【完結】恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~

じゅん

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四章 交換代筆~二人の過去~

四章 7

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「わたしは、一人っ子の典型のような子どもでした」
 美優は呼吸を整えた後、低いトーンで語りだした。

「甘えん坊で、わがままで、両親が構ってくれないと駄々をこねていました」

 それは一人っ子の特性なのだろうか、と同じく一人っ子の貴之は思った。貴之は昔からマイペースで、独占欲も強くないつもりだ。

 ただ、過去形のように話す美優のその性格は、既に把握していた。貴之の家に押しかけてきては、食事をねだったり、ソファで寝始めたりしているのだから。

「十四年前のクリスマスもそうでした」

 美優たち一家は、クリスマスに遊園地に行く約束をしていた。しかし父親はこのところ、仕事が忙しかった。早朝に出勤し、帰宅時間は午前零時を過ぎていた。
 父親は疲れきっているようだった。

「遊園地は来週にして、今日はゆっくり休ませてあげましょう」
 そう言う母親に、美優はお決まりの駄々をこねたのだ。

 美優にしてみれば、この日のために構ってもらうのを我慢していたのだから、絶対に予定を変えたくなかった。それに、クリスマスに家族で出かけるのは当たり前だとも思っていた。

「結局、予定通りに家族三人で遊園地に行きました」
「家族三人って……」
 貴之は青ざめた。

「はい。わたしも、あの事故の当事者です」

 美優は正面を向いたまま、そう告白した。
 貴之は勝手に、美優は自分と同じ立場だと思っていた。
 つまりは、事故は蚊帳の外だったのだと。
 しかし当事者となれば深刻さを増す。

 両親が亡くなる現場に、美優はいたのだから。

 美優が過去に向き合うと決めるまでに、時間がかかったはずだ。
 貴之は唇を引き結び、美優の次の言葉を待った。

「遊園地の帰り、はしゃぎ疲れたわたしは車の後部座席でうとうととしていました。母は車の免許を持っていませんから、行きも帰りも父が運転手です。疲れている父が一番体力を使う役割を担うんですから、ひどい話ですね。でも当時のわたしは、そんなことに気づきもしませんでした。むしろ父はいつも家にいないのだから、休日くらい家族で出かけるのは当然だと思っていたんです」

 夢見心地だった十歳の美優は、両親の声で現実に引き戻された。

「あなた、前の車の動きが変じゃない?」
「過積載か居眠りか。とにかく距離を取ったほうがいいな」

 そう言いながら、スピードを落としつつも父親は車線変更をしなかった。トンネル内だったことと、自分が疲れていることを自覚していたため、慎重になっていたのだと思われる。

 その矢先だった。

「危ない!」
 耳をつんざくような高音とともに、美優の腹に殴られたような衝撃が走った。車が急ブレーキをかけて止まり、シートベルトに締め付けられたのだ。

 両親が危惧していたとおり、トラックがスリップして横転した。強風だったため、トンネルを出た途端に風にあおられたのかもしれない。
 美優たちの乗るセダンは停まった。車間距離をとっていたため、横転したトラックとは距離がある。

「危ないところだったな」
 父は冷汗を拭った。

「早く離れましょう」
 そう言って振り向いた母の表情が固まった。美優も振り返る。

 背後からトラックが大きな音を立てて迫っていた。

 ブレーキをかけているが、勢いは止まらない。
 美優たちの乗るセダンは後ろからトラックに追突され、押されて、前のトラックの間でオモチャの車のようにペチャンコになった。

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