【完結】恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~

じゅん

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四章 交換代筆~二人の過去~

四章 10

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「嫌です。貴之さんだって気持ちが悪いと言うに決まっています。もう嫌なんです、そういうの!」
 美優は悲鳴のような声をあげた。大きな瞳は潤んでいる。

「俺がそう言うと、本気で思ってるのか」
 貴之は美優の両肩にある手の力を抜き、添えたまま美優を見つめた。

「首の所だけでいいよ。マフラーを外してみろって」
 美優の瞳が戸惑うように揺れる。

「大丈夫だ、美優。俺を信じろ」
 安心させるように、貴之は声を和らげて微笑んだ。

 貴之と同じように両親を失った美優。
 しかも美優は、事故の当事者だった。
 そのせいで大きく傷つき、トラウマも抱えている。
 貴之は少しでも美優の心の傷を浅くしてやりたかった。

「自分でできないなら、俺が外してやろうか」
 貴之は軽口を挟んだつもりだったが、美優は彷徨わせていた瞳を閉じると、うなずいてもたれてきた。貴之の広い胸に美優は頬をつける。
「お願いします」

 そう言われてしまっては、貴之が外すしかない。
 白いマフラーを美優の首から抜くと、青いタートルネックのトップスが現れた。
 細い首筋が冷たい空気に触れたからか、傷痕を見られることへの恐怖からか、身構えたように美優の肩に力が入った。

「大丈夫だって」
 耳元で囁きながら、生まれたての赤ん坊に触れるくらい慎重に、貴之は美優の背中に回した手で青い襟元を指先で引っ張り、上から覗き込んだ。

 襟足の下から皮膚が和紙のしわのように引き攣れて、中央が濃い桃色になって盛り上がり、周囲は変色して少々黒ずんでいる。その線は背中に向かうにつれて太くなっているようだ。

「気持ち、悪いですよね」
 美優は貴之のコートを掴みながら、目を閉じて、震える声で確認した。

「別に。思っていたとおり、大したことねえよ」
「嘘です」
「噓じゃない」
「いいんです。貴之さんは優しいから、そう言ってくれると思っていました」

 美優は卑屈になっている。ケロイドが万人におぞましいものだと認識されると思い込んでいる。
 貴之は思ったことを言っているだけだ。

 確かに白く滑らかな肌に、蜘蛛の巣のような引き攣れと、半熟卵を焦がしたようなぶよぶよとした物体は余計ではあるが、気持ち悪いというほどではない。

「嘘じゃねえって言ってるのに」

 どうすれば伝わるのかと考えていると、自然と美優の首筋に顔が落ちていた。
 貴之の唇がケロイドに触れた途端に、バネのように美優の背中が反り返った。

「なっ……! 貴之さん、い、今」
「ん?」
「もしかして、あれに、口づけましたか?」

 美優は首の後ろを押さえて、真っ赤になっている。

「うん、悪い、つい。普通の皮膚と変わらないって、言葉で言っても通じなそうだったから」
「なんてことを! あんなものに、そんなこと!」
「自分の身体にあんなものってないだろ」

 貴之は苦笑した。
 それに内心、貴之だって戸惑っている。

 さすがにキスはやりすぎだろ。なにを考えてるんだ俺は。

 いや、考えていたらこんなことはしていない。無意識に近かった。至近距離で見つめていたケロイドに、誘われるように触れていた。

「貴之さん、消毒してください! ウエットティッシュなかったかな」
 鞄を開けようとする美優の腕を握ってとめた。

「だから、普通の皮膚と変わらないって」
 貴之は自分の手の甲に口づけた。

「ん……。むしろ、ケロイドのところのほうが、感触としては柔らかくていいかもな」
「わっ、比べないでくださいよ! 貴之さんのエッチ!」
「おまえな。消毒しろとか言って傷痕をばい菌のように扱っておいて、その発言かよ。差が激しいな」
「貴之さんが恥ずかしいことをするからです!」

 確かにそうだよなと思いながら、今まで何度も美優に恥ずかしいことをされてきたので、いい仕返しができたのかもしれないとも考える。
 美優の慌てぶりを見ていると、してやったという愉快な気になった。
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