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龍之介 合宿一日目 午前
龍之介 合宿一日目 午前 その3
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「そうだなあ」
シートの端にサンダルを浮かせた踵を乗せて膝を抱えると、桜子は膝の上に顎を乗せた。艶やかな長い黒髪がさらりと流れて、ノースリーブで露出している華奢な肩を覆う。白いワンピースと黒髪のコントラストが目を引いた。
その姿を横目で眺め、やはり桜子は美人だなと改めて龍之介は思った。
「好きな人は、いるよ」
桜子は視線を窓に向けた。広がる海は浦賀水道だろうか。
「でも、一生片思いだと思う」
桜子ははかなげな笑みを浮かべた。愛しさと、諦めと。そんな表情が入り混じっているようにも見える。
「まさか! 桜子は美人なんだから、アタックすれば相手はイチコロだよ。絶対に大丈夫!」
「どうかなあ。私、疲れちゃって。ちょっと遠くに行きたいなって思ってるんだ。みんなとは、これが最後の思い出になるかも」
それは初耳で、龍之介は驚いた。
「そんな! 協力するよ。相手は誰? あたしの知っている人?」
「なあんてね」
桜子は微笑んで、座席の間に顔を突き出す奈月の額を細い指でぽんと触れた。
「えっ、冗談なの? もう、信じちゃったでしょ」
奈月は唇をとがらせる。
本当に冗談なのかと龍之介が桜子を流し見ると、彼女は華奢な肩をすくめた。
「じゃあ、龍之介は?」
気を取り直した奈月がこちらに水を向けた。
「俺も桜子みたいなものだよ。好きな子はいるけど、手が届かない」
あまり楽しい話にもならないので、龍之介はそれ以上語らなかった。
「龍之介まで切ない恋をしちゃってるの? カッコイイんだから、青春しないともったいないじゃん」
確かに龍之介の容姿も整っている部類に入る。しかもマジックバーでマジシャンとして働いているので、女性客に声をかけられることは珍しくなかった。バーなので酒の勢いもあるのだろう。
もちろん龍之介は未成年だし、酔うとマジックの手元が狂うので、基本的には酒を飲まない。しかし酒は嫌いではなく、決まりにさほど縛られる方でもないので、しつこい客がいれば口をつけることはあった。
「そういうことは自分が恋人を作ってから言えって」
龍之介が突っ込んでおくと、奈月は「イタタタ」とオーバーリアクションで額を叩いた。奈月は表情が豊かだ。
「蒼一は、好きな人はいるのか?」
奈月が促さないので、龍之介が蒼一に尋ねた。
「いる」
「いるの!?」
蒼一の短い答えに、奈月が驚きの声をあげた。
「蒼一まで……なんてこと。好きな人がいないのは、あたしだけ……」
奈月はショックを受けている。
「そのうち付き合うことになるだろう」
蒼一は自信がありそうだ。
これだけの容姿なら当然か、と龍之介は思った。性格さえよければ引く手あまただろう。
……その性格が大問題なのだが。
「悪魔に魅入られちゃったその子、ご愁傷様ね」
身を乗り出している奈月は、龍之介と桜子にしか聞こえないほどの小声で言った。
「そうねえ」
桜子は小さく苦笑する。
あちらはどんな話をしているのだろうかと、龍之介はバックミラー越しに後ろの車を見た。黒いセダンは車間距離を開けながらも、しっかりとついてきている。
別荘への道のりは、まだ遠い。
シートの端にサンダルを浮かせた踵を乗せて膝を抱えると、桜子は膝の上に顎を乗せた。艶やかな長い黒髪がさらりと流れて、ノースリーブで露出している華奢な肩を覆う。白いワンピースと黒髪のコントラストが目を引いた。
その姿を横目で眺め、やはり桜子は美人だなと改めて龍之介は思った。
「好きな人は、いるよ」
桜子は視線を窓に向けた。広がる海は浦賀水道だろうか。
「でも、一生片思いだと思う」
桜子ははかなげな笑みを浮かべた。愛しさと、諦めと。そんな表情が入り混じっているようにも見える。
「まさか! 桜子は美人なんだから、アタックすれば相手はイチコロだよ。絶対に大丈夫!」
「どうかなあ。私、疲れちゃって。ちょっと遠くに行きたいなって思ってるんだ。みんなとは、これが最後の思い出になるかも」
それは初耳で、龍之介は驚いた。
「そんな! 協力するよ。相手は誰? あたしの知っている人?」
「なあんてね」
桜子は微笑んで、座席の間に顔を突き出す奈月の額を細い指でぽんと触れた。
「えっ、冗談なの? もう、信じちゃったでしょ」
奈月は唇をとがらせる。
本当に冗談なのかと龍之介が桜子を流し見ると、彼女は華奢な肩をすくめた。
「じゃあ、龍之介は?」
気を取り直した奈月がこちらに水を向けた。
「俺も桜子みたいなものだよ。好きな子はいるけど、手が届かない」
あまり楽しい話にもならないので、龍之介はそれ以上語らなかった。
「龍之介まで切ない恋をしちゃってるの? カッコイイんだから、青春しないともったいないじゃん」
確かに龍之介の容姿も整っている部類に入る。しかもマジックバーでマジシャンとして働いているので、女性客に声をかけられることは珍しくなかった。バーなので酒の勢いもあるのだろう。
もちろん龍之介は未成年だし、酔うとマジックの手元が狂うので、基本的には酒を飲まない。しかし酒は嫌いではなく、決まりにさほど縛られる方でもないので、しつこい客がいれば口をつけることはあった。
「そういうことは自分が恋人を作ってから言えって」
龍之介が突っ込んでおくと、奈月は「イタタタ」とオーバーリアクションで額を叩いた。奈月は表情が豊かだ。
「蒼一は、好きな人はいるのか?」
奈月が促さないので、龍之介が蒼一に尋ねた。
「いる」
「いるの!?」
蒼一の短い答えに、奈月が驚きの声をあげた。
「蒼一まで……なんてこと。好きな人がいないのは、あたしだけ……」
奈月はショックを受けている。
「そのうち付き合うことになるだろう」
蒼一は自信がありそうだ。
これだけの容姿なら当然か、と龍之介は思った。性格さえよければ引く手あまただろう。
……その性格が大問題なのだが。
「悪魔に魅入られちゃったその子、ご愁傷様ね」
身を乗り出している奈月は、龍之介と桜子にしか聞こえないほどの小声で言った。
「そうねえ」
桜子は小さく苦笑する。
あちらはどんな話をしているのだろうかと、龍之介はバックミラー越しに後ろの車を見た。黒いセダンは車間距離を開けながらも、しっかりとついてきている。
別荘への道のりは、まだ遠い。
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