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四章 交換代筆~二人の過去~

四章 5

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 それから貴之は、字を書くのが嫌になった。
 父の弟夫婦の家に引き取られたが、貴之は心を閉ざした。
 学校にも行きたくなくて、部屋に引きこもった。

「この辺りのことは寄稿した手紙にも書いたから、ミュウも知ってるよな」

 数か月ほど貴之の好きにさせていた叔父は、そろそろ学校に行けと話しかけてくるようになった。
 しかし貴之は悲しみと絶望で、叔父に反抗的な態度だった。

 中学一年生だとはいえ、貴之はかなり身体が育っていたので、叔父家族にとっては危険でやっかいな存在だったことだろう。既に貴之は叔父の身長を越えていた。
 それにもかかわらず、叔父は貴之に毅然とした態度を崩さなかった。

 そして、
「そんな姿を両親が見たらどんなに悲しむか。親が死んだ意味を考えろ」
「意味は残された者が決めるんだ。おまえがそう思っているなら、兄たちは無駄死にだ」
 叔父はそんな言葉を貴之に投げかけた。

「パンチを食らったというよりも、脳にいくつも棘を刺された感じでさ。じわじわと考えさせられたんだ」
 
貴之は学校に通うことにした。中学一年の三学期は休学し、転校して、二年生の始業式から登校した。

 転校したのは、友人に気遣われるのが煩わしかったからだ。
 現に、叔父の家に引っ越す前は友人が毎日のように励ましに来てくれたが、苦痛以外のなにものでもなかった。言葉のキャッチボールをする体力も気力もなかった。しばらくは、できるだけ人と関わらず生活をしたかった。

 貴之は嫌々通学することになったが、結果的には登校してよかった。
 学校に行けばものを書く機会が増える。字を書けば、貴之の字の上手さに気づいた同級生や教師に褒められて、自己肯定感が高まっていったのだ。

 そのうちに字を書く抵抗感がなくなり、父の万年筆をお守り代わりにペンケースに入れられるようになった。

「俺にとって、叔父の言葉は大きかったな。親が死んだ意味は結局わからないままだが……。あれから人の気持ちにも興味を持った」

 とある状況下で、人はなにを考え、どう行動するのだろうか。

 事故から自分の心が鈍くなってしまった分、貴之は体験談を好んで聞いた。無意識化で人の心に触れたかったのかもしれない。だからフリーラーターになって、インタビューばかりしているのだ。

 そして、更に人の心に踏み込む代筆屋も兼業し始めた。
 そう考えると案外、貴之の行動は一貫していた。

「ご両親に一番伝えたいことは、なんですか」
 美優が質問した。貴之は青い空に視線を向ける。

「なんだろうな。夢でもいいから、一度出てきてほしいってことかな」
「お化けでいいんですか?」
「生き返るのは無理だろ。生身で出てきたら、むしろお化けより怖いからな」

 貴之はポケットに入れていた手を出して、顎を擦った。

「父親は晩酌の時、俺が二十歳になったら一緒に酒を飲みたいと言っていたんだ。今なら飲める。それに、家を引き払う時にかなり荷物を処分しちまったから、父親の書いた文書があまり残っていないんだ。なにか字を書いてもらいたい」
「お母さまには?」
「母親には、どうしても再現できない料理があるから、作ってもらいたいな。あとは、以前ミュウが言っていて思ったけど、声がうろ覚えだから記念に動画撮影するのもありだと思う」
「たくさんありますね。じゃあ、お二人には化けて出てきてください、って書きますね」

 貴之が少々眉を寄せながら美優を見下ろすと、本人は至って真面目にメモを取っていた。冗談で言ったわけではなさそうだ。

「……もっといい表現にしろよ」

 貴之はそう言うに留めた。今更ながら、美優に手紙を任せていいのかと懸念を抱く。
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