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四章 交換代筆~二人の過去~
四章 4
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美優は大学ノートを開いた。
「どこからお聞きしましょうか。どんな家族関係だったか、というあたりでしょうかね」
「そうだな。特に特徴もない、普通の家だったな」
父はサラリーマン。母はパートタイマーで、一人っ子の貴之が学校から帰るころには家に戻れるように、調整して働いていた。だから貴之が家にいるときに一人になることはそうなく、寂しいと思うことはなかった。
家族仲もよく、穏やかな毎日を過ごしていた。
――中学一年のクリスマスまでは。
「その日は冬休み期間に入っていたが、部活で学校に行っていた。夕方に帰宅すると、家には誰もいなかった。その日は日曜日で、両親は二人で買い物に出ることも多かったから、特に気にすることはなかった」
しかし、十九時を過ぎると、さすがに遅いと思い始めた。母のスマートフォンに連絡をしようと思った矢先に、自宅の電話が鳴った。
電話は病院からで、両親が事故にあったので至急来てほしいという連絡だった。できれば、親族と一緒に来るようにと言われた。
なにがあったのかと尋ねたが、来てから話すと詳しく教えてもらえなかった。
嫌な予感しかしなかった。
貴之は隣りの県に住む父の弟家族に連絡をして、急いで病院に向かった。
そして、帰らぬ姿となった両親と対面した。
「身体には白いシーツがかかっていてわからなかったけど、少なくても顔だけ見れば、ただ眠っているようだった」
身体の状態を見ようとシーツに手を伸ばしたが、めくらないほうがいいと看護師に言われた。傷がそのままなのだという。
病院で息を引き取ったのだそうだが、これから警察署に搬送しなければなけない。事故死の場合は検死が必要なのだと言われた。
もう死んでいるのだから、なにを調べる必要があるんだ。家に帰してやれよ。
貴之はそう思ったのを覚えている。
そのあと、両親は単独の事故ではなく、高速道路上にある雉山トンネルの炎上事故に巻き込まれたのだと知った。
トンネルの出口付近でトラックがスリップして横転、そこに乗用車やトラックが追突する形で被害が拡大し、車両十一台が大破、死者は七人、重軽傷者十二人という痛ましい事故となった。
……二人は、なぜ高速道路を使っていたのだろうか。
葬儀が終わって落ち着いてくると、そんな疑問がわいた。
日常品なら近くのスーパーで事足りるはずだ。遠出をするなんて両親から聞いていなかった。急用でもできたのだろうか。
その理由は、遺品でわかった。
焼けた車から、焦げた箱が見つかったのだ。それはプレゼント用に包装されているように見える。
その中には、半分炭になった万年筆が入っていた。
「俺は父親に、父が使っている万年筆が欲しいと言ったことがあったんだ。ボールペンとは違った独特の書き味で、ペン先と紙を擦る音も心地いい。あのペンで書いたら、もっと文字が上手くなる気がした」
父親を真似したい気持ちも強かったが、まったく同じ万年筆に拘っていたわけではない。しかし父親は、同じものを用意しようとしたようだ。
「東京の店舗では扱っていなかったみたいでさ、両親はその万年筆を購入しに行ったんだ。俺へのクリスマスプレゼントとして」
その帰りに事故に巻き込まれた。
万年筆を欲しがらなければよかったと、貴之は何度後悔しただろう。
それからは、字を書くのが嫌になった。
「どこからお聞きしましょうか。どんな家族関係だったか、というあたりでしょうかね」
「そうだな。特に特徴もない、普通の家だったな」
父はサラリーマン。母はパートタイマーで、一人っ子の貴之が学校から帰るころには家に戻れるように、調整して働いていた。だから貴之が家にいるときに一人になることはそうなく、寂しいと思うことはなかった。
家族仲もよく、穏やかな毎日を過ごしていた。
――中学一年のクリスマスまでは。
「その日は冬休み期間に入っていたが、部活で学校に行っていた。夕方に帰宅すると、家には誰もいなかった。その日は日曜日で、両親は二人で買い物に出ることも多かったから、特に気にすることはなかった」
しかし、十九時を過ぎると、さすがに遅いと思い始めた。母のスマートフォンに連絡をしようと思った矢先に、自宅の電話が鳴った。
電話は病院からで、両親が事故にあったので至急来てほしいという連絡だった。できれば、親族と一緒に来るようにと言われた。
なにがあったのかと尋ねたが、来てから話すと詳しく教えてもらえなかった。
嫌な予感しかしなかった。
貴之は隣りの県に住む父の弟家族に連絡をして、急いで病院に向かった。
そして、帰らぬ姿となった両親と対面した。
「身体には白いシーツがかかっていてわからなかったけど、少なくても顔だけ見れば、ただ眠っているようだった」
身体の状態を見ようとシーツに手を伸ばしたが、めくらないほうがいいと看護師に言われた。傷がそのままなのだという。
病院で息を引き取ったのだそうだが、これから警察署に搬送しなければなけない。事故死の場合は検死が必要なのだと言われた。
もう死んでいるのだから、なにを調べる必要があるんだ。家に帰してやれよ。
貴之はそう思ったのを覚えている。
そのあと、両親は単独の事故ではなく、高速道路上にある雉山トンネルの炎上事故に巻き込まれたのだと知った。
トンネルの出口付近でトラックがスリップして横転、そこに乗用車やトラックが追突する形で被害が拡大し、車両十一台が大破、死者は七人、重軽傷者十二人という痛ましい事故となった。
……二人は、なぜ高速道路を使っていたのだろうか。
葬儀が終わって落ち着いてくると、そんな疑問がわいた。
日常品なら近くのスーパーで事足りるはずだ。遠出をするなんて両親から聞いていなかった。急用でもできたのだろうか。
その理由は、遺品でわかった。
焼けた車から、焦げた箱が見つかったのだ。それはプレゼント用に包装されているように見える。
その中には、半分炭になった万年筆が入っていた。
「俺は父親に、父が使っている万年筆が欲しいと言ったことがあったんだ。ボールペンとは違った独特の書き味で、ペン先と紙を擦る音も心地いい。あのペンで書いたら、もっと文字が上手くなる気がした」
父親を真似したい気持ちも強かったが、まったく同じ万年筆に拘っていたわけではない。しかし父親は、同じものを用意しようとしたようだ。
「東京の店舗では扱っていなかったみたいでさ、両親はその万年筆を購入しに行ったんだ。俺へのクリスマスプレゼントとして」
その帰りに事故に巻き込まれた。
万年筆を欲しがらなければよかったと、貴之は何度後悔しただろう。
それからは、字を書くのが嫌になった。
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