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四章 交換代筆~二人の過去~

四章 6

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「ちなみに、再現したい料理ってなんですか?」
 美優に聞かれて、貴之は少し照れた。この歳でお袋の味を求めるのはおかしいだろうかと、チラリと考えたのだ。

「茶碗蒸しだ。俺の好物でよく作ってくれたんだけど、俺が作るとどうにも味が違うんだよ。おそらく出汁の問題なんだろうけど……」
 じっと見上げてくる美優の視線に気づいて、貴之は話を変えるように、コホンと咳払いをした。

「まあ、なんだ。順番に思い出すと、そう悪い思い出はなかったな。事故直後から数か月はつらかったけど、そのあたりの嫌な記憶は思い出そうとしても結構忘れてるよ。脳はよくできてるな」

 意識して当時を思い出さないようにしていたが、こうして改めて振り返ると、脅えることはなかったようだ。むしろ、両親に愛されていたことが再確認できる。

 後悔はいくらでもある。叶うのならば、もっと両親に生きてほしかった。一緒にいたかった。親を巻きこんだドライバーや、両親を治療した医師を恨んだこともある。

 しかし、あれから十四年。恨みはかなり薄れてきた。
 恨みつらみをいくら募らせてもどうにもならないし、余計つらくなって自分の首を絞めるだけだ。

 それに、あのときが苦しかったからこそ、つらいことがあっても「あの時よりはマシだ」と言い聞かせて、困難を乗り越えられた気がする。両親を一気に失う以上につらいことなど、そうそうない。

 大学入学とともに叔父の家を出てから、叔父とはまともに話していなかった。年忌法要で顔を合わせてはいても、両親を思い出しそうで、語り合うようなことがなかったのだ。
 父親の代わりと言ってはなんだが、今度酒を持って世話になった礼をしに行こうと貴之は考える。つらい時期を支えてくれたのは叔父夫婦だし、今なら両親を偲びながら酒を酌み交わせるだろう。

「うん、俺はそのくらいかな」
「貴之さんの思い、しっかりと書き留めました。心を込めて手紙を書きますね! わたしは字が下手なんですけど……」
「代筆に大事なのは字の上手さじゃない。ミュウはいい手紙を書くと思うよ」

 代筆屋として一緒に依頼者の話を聞く美優の姿勢を見ていて、彼女は相手の気持ちを汲み取るのが上手いと評価している。

 ……のだが。

 さきほどの大雑把な表現は、たまたまなのだろうか。
「貴之さんの期待に添えるよう、頑張ります!」
 美優はノートをかばんにしまって、顔の下半分をマフラーに埋めた。長い睫毛の影が瞳にかかっている。

「わたしの、番ですね……」

 聞き役から一変、語り手にまわると、美優の表情がまた硬くなった。美優がゆっくりと歩いていた足をとめたので、貴之も立ち止まった。

「無理はしなくていい。言えることだけでいいから」
「はい」

 美優は目を細めてアスレチックで遊ぶ子どもたちを見つめる。懐かしい記憶を思い出しているのだろうか。

 貴之は取材時によく使っている、尻ポケットに入れていたノートとペンを取り出した。

「わたしは、一人っ子の典型のような子どもでした」

 美優は呼吸を整えた後、低いトーンで語りだした。
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