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終章 クリスマス
終章 3
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セットが終わると美優は墓石の前にしゃがみ、香炉皿に線香を入れ、手を合わせた。目を閉じて、しばらくそのまま動かない。周囲から鳥の声だけが響く。
どれくらい時間が経ったのか。美優はゆっくり立ち上がった。
「いやはや。報告することが多すぎて、足がしびれちゃいました」
集中していたことをごまかすように笑顔を浮かべる美優の瞳は、少し潤んでいた。
「墓に来なくても、心の中でいつでも報告できるだろ」
「そこは気分と言いますか」
美優は鞄からスマートフォンを取り出した。古びた地蔵のストラップが揺れている。
「普段から、これに話しかけたりはしているんですけどね」
「形見なのか?」
あまりにストラップが古いので、美優がスマートフォンを使うたびに気になっていた。
「遊園地に行ったときに、両親に買ってもらったものです。その日に着ていた服のポケットに入っていました。これに守られた気がして」
美優は地蔵をそっとなでた。
スマートフォンにはストラップホールがないため、美優はホールつきのケースを装着してまで、ストラップを取りつけていた。
「ご両親と対話できたのか?」
「はい。母は貴之さんのこと、素敵な男性ねって言っていましたよ」
「それはどうも」
貴之は美優の頭にぽんと手をのせて、場所を代わった。貴之も香炉に線香を入れて手を合わせる。
不思議な縁もあるものだ。こうして同じ事故で親を亡くした者同士が、ともに弔いに来るなんて。
もし、死後の世界があるとして。
同じ時、同じ場所で事故にあった自分と美優の両親は、そちらで仲良くやっているのだろうか。
そして茶でも飲みながら、貴之と美優が一緒にいる姿を微笑ましく見ているのだろうか。
一昨日美優にも言ったことだが、美優は両親に命を助けられたのではないかと思えた。
両親はオイルが漏れてることに気づき、ひしゃげた車の中で、最後の力を振り絞って、炎上する前に美優だけでも車外に出したのではないか。
そうであれば、美優は三人分の命を生きているとも言える。
――娘さんの心配は尽きないでしょうが、俺も無理のない範囲で構ってやることにしますので、まあまあ安心してください。
そう美優の両親に語りかけて、貴之は立ち上がった。
「貴之さんも長かったですね。どんな話をしたんですか?」
美優が笑顔で貴之を見上げてくる。目元はすっかり乾いていた。
「俺の両親とよろしくやっていますか、みたいなことかな」
「あれ、美優をください一生大切にします、とかじゃないんですか?」
「そんなわけないだろ」
「そんなわけないんですかっ!?」
ショックを受けたようにのけぞる美優がコミカルで、貴之は思わず笑ってしまう。
二人は仏花以外のものを片付け始める。美優は手紙を大事そうに鞄にしまった。
「宝物が増えました。この手紙は家の机に飾ります」
美優は鼻歌交じりで、荷物を入れた袋を持って貴之の前を歩き出した。ハーフアップにしたボブの黒髪と白いマフラーの端がふわりと舞う。
「次は貴之さんのご両親のお墓ですね! あっ、お化粧直そうかな」
くるりと振り返って美優が言う。
俺はあの作文を両親の墓に供えるのか。
ちょっと嫌だなあと思いながら、貴之は厚い雲を見上げた。ポケットに手を突っ込んでブルリと震える。今日は普段よりも更に寒い。雨でも降りそうだ。
「寒いですよね。温めてあげますよ」
美優が腕に抱きついてきた。コート越しに、じんわりと温かさが伝わってくる。
「バーカ」
そうは言っても、振り払うことはしなかった。
まあ、いっか。温かいし。
どれくらい時間が経ったのか。美優はゆっくり立ち上がった。
「いやはや。報告することが多すぎて、足がしびれちゃいました」
集中していたことをごまかすように笑顔を浮かべる美優の瞳は、少し潤んでいた。
「墓に来なくても、心の中でいつでも報告できるだろ」
「そこは気分と言いますか」
美優は鞄からスマートフォンを取り出した。古びた地蔵のストラップが揺れている。
「普段から、これに話しかけたりはしているんですけどね」
「形見なのか?」
あまりにストラップが古いので、美優がスマートフォンを使うたびに気になっていた。
「遊園地に行ったときに、両親に買ってもらったものです。その日に着ていた服のポケットに入っていました。これに守られた気がして」
美優は地蔵をそっとなでた。
スマートフォンにはストラップホールがないため、美優はホールつきのケースを装着してまで、ストラップを取りつけていた。
「ご両親と対話できたのか?」
「はい。母は貴之さんのこと、素敵な男性ねって言っていましたよ」
「それはどうも」
貴之は美優の頭にぽんと手をのせて、場所を代わった。貴之も香炉に線香を入れて手を合わせる。
不思議な縁もあるものだ。こうして同じ事故で親を亡くした者同士が、ともに弔いに来るなんて。
もし、死後の世界があるとして。
同じ時、同じ場所で事故にあった自分と美優の両親は、そちらで仲良くやっているのだろうか。
そして茶でも飲みながら、貴之と美優が一緒にいる姿を微笑ましく見ているのだろうか。
一昨日美優にも言ったことだが、美優は両親に命を助けられたのではないかと思えた。
両親はオイルが漏れてることに気づき、ひしゃげた車の中で、最後の力を振り絞って、炎上する前に美優だけでも車外に出したのではないか。
そうであれば、美優は三人分の命を生きているとも言える。
――娘さんの心配は尽きないでしょうが、俺も無理のない範囲で構ってやることにしますので、まあまあ安心してください。
そう美優の両親に語りかけて、貴之は立ち上がった。
「貴之さんも長かったですね。どんな話をしたんですか?」
美優が笑顔で貴之を見上げてくる。目元はすっかり乾いていた。
「俺の両親とよろしくやっていますか、みたいなことかな」
「あれ、美優をください一生大切にします、とかじゃないんですか?」
「そんなわけないだろ」
「そんなわけないんですかっ!?」
ショックを受けたようにのけぞる美優がコミカルで、貴之は思わず笑ってしまう。
二人は仏花以外のものを片付け始める。美優は手紙を大事そうに鞄にしまった。
「宝物が増えました。この手紙は家の机に飾ります」
美優は鼻歌交じりで、荷物を入れた袋を持って貴之の前を歩き出した。ハーフアップにしたボブの黒髪と白いマフラーの端がふわりと舞う。
「次は貴之さんのご両親のお墓ですね! あっ、お化粧直そうかな」
くるりと振り返って美優が言う。
俺はあの作文を両親の墓に供えるのか。
ちょっと嫌だなあと思いながら、貴之は厚い雲を見上げた。ポケットに手を突っ込んでブルリと震える。今日は普段よりも更に寒い。雨でも降りそうだ。
「寒いですよね。温めてあげますよ」
美優が腕に抱きついてきた。コート越しに、じんわりと温かさが伝わってくる。
「バーカ」
そうは言っても、振り払うことはしなかった。
まあ、いっか。温かいし。
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