれた状態でカードを振ると、実際の水と油を振って拡散させたかのように、また赤と黒が交互になるというオチをつけることもある。
 クリスはおそらく、赤と黒が交互になっているカードを束にまとめるとき、そして「間違いなく、水と油が混ざった状態です」ともう一度客にカードを広げて見せたときに、カルを行って赤と黒にカードを分けたのだろう。
カルというのは、カードを広げたりしながら、任意のカードを見えないように抜く技法だ。複数のカードを束の後ろに集めたりできる。
舞台上では次の演技に入っていた。
クリスは表情や視線でも観客の注目を誘導しているところが上手い。間も絶妙なのでひきつけられた。
 技術もさることながら、クリスの手の動きは洗練されていて美しい。マジシャンは手を見られるので、動きはもちろんのこと、手の手入れもかかせない。クリスは爪まで磨きこまれている。それは龍之介も同じだ。
 音楽が盛り上がってくるのに合わせて、クリスはカードを空中に浮かせた。カードを投げて落としているのではなく、空間にふわふわと浮かせているのだ。一枚だけではなく、四枚、五枚と増やし、踊るように鮮やかに、浮かせたカードを操っている。音楽の効果もあいまって、幻想的な演出となっていた。
「すごいな」
 思わず龍之介は呟いた。
 カードを浮かすことを「カードフロート」と呼んだりするが、大概インビジブル・スレッドを使っている。
インビジブル・スレッド。文字通り、見えない糸だ。
白い背景でよく目を凝らすと黒く細い糸が確認できるのだが、一メートルほど離れしまえば、目視するのは困難だ。
帽子のつばや服とカードを見えない糸で繋げていることが多いのだが、クリスは複数のカードを巧みに操っていて、どのカードがどこに繋がっているのか、龍之介でもわからない。まさか糸以外の方法を使っているわけでもあるまい。
 インビジブル・スレッドは細い分強度がないので、カードや煙草くらいなら問題がないが、椅子やテーブル、人を浮かせることはできない。そのようなマジックは、また別の細工が必要だ。
 あっという間に七分がすぎた。
 始まりと同じように、クリスは優雅に礼をする。
拍手と歓声がわいた。龍之介も心からクリスに拍手を送る。
席に戻ったクリスは「どうやっとるん」と和樹に種明かしをねだられている。
「これは和樹でなくても聞きたくなるな」
 龍之介は呟く。
わからなかった技法を尋ねるのは簡単だが、龍之介にはマジックで給金をもらっている矜持があるので、部屋に戻ってからこっそりクリスのステージを再現してみようと考えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

彼女が愛した彼は

朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。 朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。

高校のナゾ

Zero
ミステリー
主人公 白鷺新一が入学した高校で次々と起こる事件。 新一はそれらを解決することができるのか

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

処理中です...