Oil & Water~サークル合宿の悲劇~

じゅん

文字の大きさ
上 下
4 / 55
龍之介 合宿一日目 午前

龍之介 合宿一日目 午前 その3

しおりを挟む
「そうだなあ」
 シートの端にサンダルを浮かせた踵を乗せて膝を抱えると、桜子は膝の上に顎を乗せた。艶やかな長い黒髪がさらりと流れて、ノースリーブで露出している華奢な肩を覆う。白いワンピースと黒髪のコントラストが目を引いた。
 その姿を横目で眺め、やはり桜子は美人だなと改めて龍之介は思った。
「好きな人は、いるよ」
 桜子は視線を窓に向けた。広がる海は浦賀水道だろうか。
「でも、一生片思いだと思う」
 桜子ははかなげな笑みを浮かべた。愛しさと、諦めと。そんな表情が入り混じっているようにも見える。
「まさか! 桜子は美人なんだから、アタックすれば相手はイチコロだよ。絶対に大丈夫!」
「どうかなあ。私、疲れちゃって。ちょっと遠くに行きたいなって思ってるんだ。みんなとは、これが最後の思い出になるかも」
 それは初耳で、龍之介は驚いた。
「そんな! 協力するよ。相手は誰? あたしの知っている人?」
「なあんてね」
 桜子は微笑んで、座席の間に顔を突き出す奈月の額を細い指でぽんと触れた。
「えっ、冗談なの? もう、信じちゃったでしょ」
 奈月は唇をとがらせる。
 本当に冗談なのかと龍之介が桜子を流し見ると、彼女は華奢な肩をすくめた。
「じゃあ、龍之介は?」
 気を取り直した奈月がこちらに水を向けた。
「俺も桜子みたいなものだよ。好きな子はいるけど、手が届かない」
 あまり楽しい話にもならないので、龍之介はそれ以上語らなかった。
「龍之介まで切ない恋をしちゃってるの? カッコイイんだから、青春しないともったいないじゃん」
 確かに龍之介の容姿も整っている部類に入る。しかもマジックバーでマジシャンとして働いているので、女性客に声をかけられることは珍しくなかった。バーなので酒の勢いもあるのだろう。
 もちろん龍之介は未成年だし、酔うとマジックの手元が狂うので、基本的には酒を飲まない。しかし酒は嫌いではなく、決まりにさほど縛られる方でもないので、しつこい客がいれば口をつけることはあった。
「そういうことは自分が恋人を作ってから言えって」
 龍之介が突っ込んでおくと、奈月は「イタタタ」とオーバーリアクションで額を叩いた。奈月は表情が豊かだ。
「蒼一は、好きな人はいるのか?」
 奈月が促さないので、龍之介が蒼一に尋ねた。
「いる」
「いるの!?」
 蒼一の短い答えに、奈月が驚きの声をあげた。
「蒼一まで……なんてこと。好きな人がいないのは、あたしだけ……」
 奈月はショックを受けている。
「そのうち付き合うことになるだろう」
 蒼一は自信がありそうだ。
これだけの容姿なら当然か、と龍之介は思った。性格さえよければ引く手あまただろう。
……その性格が大問題なのだが。
「悪魔に魅入られちゃったその子、ご愁傷様ね」
 身を乗り出している奈月は、龍之介と桜子にしか聞こえないほどの小声で言った。
「そうねえ」
桜子は小さく苦笑する。
 あちらはどんな話をしているのだろうかと、龍之介はバックミラー越しに後ろの車を見た。黒いセダンは車間距離を開けながらも、しっかりとついてきている。
 別荘への道のりは、まだ遠い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

彼女が愛した彼は

朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。 朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。

高校のナゾ

Zero
ミステリー
主人公 白鷺新一が入学した高校で次々と起こる事件。 新一はそれらを解決することができるのか

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

どんでん返し

井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

処理中です...