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終章 クリスマス
終章 4【完結】
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「寒いですよね。温めてあげますよ」
美優が腕に抱きついてきた。コート越しに、じんわりと温かさが伝わってくる。
「バーカ」
そうは言っても、振り払うことはしなかった。
まあ、いっか。温かいし。
「貴之さん、随分と雰囲気変わりましたよね。柔らかくなりました」
「それは聞いた」
「あれ、言いましたっけ?」
美優は小首をかしげた。
「おまえも印象が変わったよ」
「えっ、どんな風に変わりました?」
美優は期待を込めた瞳で見上げてくる。
「正義感の強いお人よしなのかと思ったら、甘ったれでわがままだった」
「それは子どもの頃の話ですよ!」
美優は不満そうだ。どうやら、本人は性格が変わったと思っているらしい。
「代筆屋、辞めようかな」
思いついたように、貴之はぽつりと言った。
吐く息が白い。かなり気温が低そうだ。冷たい空気を吸うと鼻がツンとする。
「どうしてですか?」
美優が驚いたような声をあげた。
「俺みたいに、中途半端にやる仕事じゃないと思ってさ。それに、知りたかったものは、もうわかった気もする」
「知りたかったもの?」
「そう。上手く口にはできないけど」
両親が他界し、それとともに失ったと思っていたもの。それがなんであるかわからないまま欲していた。
しかし、目に見えないそれは、既に貴之の中にある気がするのだ。
「もったいないです。代筆屋さんは貴之さんの天職です!」
「手紙にもそう書いていたな」
貴之が自分で代筆屋を天職だと言ったことは一度もないのだが。
「はい。間違いありません。貴之さんに気持ちを汲み取ってもらいたい人はいっぱいいると思います! それに、中途半端なんかじゃありませんよ。傍で見ていたわたしが断言するのだから、間違いありません」
美優に会ってから、代筆屋という仕事に向き合い直した。改めて醍醐味も感じたが、だからこそ、自分には荷が重いのではないかとも考え始めた。
「わたしも手伝いますから、続けましょうよ! 貴之さんの手紙を、たくさんに人に届けたいです!」
美優が腕を引っ張る。子どもがおもちゃをおねだりする時のようだ。
ここ数か月のように、依頼人と会う時に美優を連れていく。
自分にはない視点で話を広げることもあったので、悪くない気もした。
「そうだな……。じゃあ、正式に助手として採用してやるか」
「いいんですか? やった!」
美優はぴょんぴょんと跳ねた。
「やっぱり、デリカシーのない貴之さんにはわたしが必要ですよね。ミュウさんが力を貸してあげないと」
はいはい、と貴之は聞き流した。
「貴之さん。いままでボランティアだった分は、今日のディナーでチャラにしてあげますから、美味しいレストランでご馳走してください」
今こそ付けこむチャンスだとばかりに、美優が畳みかけてくる。
「いいけど、店とれるのか? クリスマスだぞ」
「探します! こういう日は早めに予約をしたカップルが破局して、キャンセルの一つや二つあるものです」
不謹慎なことを言う。
「……あ、雪だ」
美優が空を見上げた。
「ああ、どうりで寒いわけだ」
ちらちらと小ぶりな雪がぱらつきはじめた。
「茶碗蒸しの味も一緒に探しましょうね、貴之さん」
美優が微笑みながら見上げてくる。そして、その視線を空に向けた。
「死に意味があるのか、とかも。それこそ、生のある最期の日までにゆっくりと、自分なりの答えを見つけたらいいんだと思います」
「ああ、そうかもな」
貴之も空を見た。
小さかった結晶は、いつのまにか牡丹雪になっていた。これは積もるかもしれない。
美優はホワイトクリスマスだとはしゃぎそうだ。しかも、子どものように雪だるまでも作り始めるかもしれない。
誘われたら、面倒だし寒いけれど、一緒に作ってやろうと貴之は思った。
完
美優が腕に抱きついてきた。コート越しに、じんわりと温かさが伝わってくる。
「バーカ」
そうは言っても、振り払うことはしなかった。
まあ、いっか。温かいし。
「貴之さん、随分と雰囲気変わりましたよね。柔らかくなりました」
「それは聞いた」
「あれ、言いましたっけ?」
美優は小首をかしげた。
「おまえも印象が変わったよ」
「えっ、どんな風に変わりました?」
美優は期待を込めた瞳で見上げてくる。
「正義感の強いお人よしなのかと思ったら、甘ったれでわがままだった」
「それは子どもの頃の話ですよ!」
美優は不満そうだ。どうやら、本人は性格が変わったと思っているらしい。
「代筆屋、辞めようかな」
思いついたように、貴之はぽつりと言った。
吐く息が白い。かなり気温が低そうだ。冷たい空気を吸うと鼻がツンとする。
「どうしてですか?」
美優が驚いたような声をあげた。
「俺みたいに、中途半端にやる仕事じゃないと思ってさ。それに、知りたかったものは、もうわかった気もする」
「知りたかったもの?」
「そう。上手く口にはできないけど」
両親が他界し、それとともに失ったと思っていたもの。それがなんであるかわからないまま欲していた。
しかし、目に見えないそれは、既に貴之の中にある気がするのだ。
「もったいないです。代筆屋さんは貴之さんの天職です!」
「手紙にもそう書いていたな」
貴之が自分で代筆屋を天職だと言ったことは一度もないのだが。
「はい。間違いありません。貴之さんに気持ちを汲み取ってもらいたい人はいっぱいいると思います! それに、中途半端なんかじゃありませんよ。傍で見ていたわたしが断言するのだから、間違いありません」
美優に会ってから、代筆屋という仕事に向き合い直した。改めて醍醐味も感じたが、だからこそ、自分には荷が重いのではないかとも考え始めた。
「わたしも手伝いますから、続けましょうよ! 貴之さんの手紙を、たくさんに人に届けたいです!」
美優が腕を引っ張る。子どもがおもちゃをおねだりする時のようだ。
ここ数か月のように、依頼人と会う時に美優を連れていく。
自分にはない視点で話を広げることもあったので、悪くない気もした。
「そうだな……。じゃあ、正式に助手として採用してやるか」
「いいんですか? やった!」
美優はぴょんぴょんと跳ねた。
「やっぱり、デリカシーのない貴之さんにはわたしが必要ですよね。ミュウさんが力を貸してあげないと」
はいはい、と貴之は聞き流した。
「貴之さん。いままでボランティアだった分は、今日のディナーでチャラにしてあげますから、美味しいレストランでご馳走してください」
今こそ付けこむチャンスだとばかりに、美優が畳みかけてくる。
「いいけど、店とれるのか? クリスマスだぞ」
「探します! こういう日は早めに予約をしたカップルが破局して、キャンセルの一つや二つあるものです」
不謹慎なことを言う。
「……あ、雪だ」
美優が空を見上げた。
「ああ、どうりで寒いわけだ」
ちらちらと小ぶりな雪がぱらつきはじめた。
「茶碗蒸しの味も一緒に探しましょうね、貴之さん」
美優が微笑みながら見上げてくる。そして、その視線を空に向けた。
「死に意味があるのか、とかも。それこそ、生のある最期の日までにゆっくりと、自分なりの答えを見つけたらいいんだと思います」
「ああ、そうかもな」
貴之も空を見た。
小さかった結晶は、いつのまにか牡丹雪になっていた。これは積もるかもしれない。
美優はホワイトクリスマスだとはしゃぎそうだ。しかも、子どものように雪だるまでも作り始めるかもしれない。
誘われたら、面倒だし寒いけれど、一緒に作ってやろうと貴之は思った。
完
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