13 / 31
4 凶暴化しているケモノの原因とは?
1
しおりを挟む
山に行く約束をした、日曜日。
今日は少し曇っているけれど、それでもやっぱり暑かった。
町から山までは少し距離があるから、相沢さんのお父さんが車で山のふもとまで送ってくれた。距離があるといっても車で二十分くらいだから、自転車で行けないこともないんだけどね。
「スズ香、長袖なんて着て暑くねえのかよ」
キャップ、半そでTシャツ、ハーフパンツという格好の龍司が、手で顔をあおぎながら言った。
「暑いけど、蚊に刺される方が嫌だよ」
先日、河原に行ったときに数か所蚊に刺されちゃったの。どうしてこんなにかゆいんだろう。でも、かいたら治りが遅くなるから、がまん!
「龍司こそ、どうして半袖なんだ。山は葉や枝が肌に当たって切れることがあるから、長袖を着るようにって言っただろ」
わたしと同じく、長袖、長ズボンを身に着けている相沢さんは、あきれたように龍司を見た。
「少しくらい切れたって、暑いよりマシ!」
龍司は言い切った。
「今日は森に入るんだから、虫よけもしないとね」
わたしは背負ったリュックから虫よけを取り出して、長袖、長ズボンの上からスプレーをした。ひゃー、くさい!
「相沢さんも、よかったら使って。龍司も使っていいよ」
「なんだよ、いかにも、ついでって言い方は!」
だって、ついでなんだもん。
「ありがとう、冬月」
《日焼け止めもぬりなさいね、スズ香》
「家でぬったよ」
《日焼け止めは数時間おきにぬるものなのよ。それにこんなに暑かったら、汗で落ちちゃうでしょ。肌は女の命よ》
今日は、銀色の子ギツネのようなシロガネがわたしの肩にのっている。
「わかったよう」
わたしはしぶしぶと日焼け止めをぬって、相沢さんにも渡した。だけど、龍司はぬるのを拒否した。
「おれはいらねえよ、女じゃないんだから」
《男も女も、同じように日焼けするの。大人になってから、お肌がボロボロになって後悔しても知らないわよ。そんな肌じゃ、スズ香だってゲンメツするわね》
「……ちっ、しゃあねえな」
シロガネに迫られて、龍司もめんどうくさそうにぬり始めた。
「龍司、ここ、ちゃんとぬれてないよ」
頬に白い日焼け止めクリームが残っているので、教えてあげた。
「いいよ、そんなの」
「だめだよ、変に日焼けの跡が残っちゃうかもしれないでしょ」
わたしは龍司の頬に残っているクリームのカタマリをぬり広げてあげた。わたしったら、優しいね。
「お、おま……っ」
すると、龍司は真っ赤になって固まってしまった。
「どうしたの? 龍司」
「なんでもねえっ!」
「ほらほら、準備が整ったなら、さっさを山に入ろう」
相沢さんはわたしと龍司の間に入って、背中を叩いた。それから相沢さんは龍司の耳元に顔を寄せる。
「龍司、冬月を乱暴にあつかう割に、純情だな」
「うっせえ! 余計なお世話だよっ」
龍司は怒ったようすで、ずんずんと山に入っていった。
「なんか、怒っちゃったね。龍司になんて言ったの? あまり聞こえなかったんだけど」
「さあ。龍司はいつも、あんなもんだろ」
「たしかにね」
山に入ると葉をいっぱい茂らせた木が影を作っていて、思ったよりも暑くなかった。
だけど足場が悪いし、斜面がきつくて、疲れる!
それに、ものすごい至近距離でセミが鳴いていて、とてもうるさかった。セミって、こんなに大きな声が出るんだなあ。
「おい、どこに行けばいいんだよ」
先を歩いていた龍司が立ち止まって、相沢さんにたずねた。
「まず、シカやイノシシを探さないとね」
「どうやって?」
「シカは、よく使う通り道があるんだよ。たとえば、ほら、その斜面は草が踏みつぶされていて、けもの道になってる」
よく見ると、乾いた土の下にある黒っぽい土が出てきていて、線のように上に続いていた。
「この道沿いを探してみると……あった、これはシカの足跡だよ」
「へえ、よくわかるね。すごい」
シカの足跡は、らっきょうを二つ並べたような形をしている。
「カヲルの父ちゃんがハンターなんだから、詳しいのは当たり前だろ」
龍司はおもしろくなさそうな顔をしている。もう、龍司は誰にでも対抗意識を燃やすんだから。
「で、こっちはシカのフン。まだそれほど日がたっていないから、またこの辺りに来そうだな」
こげ茶色で小指の先くらいの丸いものが、たくさん集まって落ちている。知らなければ、木の実かなって思っちゃいそう。
「フンだって、きったねー!」
龍司はからかうけれど、相沢さんの表情は変わらない。
「エモノの動きを知ることは大事だからね。大声を出すと驚かせて襲ってくるかもしれないから、そろそろ小声で話そうか」
身をかがめていた相沢さんが、すっと立ち上がった。ショートヘアの赤みがかった茶色の髪が風になびく。
うわあ、相沢さんってば、クールだあ。
今日は少し曇っているけれど、それでもやっぱり暑かった。
町から山までは少し距離があるから、相沢さんのお父さんが車で山のふもとまで送ってくれた。距離があるといっても車で二十分くらいだから、自転車で行けないこともないんだけどね。
「スズ香、長袖なんて着て暑くねえのかよ」
キャップ、半そでTシャツ、ハーフパンツという格好の龍司が、手で顔をあおぎながら言った。
「暑いけど、蚊に刺される方が嫌だよ」
先日、河原に行ったときに数か所蚊に刺されちゃったの。どうしてこんなにかゆいんだろう。でも、かいたら治りが遅くなるから、がまん!
「龍司こそ、どうして半袖なんだ。山は葉や枝が肌に当たって切れることがあるから、長袖を着るようにって言っただろ」
わたしと同じく、長袖、長ズボンを身に着けている相沢さんは、あきれたように龍司を見た。
「少しくらい切れたって、暑いよりマシ!」
龍司は言い切った。
「今日は森に入るんだから、虫よけもしないとね」
わたしは背負ったリュックから虫よけを取り出して、長袖、長ズボンの上からスプレーをした。ひゃー、くさい!
「相沢さんも、よかったら使って。龍司も使っていいよ」
「なんだよ、いかにも、ついでって言い方は!」
だって、ついでなんだもん。
「ありがとう、冬月」
《日焼け止めもぬりなさいね、スズ香》
「家でぬったよ」
《日焼け止めは数時間おきにぬるものなのよ。それにこんなに暑かったら、汗で落ちちゃうでしょ。肌は女の命よ》
今日は、銀色の子ギツネのようなシロガネがわたしの肩にのっている。
「わかったよう」
わたしはしぶしぶと日焼け止めをぬって、相沢さんにも渡した。だけど、龍司はぬるのを拒否した。
「おれはいらねえよ、女じゃないんだから」
《男も女も、同じように日焼けするの。大人になってから、お肌がボロボロになって後悔しても知らないわよ。そんな肌じゃ、スズ香だってゲンメツするわね》
「……ちっ、しゃあねえな」
シロガネに迫られて、龍司もめんどうくさそうにぬり始めた。
「龍司、ここ、ちゃんとぬれてないよ」
頬に白い日焼け止めクリームが残っているので、教えてあげた。
「いいよ、そんなの」
「だめだよ、変に日焼けの跡が残っちゃうかもしれないでしょ」
わたしは龍司の頬に残っているクリームのカタマリをぬり広げてあげた。わたしったら、優しいね。
「お、おま……っ」
すると、龍司は真っ赤になって固まってしまった。
「どうしたの? 龍司」
「なんでもねえっ!」
「ほらほら、準備が整ったなら、さっさを山に入ろう」
相沢さんはわたしと龍司の間に入って、背中を叩いた。それから相沢さんは龍司の耳元に顔を寄せる。
「龍司、冬月を乱暴にあつかう割に、純情だな」
「うっせえ! 余計なお世話だよっ」
龍司は怒ったようすで、ずんずんと山に入っていった。
「なんか、怒っちゃったね。龍司になんて言ったの? あまり聞こえなかったんだけど」
「さあ。龍司はいつも、あんなもんだろ」
「たしかにね」
山に入ると葉をいっぱい茂らせた木が影を作っていて、思ったよりも暑くなかった。
だけど足場が悪いし、斜面がきつくて、疲れる!
それに、ものすごい至近距離でセミが鳴いていて、とてもうるさかった。セミって、こんなに大きな声が出るんだなあ。
「おい、どこに行けばいいんだよ」
先を歩いていた龍司が立ち止まって、相沢さんにたずねた。
「まず、シカやイノシシを探さないとね」
「どうやって?」
「シカは、よく使う通り道があるんだよ。たとえば、ほら、その斜面は草が踏みつぶされていて、けもの道になってる」
よく見ると、乾いた土の下にある黒っぽい土が出てきていて、線のように上に続いていた。
「この道沿いを探してみると……あった、これはシカの足跡だよ」
「へえ、よくわかるね。すごい」
シカの足跡は、らっきょうを二つ並べたような形をしている。
「カヲルの父ちゃんがハンターなんだから、詳しいのは当たり前だろ」
龍司はおもしろくなさそうな顔をしている。もう、龍司は誰にでも対抗意識を燃やすんだから。
「で、こっちはシカのフン。まだそれほど日がたっていないから、またこの辺りに来そうだな」
こげ茶色で小指の先くらいの丸いものが、たくさん集まって落ちている。知らなければ、木の実かなって思っちゃいそう。
「フンだって、きったねー!」
龍司はからかうけれど、相沢さんの表情は変わらない。
「エモノの動きを知ることは大事だからね。大声を出すと驚かせて襲ってくるかもしれないから、そろそろ小声で話そうか」
身をかがめていた相沢さんが、すっと立ち上がった。ショートヘアの赤みがかった茶色の髪が風になびく。
うわあ、相沢さんってば、クールだあ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
中学生ユーチューバーの心霊スポットMAP
じゅん
児童書・童話
【第1回「きずな児童書大賞」大賞 受賞👑】
悪霊のいる場所では、居合わせた人に「霊障」を可視化させる体質を持つ「霊感少女」のアカリ(中学1年生)。
「ユーチューバーになりたい」幼なじみと、「心霊スポットMAPを作りたい」友達に巻き込まれて、心霊現象を検証することになる。
いくつか心霊スポットを回るうちに、最近増えている心霊現象の原因は、霊を悪霊化させている「ボス」のせいだとわかり――
クスっと笑えながらも、ゾッとする連作短編。
盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。
桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。
山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。
そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。
するとその人は優しい声で言いました。
「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」
その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。
(この作品はほぼ毎日更新です)
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
閉じられた図書館
関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。
【完】ノラ・ジョイ シリーズ
丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴*
▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー
▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる