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龍之介 合宿一日目 昼

龍之介 合宿一日目 昼 その1

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奇術愛好会のメンバーを乗せた二台のセダンは、スーパーで四日分の買い出しを済ませて、再び走り出した。
 奈月は席替えを希望したが、蒼一に言いくるめられ、結局同じメンバーが同じ車におさまった。奈月がキレていたのは言うまでもない。
 買い物中、「夜はちょいと一杯やらんか?」と冗談ともつかないことを発言した和樹が、「わたしたちは未成年ですよ」とクリスに説教をされていた。
 クリスの実直さは筋金入りだ。
 サークルの新歓コンパの会場が居酒屋だと知って、先輩である代表に未成年のアルコール摂取の危険性を滔々と語り、場所を変えないまでも未成年に飲酒はさせないと誓わせ、書面まで書かせたツワモノだ。
 特に健康や安全に関することは細かかった。それ以来みんなこっそりクリスのことを、奇術愛好会の風紀委員と呼んでいる。
「たまには自分たちで自炊するのも楽しいよね」
 奈月はリアシートの中央に座り、フロントシートに身をねじ込みながら言った。これでは後部座席というより、中央座席だ。できるだけ蒼一を見ないようにしているのかもしれない。
 蒼一はといえば、おもしろくないとでも言いたげな表情で、どっしりとシートにもたれている。
「前回の合宿は、外食が多かったからな」
 前回の合宿場所は熱海だったので、自炊は最小限で、周囲のグルメと観光、温泉なども満喫した。予定以上に遊んでしまったので、今回はマジックに集中するために、あえて不便な貸別荘を選んだという経緯がある。
「ねえねえ、これから行く別荘の口コミ、見た?」
 身を乗り出したままの奈月が、前席の龍之介と桜子に尋ねる。
「いや。携帯の電波が入りにくいとか、吊り橋があるってことは公式ページに載ってたけど、別のことか?」
 龍之介は聞き返した。
「女の人の幽霊が出るんだって」
 奈月は古式ゆかしく、力を抜いた両手を前に垂らした。
「ああ、話には聞いていたけど、口コミサイトの情報だったのか」
「そう、私が龍之介に伝えたんだよね。戦前からある古い建物みたいだし、夜は街灯ひとつない真っ暗闇。霊感がある人なら、幽霊の一人や二人見えるんじゃない?」
 桜子と陽菜乃がこの別荘を提案してきたのだ。口コミもチェックしたのだろう。
「龍之介とか、霊感ありそう」
 奈月が茶化した。
「残念ながら、俺は幽霊を見たことがない」
 むしろ、会いたいくらいなのだが。
 奈月は「口コミではね」と話を続ける。
「その幽霊は白っぽいワンピース姿だったとか、長い黒髪の女性が走って消えた、とか書いてあったの」
「それじゃまるきり、今の桜子だな」
「やめてよ龍之介くん、私もそう思ったんだからっ」
 桜子が嫌そうに頭を振った。
 山道に入ると、途端に曲がりくねった細い道になった。一応舗装をされているのだが、アスファルトがめくれて危険このうえない。うっかりバイクのツーリングコースにでもしてしまったら事故になりかねない荒れようだった。
幸い対向車は来なかったが、道幅は一台分の幅しかない。すれ違うには道の端に車を寄せるしかなく、ガードレールのない谷側を走る際には肝が冷えたに違いない。極力速度を落として慎重に坂道を上った。
 山に入ると冷房がいらないほど涼しくなった。龍之介が車の窓を開けると、森林特有の香りと爽やかな風が入ってくる。
少しくせのある黒髪が風で揺れて額をくすぐった。その気持ちの良さに、龍之介は思わず目を細める。
「たまには自然に囲まれるのもいいよね」
 助手席の桜子が話しかけてきた。
「森林セラピーって言葉もあるくらい、自然は人の心を癒やしてくれることは科学的に証明されてるものね。合宿の間は、悩みを全部忘れて楽しみたいなあ」
 桜子も数センチ窓を開けて森に視線を向けた。スピードを落として走行しているため、車内に入るゆるい風が桜子の長い黒髪を持ち上げた。白く細い首筋に光が当たって眩しく見えた。
「龍之介くんもそうでしょ」
 窓側に顔を向けたまま、桜子は視線だけ龍之介によこした。
「俺は悩みなんてないけど」
「え、嘘。あのことは?」
 桜子は驚いたように体ごと龍之介に向けた。
「俺なりに解決した」
 そして決意したのだ。この合宿で決着をつけると。
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