67 / 74
四章 交換代筆~二人の過去~
四章 10
しおりを挟む
「嫌です。貴之さんだって気持ちが悪いと言うに決まっています。もう嫌なんです、そういうの!」
美優は悲鳴のような声をあげた。大きな瞳は潤んでいる。
「俺がそう言うと、本気で思ってるのか」
貴之は美優の両肩にある手の力を抜き、添えたまま美優を見つめた。
「首の所だけでいいよ。マフラーを外してみろって」
美優の瞳が戸惑うように揺れる。
「大丈夫だ、美優。俺を信じろ」
安心させるように、貴之は声を和らげて微笑んだ。
貴之と同じように両親を失った美優。
しかも美優は、事故の当事者だった。
そのせいで大きく傷つき、トラウマも抱えている。
貴之は少しでも美優の心の傷を浅くしてやりたかった。
「自分でできないなら、俺が外してやろうか」
貴之は軽口を挟んだつもりだったが、美優は彷徨わせていた瞳を閉じると、うなずいてもたれてきた。貴之の広い胸に美優は頬をつける。
「お願いします」
そう言われてしまっては、貴之が外すしかない。
白いマフラーを美優の首から抜くと、青いタートルネックのトップスが現れた。
細い首筋が冷たい空気に触れたからか、傷痕を見られることへの恐怖からか、身構えたように美優の肩に力が入った。
「大丈夫だって」
耳元で囁きながら、生まれたての赤ん坊に触れるくらい慎重に、貴之は美優の背中に回した手で青い襟元を指先で引っ張り、上から覗き込んだ。
襟足の下から皮膚が和紙のしわのように引き攣れて、中央が濃い桃色になって盛り上がり、周囲は変色して少々黒ずんでいる。その線は背中に向かうにつれて太くなっているようだ。
「気持ち、悪いですよね」
美優は貴之のコートを掴みながら、目を閉じて、震える声で確認した。
「別に。思っていたとおり、大したことねえよ」
「嘘です」
「噓じゃない」
「いいんです。貴之さんは優しいから、そう言ってくれると思っていました」
美優は卑屈になっている。ケロイドが万人におぞましいものだと認識されると思い込んでいる。
貴之は思ったことを言っているだけだ。
確かに白く滑らかな肌に、蜘蛛の巣のような引き攣れと、半熟卵を焦がしたようなぶよぶよとした物体は余計ではあるが、気持ち悪いというほどではない。
「嘘じゃねえって言ってるのに」
どうすれば伝わるのかと考えていると、自然と美優の首筋に顔が落ちていた。
貴之の唇がケロイドに触れた途端に、バネのように美優の背中が反り返った。
「なっ……! 貴之さん、い、今」
「ん?」
「もしかして、あれに、口づけましたか?」
美優は首の後ろを押さえて、真っ赤になっている。
「うん、悪い、つい。普通の皮膚と変わらないって、言葉で言っても通じなそうだったから」
「なんてことを! あんなものに、そんなこと!」
「自分の身体にあんなものってないだろ」
貴之は苦笑した。
それに内心、貴之だって戸惑っている。
さすがにキスはやりすぎだろ。なにを考えてるんだ俺は。
いや、考えていたらこんなことはしていない。無意識に近かった。至近距離で見つめていたケロイドに、誘われるように触れていた。
「貴之さん、消毒してください! ウエットティッシュなかったかな」
鞄を開けようとする美優の腕を握ってとめた。
「だから、普通の皮膚と変わらないって」
貴之は自分の手の甲に口づけた。
「ん……。むしろ、ケロイドのところのほうが、感触としては柔らかくていいかもな」
「わっ、比べないでくださいよ! 貴之さんのエッチ!」
「おまえな。消毒しろとか言って傷痕をばい菌のように扱っておいて、その発言かよ。差が激しいな」
「貴之さんが恥ずかしいことをするからです!」
確かにそうだよなと思いながら、今まで何度も美優に恥ずかしいことをされてきたので、いい仕返しができたのかもしれないとも考える。
美優の慌てぶりを見ていると、してやったという愉快な気になった。
美優は悲鳴のような声をあげた。大きな瞳は潤んでいる。
「俺がそう言うと、本気で思ってるのか」
貴之は美優の両肩にある手の力を抜き、添えたまま美優を見つめた。
「首の所だけでいいよ。マフラーを外してみろって」
美優の瞳が戸惑うように揺れる。
「大丈夫だ、美優。俺を信じろ」
安心させるように、貴之は声を和らげて微笑んだ。
貴之と同じように両親を失った美優。
しかも美優は、事故の当事者だった。
そのせいで大きく傷つき、トラウマも抱えている。
貴之は少しでも美優の心の傷を浅くしてやりたかった。
「自分でできないなら、俺が外してやろうか」
貴之は軽口を挟んだつもりだったが、美優は彷徨わせていた瞳を閉じると、うなずいてもたれてきた。貴之の広い胸に美優は頬をつける。
「お願いします」
そう言われてしまっては、貴之が外すしかない。
白いマフラーを美優の首から抜くと、青いタートルネックのトップスが現れた。
細い首筋が冷たい空気に触れたからか、傷痕を見られることへの恐怖からか、身構えたように美優の肩に力が入った。
「大丈夫だって」
耳元で囁きながら、生まれたての赤ん坊に触れるくらい慎重に、貴之は美優の背中に回した手で青い襟元を指先で引っ張り、上から覗き込んだ。
襟足の下から皮膚が和紙のしわのように引き攣れて、中央が濃い桃色になって盛り上がり、周囲は変色して少々黒ずんでいる。その線は背中に向かうにつれて太くなっているようだ。
「気持ち、悪いですよね」
美優は貴之のコートを掴みながら、目を閉じて、震える声で確認した。
「別に。思っていたとおり、大したことねえよ」
「嘘です」
「噓じゃない」
「いいんです。貴之さんは優しいから、そう言ってくれると思っていました」
美優は卑屈になっている。ケロイドが万人におぞましいものだと認識されると思い込んでいる。
貴之は思ったことを言っているだけだ。
確かに白く滑らかな肌に、蜘蛛の巣のような引き攣れと、半熟卵を焦がしたようなぶよぶよとした物体は余計ではあるが、気持ち悪いというほどではない。
「嘘じゃねえって言ってるのに」
どうすれば伝わるのかと考えていると、自然と美優の首筋に顔が落ちていた。
貴之の唇がケロイドに触れた途端に、バネのように美優の背中が反り返った。
「なっ……! 貴之さん、い、今」
「ん?」
「もしかして、あれに、口づけましたか?」
美優は首の後ろを押さえて、真っ赤になっている。
「うん、悪い、つい。普通の皮膚と変わらないって、言葉で言っても通じなそうだったから」
「なんてことを! あんなものに、そんなこと!」
「自分の身体にあんなものってないだろ」
貴之は苦笑した。
それに内心、貴之だって戸惑っている。
さすがにキスはやりすぎだろ。なにを考えてるんだ俺は。
いや、考えていたらこんなことはしていない。無意識に近かった。至近距離で見つめていたケロイドに、誘われるように触れていた。
「貴之さん、消毒してください! ウエットティッシュなかったかな」
鞄を開けようとする美優の腕を握ってとめた。
「だから、普通の皮膚と変わらないって」
貴之は自分の手の甲に口づけた。
「ん……。むしろ、ケロイドのところのほうが、感触としては柔らかくていいかもな」
「わっ、比べないでくださいよ! 貴之さんのエッチ!」
「おまえな。消毒しろとか言って傷痕をばい菌のように扱っておいて、その発言かよ。差が激しいな」
「貴之さんが恥ずかしいことをするからです!」
確かにそうだよなと思いながら、今まで何度も美優に恥ずかしいことをされてきたので、いい仕返しができたのかもしれないとも考える。
美優の慌てぶりを見ていると、してやったという愉快な気になった。
4
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
蝶の羽ばたき
蒼キるり
ライト文芸
美羽は中学で出会った冬真ともうじき結婚する。あの頃の自分は結婚なんて考えてもいなかったのに、と思いながら美羽はまだ膨らんでいないお腹の中にある奇跡を噛み締める。そして昔のことを思い出していく──
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ひねくれロジック!
ひぐらしゆうき
ライト文芸
大学内で今世紀一の捻くれ者とまで言われる程の捻くれ者で、自身も『この世に自分ほど捻くれた者はいない』と豪語する自他共に認める捻くれ者である山吹修一郎は常に捻くれまくった脳みそを使って常に捻くれたことを画策している。
そんな彼の友人である常識的な思考を持つごく普通の大学生である矢田健司はその捻くれた行動を止めるために奔走し、時には反論する毎日を送っている。
捻くれ者と普通の者。この二人の男による捻くれた学生の日常物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる