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四章 交換代筆~二人の過去~
四章 9
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父親の兄に引き取られた美優は、独立した伯父の長女が使っていた部屋をもらって、新生活がスタートした。
伯父夫婦は親切にしてくれていたのに、美優はどんどん荒れていった。
「両親と一緒に死にたかったと落ち込むこともありましたが、反転して憤りになりました」
世界に絶望していた。
なにもかも壊れてほしかった。
もうこの世界に両親はいないのだから、どうなったっていいのだ。
――そんなときに、雑誌で貴之の手紙を読んだ。
自分とよく似た境遇の、よく似た気持ちを持っていた人が、立ち直って前向きに歩み始めている手記だった。
衝撃的だった。
暗い中を闇雲に暴れていた美優に、光が与えられたようだった。
ぼんやりと周囲が見えてくると、自分はこのままでいいのかと自問できた。
「蓋をしていた記憶が、少しずつクリアになっていったんです。思い出してみれば、伯父たちはわたしを実の娘のように接してくれましたし、入院中だって先生や看護師さんはすごく優しかった。危険な状態から命をつなぎとめてくれましたし、少しでも痕が残らないようにって頑張ってくれていたんです」
だから美優は恩返しに、助かった命をたくさんの人のために役立てようと考えて、看護師の道を選んだ。
「それに、母は元看護師だったんです。この職業以外の選択肢は思い浮かびませんでした」
そうして、今の美優に至るのだ。
「わたしはそんな生い立ちです。だから、両親に言うことなんて、謝罪しかありません。あのときは本当にごめんなさい。伝えたいのはそれだけです。両親は、わたしなんて産まなきゃよかったと思っているはずです」
掠れた声で言い切った美優は、唇を噛みしめて首を垂れた。
「そんなわけねえだろ」
「わたしが両親を殺したようなものです。貴之さんとは違うんです。わたしも……、加害者側なんです」
「違う」
貴之は美優の華奢な肩を掴んだ。美優はゆっくり貴之を見上げる。
「美優だけでも生きてほしいと両親が願って、それが叶ったんだと俺は思うよ。なんなら、おまえが気を失っている間に、車の爆発に巻き込まれないように逃がしたのは、ご両親だったのかもしれない」
「そんなこと……」
ないとは言い切れない。意識のなかった美優にはわかりようもない。
「だからご両親は亡くなっているのに、同じ車にいた美優は背中のやけどだけですんだとも考えられる」
美優は細い眉をつりあげた。
「やけどだけ、なんて気軽に言わないでください! ひどい痕なんです」
鋭い美優の視線を受け止めた貴之は、肩を掴んでいる手に力を込めた。
「そうか。じゃあ、見せてみろよ」
「……まさか、わたしのケロイドですか?」
「そうだ」
美優の肩が強張った。
「貴之さんはなにを聞いていたんですか。嫌に決まってるじゃないですか」
「痕がひどいってのはおまえの主観だろ。俺が判断してやるよ」
「嫌です。貴之さんだって気持ちが悪いと言うに決まっています。もう嫌なんです、そういうの!」
美優は悲鳴のような声をあげた。
伯父夫婦は親切にしてくれていたのに、美優はどんどん荒れていった。
「両親と一緒に死にたかったと落ち込むこともありましたが、反転して憤りになりました」
世界に絶望していた。
なにもかも壊れてほしかった。
もうこの世界に両親はいないのだから、どうなったっていいのだ。
――そんなときに、雑誌で貴之の手紙を読んだ。
自分とよく似た境遇の、よく似た気持ちを持っていた人が、立ち直って前向きに歩み始めている手記だった。
衝撃的だった。
暗い中を闇雲に暴れていた美優に、光が与えられたようだった。
ぼんやりと周囲が見えてくると、自分はこのままでいいのかと自問できた。
「蓋をしていた記憶が、少しずつクリアになっていったんです。思い出してみれば、伯父たちはわたしを実の娘のように接してくれましたし、入院中だって先生や看護師さんはすごく優しかった。危険な状態から命をつなぎとめてくれましたし、少しでも痕が残らないようにって頑張ってくれていたんです」
だから美優は恩返しに、助かった命をたくさんの人のために役立てようと考えて、看護師の道を選んだ。
「それに、母は元看護師だったんです。この職業以外の選択肢は思い浮かびませんでした」
そうして、今の美優に至るのだ。
「わたしはそんな生い立ちです。だから、両親に言うことなんて、謝罪しかありません。あのときは本当にごめんなさい。伝えたいのはそれだけです。両親は、わたしなんて産まなきゃよかったと思っているはずです」
掠れた声で言い切った美優は、唇を噛みしめて首を垂れた。
「そんなわけねえだろ」
「わたしが両親を殺したようなものです。貴之さんとは違うんです。わたしも……、加害者側なんです」
「違う」
貴之は美優の華奢な肩を掴んだ。美優はゆっくり貴之を見上げる。
「美優だけでも生きてほしいと両親が願って、それが叶ったんだと俺は思うよ。なんなら、おまえが気を失っている間に、車の爆発に巻き込まれないように逃がしたのは、ご両親だったのかもしれない」
「そんなこと……」
ないとは言い切れない。意識のなかった美優にはわかりようもない。
「だからご両親は亡くなっているのに、同じ車にいた美優は背中のやけどだけですんだとも考えられる」
美優は細い眉をつりあげた。
「やけどだけ、なんて気軽に言わないでください! ひどい痕なんです」
鋭い美優の視線を受け止めた貴之は、肩を掴んでいる手に力を込めた。
「そうか。じゃあ、見せてみろよ」
「……まさか、わたしのケロイドですか?」
「そうだ」
美優の肩が強張った。
「貴之さんはなにを聞いていたんですか。嫌に決まってるじゃないですか」
「痕がひどいってのはおまえの主観だろ。俺が判断してやるよ」
「嫌です。貴之さんだって気持ちが悪いと言うに決まっています。もう嫌なんです、そういうの!」
美優は悲鳴のような声をあげた。
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