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龍之介 合宿一日目 昼
龍之介 合宿一日目 昼 その9
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クリスはまず、顏の脇で両手の甲を見せ、ひっくり返して手の平も見せた。
「なにも持っていませんね」
指先もしっかりと開いて動かし、指で挟んだバック・パームがないことをアピールする。
その状態から両手を合わせると、カードが一枚出現した。客席を見てにっこりと微笑む。メンバーから感嘆の声が上がった。
クリスはまた指先に視線を戻すと、カードを振った。すると一枚に見えていたカードが複数枚に増えて、そのカードを扇型に広げて見せた。ファンという、現象を華やかに見せるフラリッシュの一つだ。簡単そうに見えるが、片手で均等にカードを広げるには練習が必要だ。
ファンをしたカードの表面を客席に見せる。カードは八枚あり、左側の四枚が赤、右側の四枚が黒だ。
「赤のカードは水、黒のカードは油を表しています。水と油は混ぜても分離してしまいます。試してみましょう」
クリスは表を客席に向けたまま、赤いカードに一枚ずつ黒いカードを確実に差し込んでいく。赤と黒が交互に並んでいる状態だ。クリスは一度をカードまとめる。
「間違いなく、水と油が混ざった状態です」
交互になっているカードを表むきに広げて客席に見せる。そしてカードをまとめて、八枚の束をそのまま、裏面で手の平に置く。
「このまま時間をおくと、水と油が分離します」
パチンと指を鳴らし、クリスは上から一枚ずつカードをめくっていく。赤と黒が交互になっていたはずが、上の四枚が油と見立てた黒いカード、下の四枚が水に見立てた赤いカードに分離していた。ここでまた拍手が起こる。
このマジックは「オイル&ウォーター」という有名な作品だ。六枚~十枚ほど使うことが多い。マジシャンたちに愛用され、かなり多くのバリエーションがある。水と油に見立てた赤と黒のカードを交互に混ぜても、しばらくすると赤と黒に分かれてしまう、という現象だ。
赤と黒が分かれた状態でカードを振ると、実際の水と油を振って拡散させたかのように、また赤と黒が交互になるというオチをつけることもある。
クリスはおそらく、赤と黒が交互になっているカードを束にまとめるとき、そして「間違いなく、水と油が混ざった状態です」ともう一度客にカードを広げて見せたときに、カルを行って赤と黒にカードを分けたのだろう。
カルというのは、カードを広げたりしながら、任意のカードを見えないように抜く技法だ。複数のカードを束の後ろに集めたりできる。
舞台上では次の演技に入っていた。
クリスは表情や視線でも観客の注目を誘導しているところが上手い。間も絶妙なのでひきつけられた。
技術もさることながら、クリスの手の動きは洗練されていて美しい。マジシャンは手を見られるので、動きはもちろんのこと、手の手入れもかかせない。クリスは爪まで磨きこまれている。それは龍之介も同じだ。
音楽が盛り上がってくるのに合わせて、クリスはカードを空中に浮かせた。カードを投げて落としているのではなく、空間にふわふわと浮かせているのだ。一枚だけではなく、四枚、五枚と増やし、踊るように鮮やかに、浮かせたカードを操っている。音楽の効果もあいまって、幻想的な演出となっていた。
「すごいな」
思わず龍之介は呟いた。
カードを浮かすことを「カードフロート」と呼んだりするが、大概インビジブル・スレッドを使っている。
インビジブル・スレッド。文字通り、見えない糸だ。
白い背景でよく目を凝らすと黒く細い糸が確認できるのだが、一メートルほど離れしまえば、目視するのは困難だ。
帽子のつばや服とカードを見えない糸で繋げていることが多いのだが、クリスは複数のカードを巧みに操っていて、どのカードがどこに繋がっているのか、龍之介でもわからない。まさか糸以外の方法を使っているわけでもあるまい。
インビジブル・スレッドは細い分強度がないので、カードや煙草くらいなら問題がないが、椅子やテーブル、人を浮かせることはできない。そのようなマジックは、また別の細工が必要だ。
あっという間に七分がすぎた。
始まりと同じように、クリスは優雅に礼をする。
拍手と歓声がわいた。龍之介も心からクリスに拍手を送る。
席に戻ったクリスは「どうやっとるん」と和樹に種明かしをねだられている。
「これは和樹でなくても聞きたくなるな」
龍之介は呟く。
わからなかった技法を尋ねるのは簡単だが、龍之介にはマジックで給金をもらっている矜持があるので、部屋に戻ってからこっそりクリスのステージを再現してみようと考えていた。
「なにも持っていませんね」
指先もしっかりと開いて動かし、指で挟んだバック・パームがないことをアピールする。
その状態から両手を合わせると、カードが一枚出現した。客席を見てにっこりと微笑む。メンバーから感嘆の声が上がった。
クリスはまた指先に視線を戻すと、カードを振った。すると一枚に見えていたカードが複数枚に増えて、そのカードを扇型に広げて見せた。ファンという、現象を華やかに見せるフラリッシュの一つだ。簡単そうに見えるが、片手で均等にカードを広げるには練習が必要だ。
ファンをしたカードの表面を客席に見せる。カードは八枚あり、左側の四枚が赤、右側の四枚が黒だ。
「赤のカードは水、黒のカードは油を表しています。水と油は混ぜても分離してしまいます。試してみましょう」
クリスは表を客席に向けたまま、赤いカードに一枚ずつ黒いカードを確実に差し込んでいく。赤と黒が交互に並んでいる状態だ。クリスは一度をカードまとめる。
「間違いなく、水と油が混ざった状態です」
交互になっているカードを表むきに広げて客席に見せる。そしてカードをまとめて、八枚の束をそのまま、裏面で手の平に置く。
「このまま時間をおくと、水と油が分離します」
パチンと指を鳴らし、クリスは上から一枚ずつカードをめくっていく。赤と黒が交互になっていたはずが、上の四枚が油と見立てた黒いカード、下の四枚が水に見立てた赤いカードに分離していた。ここでまた拍手が起こる。
このマジックは「オイル&ウォーター」という有名な作品だ。六枚~十枚ほど使うことが多い。マジシャンたちに愛用され、かなり多くのバリエーションがある。水と油に見立てた赤と黒のカードを交互に混ぜても、しばらくすると赤と黒に分かれてしまう、という現象だ。
赤と黒が分かれた状態でカードを振ると、実際の水と油を振って拡散させたかのように、また赤と黒が交互になるというオチをつけることもある。
クリスはおそらく、赤と黒が交互になっているカードを束にまとめるとき、そして「間違いなく、水と油が混ざった状態です」ともう一度客にカードを広げて見せたときに、カルを行って赤と黒にカードを分けたのだろう。
カルというのは、カードを広げたりしながら、任意のカードを見えないように抜く技法だ。複数のカードを束の後ろに集めたりできる。
舞台上では次の演技に入っていた。
クリスは表情や視線でも観客の注目を誘導しているところが上手い。間も絶妙なのでひきつけられた。
技術もさることながら、クリスの手の動きは洗練されていて美しい。マジシャンは手を見られるので、動きはもちろんのこと、手の手入れもかかせない。クリスは爪まで磨きこまれている。それは龍之介も同じだ。
音楽が盛り上がってくるのに合わせて、クリスはカードを空中に浮かせた。カードを投げて落としているのではなく、空間にふわふわと浮かせているのだ。一枚だけではなく、四枚、五枚と増やし、踊るように鮮やかに、浮かせたカードを操っている。音楽の効果もあいまって、幻想的な演出となっていた。
「すごいな」
思わず龍之介は呟いた。
カードを浮かすことを「カードフロート」と呼んだりするが、大概インビジブル・スレッドを使っている。
インビジブル・スレッド。文字通り、見えない糸だ。
白い背景でよく目を凝らすと黒く細い糸が確認できるのだが、一メートルほど離れしまえば、目視するのは困難だ。
帽子のつばや服とカードを見えない糸で繋げていることが多いのだが、クリスは複数のカードを巧みに操っていて、どのカードがどこに繋がっているのか、龍之介でもわからない。まさか糸以外の方法を使っているわけでもあるまい。
インビジブル・スレッドは細い分強度がないので、カードや煙草くらいなら問題がないが、椅子やテーブル、人を浮かせることはできない。そのようなマジックは、また別の細工が必要だ。
あっという間に七分がすぎた。
始まりと同じように、クリスは優雅に礼をする。
拍手と歓声がわいた。龍之介も心からクリスに拍手を送る。
席に戻ったクリスは「どうやっとるん」と和樹に種明かしをねだられている。
「これは和樹でなくても聞きたくなるな」
龍之介は呟く。
わからなかった技法を尋ねるのは簡単だが、龍之介にはマジックで給金をもらっている矜持があるので、部屋に戻ってからこっそりクリスのステージを再現してみようと考えていた。
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