Oil & Water~サークル合宿の悲劇~

じゅん

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龍之介 合宿一日目 昼

龍之介 合宿一日目 昼 その6

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 風呂に入ったりテレビを見たりしてそれぞれが自由に過ごし、二十時に食堂で待ち合わせる。メンバー全員、時間通りに集まった。
 初日の夜は、ジャンルフリーで一人七分間のマジックショーを行う予定を組んでいた。初心者にとっては人前でマジックを披露することに慣れるため、そして粗を指摘してもらって改善する目的がある。龍之介やクリスのような上級者の技を見て研究することもできる。
 上級者にとっても意外な指摘を受けることがあるし、習得したての技の反応を見ることができるので、仲間内で披露する意味はあるのだ。
 食事の時には長テーブルを囲っていたが、テーブルは部屋の隅に寄せて、ステージに見立てた位置を中心に、椅子を直線に八つ並べて長テーブルも前に添えた。お菓子や飲み物を置くためだ。
 龍之介は七人の前に立った。近くのテーブルに事前に用意したプリントやマジック道具を並べる。
「あれ、桜子。そんなところに指輪してたっけ?」
 奈月の声が聞こえて龍之介は視線を向けた。桜子の左手の薬指には、シンプルなシルバーリングが光っていた。
「っていうか桜子、それって恋人がいるってことだよね?」
 奈月は興奮している。
「うん、そうだね」
 桜子が頬を染めて、軽くうなずいた。
「桜子ずるい! このサークルの一年はみんなフリーだと思って仲間意識があったのに。いつから? 陽菜乃は知ってた?」
「さあ……」
 奈月に迫られて、陽菜乃は苦笑している。
「桜子ってば、さっき車の中で、『一生片思いだ』みたいなこと言ってよね。あれは嘘だったの? 相手は誰? 白状しなさいっ」
 奈月は桜子に掴みかからんばかりの勢いだ。困っている桜子に、龍之介は助け舟を出してやることにした。パンパンと手を叩く。
「そこまで。時間が過ぎているから始めよう」
 そう言われては、恋愛トーク好きらしい奈月も引き下がらざるを得ない。静かになったメンバーに視線を流して、龍之介は口を開いた。
「奇術というのはなんぞや、というところから始めてみようか。先輩からは、こういう講義を受けなかったからな」
 龍之介はそう切り出した。
“奇術”を辞書でひくと、『観客にわからないような仕掛けで人の目をくらまし、いかにも不思議なことが起こったように見せる芸』と書いてあったりする。だからイカサマやペテンという、ネガティブな意味でも使われることがある。
「日本の奇術は奈良時代に始まったとされる。歴史の長い芸能だな。“手品”は身の回りの小物を使うもの、“魔術”は飛行機を消すような大掛かりなイリュージョン、その中間が“奇術”と言われることがあるが、その線引きはあいまいだ。全てひっくるめてマジックでいいだろう」
 そう言いながら、龍之介は用意していたプリントをメンバーに配る。
「脳は案外、騙されやすい。だから俺たちはミスディレクションを使って、観客を欺く」
 ミスディレクションとは、観客の注意をそらすという意味だ。
観客は演者の視線や指先に誘導されやすいので、右手を見ながら左手でネタを仕込んだりする。言葉でのミスディレクションも有効だ。
「有名なハーバード大学の実験がある。『見えないゴリラ』というものだ」
 龍之介の言葉に、クリスや蒼一は「知っている」という顔をした。
「なんやそれ」
「見えないゴリラってなに?」
「面白そうだネ」
 対照的に、和樹や奈月、キャロルは興味津々だ。
「調べれば日本語訳された動画がネットにいくらでも出てくるから、合宿から帰ってからネット検索してもらうとして」
 龍之介がそう言うと、一部から異議があがった。
「動画を用意できなかったんだから仕方がないだろう。ここはインターネットが繋がらないし、今言葉で説明してしまうより、見た方が面白いから。人は予期しないことは見落としやすいということがよくわかる実験になっている」
 和樹や奈月なら、研究者たちの意図どおりの反応を示しそうだ。
「その動画の代わりに、今できる問題を用意したから許してくれ。脳や心がいかに騙されやすいか、という例題だ。配った紙を見てほしい」
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